賢木は格好つけだ。
 自分の魅力を熟知している人間だから、どう振舞えば周りに受け入れられ好意的に迎えられるかを知っている。
 そしてそういったことに自信を持っている賢木は、自分というものにプライドすら持ち合わせているのだ。だから、絶対に格好悪いところはみせたがらない。つらいことがあったって悔しいことがあったって全部全部飲み込もうとするんだ。あいつはサイコメトラーだから、言葉にしなくたって僕の気持ちを汲み取ってくれるというのに、僕は僕のやり方でしかあいつの苦しみだとか悲しみを知ることが出来ないのだ。
「泣けばいいのに」
「なんだよ急に」
 隣に座っていた賢木が、まじまじと僕を見つめてきた。急にこいつはなに言ってんだとその顔に書いてある。
「いや別に、おまえって本当に素直じゃないなって思って」
「はぁ? こんなに心根の清い人間この世に二人といねえぞ」
「その冗談は詰まらん」
 失礼なやつだなと僕の頬を抓った賢木から逃れるようにソファの上を転がると、ふざけ半分の賢木も追いかけてくる。ほとんど押し倒されるような格好で見詰め合って、近い距離に流されるままに口付けた。少し前の賢木みたいに、切羽詰ったような苦しげな表情はそこにはない。それが僕を安堵させる。
「僕の前で意地を張るな。おまえの子供っぽいところなんて全部知ってるんだからな。いまさら泣いたって驚かない。そのときはちゃんと頭をなでて慰めてやる」
 ぐいと、賢木の唇を人差し指で押しつぶすと、その指先をとられて噛み付かれた。
 ばか、おまえの前だから無理なんだろうと、潜めるような声で囁かれる。
 それでも僕は、おまえの綺麗なところも汚いところも全部受け止めてやるって言ってるんだよと、賢木の両頬を両手で包み込んでコツリと額をぶつけ至近距離で黒茶色の瞳を覗き込んだ。揺れるその土色は瞬き、潤み、そして瞠目する。皆本と名を呼ばれた。そしてすきだと囁かれた。賢木の熱の全てを封じ込めたようなその言葉に、僕は頷き微笑む。
「誰にもやらない、全部俺のだ」
 低く真に迫る声音にぞわりと、体が震える。吐き出した呼気はぬるみ濡れていた。
 興奮なのか恐怖なのか、僕は知らない。だが、いまさら賢木の隣を離れるつもりなんてない。だから、僕を閉じ込めるように抱きしめた賢木の腕の中に抵抗することなく身をゆだねた。それは享受だったのかもしれない。