耳に痛いほどの沈黙。遠くで聞こえるざわめきがそれを更に引き立てる。
 気持ちの悪い感覚の残っている唇を必死に拭っていると、ようやく我を取り戻した皆本が己を押し殺したような無表情で俺を見た。凪いだ鳶色の瞳がなんだか怖い。
「み、皆本? あの、」
 咳払いをして口を開くと、それを黙殺するように一歩前に踏み出した皆本が、冷え切った声で俺の名を呼んだ。
「賢木、僕は当分きみとはキスしない」
「はぁ? なんでだよ」
 口直しくらいさせてくれないかと思っていたところで、冷たく突き放す言葉を吐き捨てられて、素っ頓狂な声をあげてしまう。だが皆本はそんな俺に臆することもなく、悲痛な面持ちで口元をおおい、無理だと小さく口にした。感情をあらわにするわけでも冗談めかすわけでもない、ただ呆然と紡ぎ出されたその言葉に、皆本の嫌悪感が表れているようで喉の奥が苦しくなった。
「無理って、おまえそれはないだろ」
「だって、いまのきみとキスしたらあいつと間接キスになる」
自分が発した言葉にさえ不快なものが競りあがってきているのか、眉根を寄せて更に視線を逸らした。
「あれは不幸な事故なんだからしかたねぇだろ! むしろいまおまえとキスしないと俺は死ぬ」
「無理だ、いまきみとしたら僕が倒れる」
 頑として譲らない皆本にこっちも意地になって、その肩を掴んで揺さぶる。だが、無理だって言ってるだろと冷たくいなされるだけだ。
「無理って」
「だから、無理なものは無理」
 すげなく首を振り続ける皆本に、こっちもかっとなってつい声を荒げてしまった。
「恋人に対してそれはねぇだろ!」
「皆本! センセイ、大丈夫!?」
 突然ふって湧いた聞き覚えのある少女の声に、ひっと変な声が漏れそうになった。皆本も眼を丸くして、大失態を犯したみたいな青い顔だ。まさかと思って音源を顧みると、テレポートで移動してきた三人娘が俺たちを見据えていた。
「京介がって聞いて急いできたんだけど、えっ、恋人? 誰が?」
「センセ、どういうことなん?」
 現実を理解できないみたいにきょろきょろしている薫ちゃんに、無表情で眼鏡のブリッジを押し上げた葵ちゃん。そして、唯一、重々しいため息をついて、額に手をやっている紫穂ちゃん。その紫水晶の瞳はなにやってんのよばかと俺に冷たい視線をくれている。俺たちの関係を必死になってチルドレンに隠し通してきた皆本は(言うまでもなくそれは皆本の思い込みであり、紫穂ちゃんには嘘などつけるわけがない)現状を受け入れがたくショックのあまりふるふると震えたまま、依然として正気を取り戻していない。
 水を打ったような静けさは、嵐の前のものでしかない。いったいこれからどんな制裁が待ち受けているのかと思うと、このまま気を失ってお花畑にでも行きたくなる。
 あれもこれも、全部あいつのせいだ!