あ、やばいと思ったときにはもう遅かった。
皆本との話に夢中になっていて、目前に迫っている危機にまったく気づいてなかった。
逃げなければと冷静な思考が警告をあげているのに、それを適用するよりもはやく彼女たちが叫び声を上げて俺たちの方を指さしてきた。あれは完全に、俺のことを敵認定しているに違いない。スクラムを組んで向かってくるぞ。
隣にいた皆本は何事かと目を白黒させて、事件でもあったんですかと首をかしげているが、いまこれから事件が起きようとしているところだとは告白することもできず乾いた笑いを漏らすだけだ。
「シュージ! 一体どういうことなのよ!」
「この女誰なの!?」
「今日は私とデートって言ったじゃない!」
ステレオどころか、三方向から聞こえる甲高い怒鳴り声に、気が遠くなりそうになった。だが、俺なんかよりも状況についてこられていない皆本は、訝しげに首をかげてどういうことですかと彼女たちの顔を見回した。それを目ざとく見つけた、本日のデート予定だった女性たちが(もちろん別々に約束をしたはずだった。だったのだ。)値踏みするように皆本を見つめる。
一番気の強そうなブロンドの彼女が、皆本のことを鼻で笑いこんなの子供じゃないと見下す。それに続いて、俺とであったときは淑やかそうな仮面を被っていた彼女は、私のほうがかわいいわよと吐き捨てた。
「さ、賢木さん? これはどういうことなんですか? 僕は食事を作りにきただけのはずですけど」
低く作ったような声色に、振り向かなくても皆本が相当不機嫌になっていることが窺い知れたが、それどころではない。意見を求めるように、賢木さんともう一度名を呼ばれたときに、一番プライドも高く自分に自信を持っていた彼女が唇を噛み締めて、皆本を怒鳴りつけた。
「この泥棒猫!」
「はあ!? なにがですか!」
声を荒げた皆本を恐る恐る振り返ると、顔面蒼白で拳を握り締め、今にも射殺さん勢いで俺のことを睨みつけている。さようなら俺の夕食。さようなら俺の平穏。なんとか浮かべた笑みは引き攣っていて、にこりともしない皆本から返ってきたのは、後から覚えておいてくださいよという冷え冷えとした言葉だった。