懺悔すべきことを指折り数えて十本の指で足りなくなったその瞬間に自然とため息が零れ落ちた。次いでお説教される腹を決める。だが、あいつと知り合って何年たとうが、言い返すこともできない正論から重箱の隅をつつくように心をチクチクと苛む小言への流れるような説教と、とこちらのことを真剣に考えていると分かる思念のコンボには慣れない。
 俺の予定ではこんなはずではなかったのにと、約一週間ぶりに顔を見るはずだった皆本の背中を視線で追う。昼間に長期の出張先から帰ってきた皆本は、自宅に戻ることもなく溜まっている業務を処理するために医療研究課まで顔を出していた。
 まさにワーカホリックここに極まれと思うのだが、皆本くらいの立場になってくるとあいつにしか出来ない仕事というものが、都合のいい言葉やお世辞などではなく真に存在しているのだ。チルドレンたちの検査結果や訓練の結果を見ながらリミッターの調整についての仔細を詰めるというもの、俺と皆本でなければできない仕事のうちの一つだった。
 まあそんなわけで、出張帰りの皆本を捕まえて、二人で研究室に詰めているのだが、まずもって会話がない、そして何よりあいつが俺と目を合わせようとしない。まるで女の怒っていますアピールだ。そう考え出すと、寡黙な背中が怒気を孕んでいるような気がする。パソコンでデータを呼び出している背中を視界の端にとどめながら、軽く咳払いをすると、びくりと肩が揺れた。
「あのー、皆本さん?」
「なんだ」
「あの、怒ってらっしゃいます?」
 パソコンの動作音がやけに耳に痛い。それくらいの沈黙。微妙な緊張感を孕んだ静寂を破ったのは皆本の疲れきったため息だった。これはよくない流れだ。このまま負け戦に持ち込まれるわけにはいかない。先手必勝とばかりに立ち上がって皆本の隣に並び、勢いよく頭を下げる。
「誤魔化そうとしてるわけじゃないぞ! お前のお気に入りのカップを割ったのは謝るから!」
「おい、あれお前だったのか! 見かけないからおかしいと思ったんだよ!」
「えっ、それじゃなかったの!?」
 余計なことを言ったか。目に角を立てて俺を見た皆本は、鬼か般若か判断に迷う形相だ。
「ごめんなさいすみませんこの通りです!」
 皆本の肩をがしっと掴んで謝り倒すと、焦ったように名前を呼ばれ抵抗される。そこまで怒りを買っているのかと顔を上げるとこれ以上ないくらいに赤面した皆本と視線がぶつかる。これ怒ってるっていうより熱があるんじゃ。
「おい、おまえ熱でもあるのか」
「ち、ちがう! 離せ!」
「でも、顔真っ赤だぞ? いいから、ちょっと透視せろって」
「だ、駄目だ!」
「また、そうやってすぐに無理しようとする」
 強情をはる皆本を押さえつけるように触れている肩に意識を集中させる。熱は平熱だしおかしいところはない。だが、それどころじゃない。おかしいところばっかりだ。暗い部屋の中。荒い呼吸。甘さを含んだ聞きなれた声が呼ぶのは、俺の名前。
 えっ、これってあれ? 皆本の記憶で、えっと、ん? 
「み、みなもとくん? えっ、と? あの」
 どもる俺に何か感じ取ったものがあったのか、更に頬が赤くなって鳶色の瞳に涙さえにじんでいる。肩を掴んでいた手を振り払われて、勢いよく足を踏みつけられた。
「うるさいこれ以上何も言うな!」
「いや、でも、おまえ俺でぬ、」
「しね!」
 物騒な掛け声とともに皆本の拳が鳩尾辺りにめり込む。ちょっと俺、いろんな意味でしにそう。