見慣れた自宅のリビングに、これまた見慣れた皆本の姿がある。二人きりのこの状況に、皆本は落ち着かないらしい。さっきから、手にしている本のページがまったく進んでいない。本人は必死になって必要な論文を読んでいるのだという設定を遂行しているのかもしれないが、完全に意識は俺の方へと向けられている。そしてそれに気づかれないように無意識を演じすぎるあまり、あなたのことをとても気にしているんですと、声を大にしているような状態だった。がたりと椅子を引くと、皆本の肩が揺れて、思い出したかのように本のページがめくられる。焦りすぎて二ページくらい一気にめくっていることにあいつは気づいているのだろうか。ここまで意識されると、それはそれで愉快な気持ちになってくる。テーブルに肘をついて、だらしなく緩んだ頬を隠すこともなく皆本を見つめた。ちらちらと鳶色の瞳が俺と本の間を行き来して、そわそわしていますと体全体に書いてあるようだ。そのあまりにあまりすぎる状態に堪えきれずに噴出すと、もう本を読んでいるふりをやめてしまった皆本が眼鏡のレンズの向こうからきっと睨みつけてきた。俺のことが気になってしょうがない皆本を観察するのは楽しかったのに、残念だ。
「なんだよ、さっきから!」
「いやべつに、おまえのことすっげぇすきだなって思っただけだけど」
軽く肩をすくめて、足を組みかえる。ぱちぱちと瞬いていた皆本の瞳が、ワンテンポ遅れてまん丸に見開かれた。色白の肌に一気に朱がまじり、相応しい言葉を見つけられないのかぱくぱくと口を閉じたり開いたりしている。こんなんだから、チルドレンたちにもおちょくられてしまうんだろう。天性のものとしか思えない素晴らしい反応だ。
「だから、そのすきって言うのをやめろ!」
「じゃあ、あいしてる?」
「よけい悪化してるわ!」
「注文の多いやつだな。最初にはじめたのはおまえなのに」
「僕はそういう意味で言ったわけじゃ」
「じゃあどういう意味だよ」
「それは、えっと、あの……」
どんどん頼りなくなっていく語尾。迷子の子供のようにさ迷う視線は、フローリングの床を這うだけ。
「君のこときらいじゃないって意味だよ」
弱々しく紡がれた言葉に、やっぱり頬が緩む。
「つまりそれって、すきってことだろ?」
「だからちがうって!」
違わないよと心の中だけで呟いて、皆本の言葉を反芻する。結局拒絶されないってことは、まだ見込みありってことだろ?