確かに病だといわれてしまえば私たちだって強く出ることは出来なかった。だから、五人で散々話し合い妥協点を吟味して(まあ、主に物申していたのは私たち三人だけだ。特に薫ちゃんの荒れようと厳しさったらなかった。彼女なりにセンセイを心配する気持ちと乙女心で揺れていたのだろう)細かい協定を決めたのだ。それが、いつの間に、皆本さんの部屋のベッドがダブルベッドに変わったのよ。
「皆本! いるのはわかってるんだからね!」
勢いよく皆本さんの部屋のドアを開け放った薫ちゃんは、ドスドスと不機嫌ですと自己主張する足音を立てて、私たちが知るよりも広くなったベッドの前まで行くと、肩を怒らせて仁王立ちをした。部屋中に響く彼女の声にぐわんと壁が揺れ、掛け布団に包まっていた二人分のふくらみの片方がもぞりと動く。しかし、その後の反応はない。
「熟睡してるみたいね」
どちらの趣味かは知らないが、ダークブルーの掛け布団の端をめくって確認すると、大柄な男二人が仲良く並んでご就寝だ。それを直視した葵ちゃんが頬を真っ赤に染めて顔を覆った。
「こんなん不潔や! ありえへん! 皆本はん最低!」
自分の名前を呼ばれたことに反応した皆本さんの肩がびくりと揺れて、閉じていた瞼が痙攣する。ううといううめき声とともに動き出した彼は、無意識にヘッドボードに置いてある眼鏡を引き寄せてのろのろと起き上がった。
まだ寝ぼけ眼なのだろう。現状を把握しきれていないのか、ぐるりと部屋の中を見渡して、どうしてキミたちがいるんだと見当違いも甚だしいことを言っている。私たちから言わせてもらえれば、あなたたちどうして二人して同衾してるのよ。
 察しの悪い皆本さんにイラついたように、薫ちゃんが勢いよく床を蹴りつけた。
「どうしてもこうしても、なんで皆本と賢木センセイが一緒に寝てるんだよ! 聞いてない!」
「えっ、いや、離れてるときに何かあると不安だからって、話さなかったか?」
おはようと暢気に欠伸交じりの挨拶をくれた皆本さんは事の重大さをわかっていない。薫ちゃんはそんなの聞いてないと涙目になりながらさっきまで皆本さんが使っていた枕を勢いよく彼の顔面に投げつけたが、それは綺麗にキャッチされてしまう。
「あんまり騒ぐな。賢木は夜中に緊急呼び出しがあって、ちょっと前に帰ってきたばっかりなんだ、寝かしてやってくれ」
しっと人差し指を立てた皆本さんは、こちらが見ていて恥ずかしくなるような柔らかい笑みを浮かべて自分の隣で眠っているセンセイの黒髪を優しく撫でた。それに反応するように、浅黒く逞しい腕が、皆本さんの腰にまわされる。自らに縛り付けるようなその動作は、たぶん彼が言葉にするよりも如実に、彼が求めるべきものをつまびらかにしていた。そして、それを拒絶することなく受け入れる皆本さんの気持ちも。
「みな、もと?」
掠れた声はまだ夢現と分かる頼りないもので、皆本さんはそれに僅かに笑みをこぼし鳶色の瞳を瞬かせる。まだ閉じられたままのカーテンの端から差し込む柔らかな朝日に照らされたそれは、彼の人柄を代弁するようにあたたかなものだった。
「ここにいるよ、まだ寝てていいから」
「ん、わる、い」
「おやすみ、賢木」
この世の幸福を体現したような笑みを浮かべた賢木センセイは、皆本さんを抱きしめたままに、もう一度瞼を閉じた。皆本さんの鳶色の瞳はそこに慈しむべきものを見出したかのように穏やかだ。隔絶された世界で営まれる閉じた幸福かそれに近しいものを隠そうともしない二人に、私たちは何もいえなくなってしまう。こんなのはずるい。一線を画すことなどないといいながら、決して私たちには触れられないような柔らかなものを、二人の間に介在させるというのだ。
薫ちゃんは言葉を失ったように唇を噛み締め、葵ちゃんは涙目になりながら座り込んでしまっている。そして私は、ほんの少しではあるけれども彼らが享受しようとした幸福の片鱗を理解できるような気がして、ため息を漏らすしかできないのだ。
ほんとうに、どうしようもなくばかなひとたち。