皆本光一は、友情だとか、友人だとかいう言葉が苦手だった。いや、それそのものの意味だとか、存在だとかを忌避していたわけではなく、それらが素晴らしいものであり世の中で賛美されるべき類のものであるということは重々承知していた。そして、自分にとってもどうしようもなく魅力的なものだということも。だが、それを思い浮かべるたびに、そして、その単語を自分の手中に収めて考えてみるたびに、自分がとても惨めで何一つ持たぬ人間であるかのようなもの寂しさを感じた。そのようなものが自分の手の中に一欠けらでもいいから与えられたことが、掴み取れたことがあっただろうかと。友達、らしき存在はいたと思う。だがそのどれもが、本当に友達なのかと問われると、多分世にいう友情なんかよりも心もとない集団生活の中で一時しのぎのように営まれる上辺を取り繕った友達ごっこだったのだろう。それを彼自身がよくわかっていたから、そしていつもそんなふうにしか関係を結んでこれない自分を知っていたから、それらに羨望を覚えながらも苦手意識と諦めに似たものを感じていた。
だが、いまは違う。僕には、あいつがいるから違うんだと、仕事帰りに突然皆本の家を急襲した友人のための布団を用意しながら思った。友達といえばすぐに連想できる人間がいることに、言い知れない喜びとくすぐったさを感じて、自然と頬が緩む。子供の頃、物語の中で描かれる友情に憧れ、じゃあ自分の手元にはそれに似たものが存在しているのだろうかと家族を失えば世界に一人きりで取り残されてしまうような寂しさに夜闇の中で震えた自分に教えてやりたい。何があったって自分のことを信じてくれて、困ったときには助けてくれて、間違いを犯したときにはしかりつけてくれる存在が、自分にもできたのだと、そんなに悲観し苦しむ必要はないんだといままでの二人の思い出とともに語って聞かせてやりたいくらいだった。全部が全部、楽しいもので美しいもので慈しむべきものであったわけじゃない。上手くいかない事だって苦しい事だって衝突だってあった、それでもあの男とだから、賢木とだから乗り越えることができたのだろうと、一人どうしようもなく大切なものを噛み締めるように、賢木のために用意した布団を抱きかかえて彼の待つ部屋へと急いだ。