眩暈がするくらい甘い匂い。
それがフレグランスなのか体臭なのか、それとももっと根本的な欲求が顕現したものなのかは、既に歪みきった価値観しか持ち合わせていない俺には判断しかねるが、皆本の血管には血液ではなく甘露が流れているのだろうかと思わざるをえないほどに、あいつの肌からはかぐわしい香がするのだ。それは俺の嗅覚を刺激して、飢えにも似た渇きを呼び起こす。
あまりに強すぎるその香りに、ガキどもにも甘い匂いがしないかと聞いたことがあるのだが、匂いフェチの変態ということで切り捨てられて、まともに相手をしてもらえなかったうえに、何故だか警戒宣言をしかれ、二〜三日皆本と話すことさえ出来ないような状況になってしまった。思い出すだけで胃の痛くなるそれに、腹の辺りを押さえていると、嗅ぎなれたあの匂いが鼻腔をくすぐり、無意識のうちに喉を鳴らしてしまう。
「賢木。和食と洋食どっちがいい?」
エプロンをしたままキッチンからリビングに移動してきた皆本の手には何故だかジャガイモが握られていて、悩ましげな表情でそれを撫でながら深遠なる命題に挑むように問いかけてきた。
チルドレンが帰省しているから、一人寂しい皆本の家に遊びに来てついでに料理までご馳走になる予定だったのだが、その大振りすぎる選択肢に苦笑してしまう。
「和食なら?」
「鶏肉とじゃがいもの旨煮」
「洋食なら?」
「ハンバーグにポテトサラダ」
つまりどちらにしてもジャガイモを消費したいということなのか。旨煮かハンバーグか。皆本から向けられる視線を感じつつ、悩んでいる振りをする。俺が座っているソファの背中に手を付いて覗き込んできた皆本は、決断を迫るようにもう一度、どっちが食べたいと首を傾げた。
ふわりと香る甘い匂い。喉の奥が渇き、胃の辺りが苦しくなるようなそれにとっさにおまえをと口をついて出そうになってしまった。だからそれを必死に飲み込んで、ハンバーグがいいと誤魔化した。何も知らない皆本は、納得したのか少し待っててくれとキッチンに戻っていった。
皆本を傷つけることでしか生きていけない自分がどうしようもなく凶暴な生き物のように思えて仕方がなかった。でも、それでももう、離れられるわけがない。俺を満たすことが出来るのはあいつだけなのだというその覆しようのない真実に、喜びか恐怖か分からぬものに震えさえ感じた。