Goodnight my honey.


最初は真っ暗な闇しか感知できなかったけれど、目がなれてきたこともあって周りの景色を判別できるようになった。

これまでもトリエットの宿屋には何回か泊まったことがあるし、どこの部屋の構造も似たり寄ったりなので、

これくらいに目が慣れてくれば暗闇の中でも戸惑うことはないだろう。

まあ、いまの俺様にとってそんなことはたいしたことではなくて、いつもよりも狭いベッドの中で身じろぎすると、至近距離に人肌の温もりを感じることが出来た。

なんていうか、俺さまの嫉妬による突発的な発言により、ハニーとベッドを共にすることになったわけなんだが、

当初の約束である「羊を数えて本当に眠れるかっていう実験(やっぱり十七歳にもなってこんなこと考えるなんて、さすがはロイドくんだぜ!!)」とかいう

謎の試みを果たすことなく、発案者のロイド・アーヴィング氏は睡魔とともに旅立っていった。

いやまあね、一緒に寝るからといってちょっと色っぽい展開を期待してたわけじゃないけどさ、もう少し仲間と夜遅くまで語り合って中を深める、

みたいなのがあってもいいんじゃないんですかね。

「ハニー」

小さく呼びかけたつもりだったけれど、静かな部屋の中では闇の中に吸い込まれることなくやけに大きく反響した。もしかして起きてしまうだろうかど思ったが、

当の本人はすやすやとした寝息を立てているだけで起きる気配など微塵も見せはしない。

「ローイードーくん」

耳元で囁けども、十七歳にしては幼い穏やかな寝顔を顰めただけで、反応はなかった。

「ローイードー、俺様とベッドをともにして何にもしないなんて、メルトキオ中の女の子たちが卒倒しちゃうぜって聞いてないから意味ないか」

でも、誰かと一緒に寝て何にもないのなんて久しぶりかもしれない、ただお互いの体温がそばにあることだけで、それ以上は踏み込まない、

もう思春期の女の子が描くような潔いくらいに清い展開だ。

隣でのん気な寝顔を披露してくれているロイドの頬をつつくと、うーだとかむーだとか言う宇宙語が発せられて、なんだか脱力してしまう。

「ハニーは誰にでも優しいからさー、コレットちゃん本当にショック受けてると思うよ。まあ、俺さまもちょっとショックだったんだけどね。

そうやって誰彼かまわず優しさ振りまいてるとみんな勘違いしちゃって辛いから、少しは自粛するべきだろ。

期待しちゃって勘違いして、もしかしたらっておもってその後に突き放されるのって結構辛いからさ、気をつけろよ、ロイド」

(だからといって、明日から急に冷たくされると俺さま泣いちゃうかも)

まったく警戒心のかけらも感じさせなくて、俺ってロイドくんに信頼されてるのかな、なんていうおめでたくてしょうがない考えが心の中に去来する。

でも、三股の浮気性な男にそんなことを期待する資格なんてないか。

自分が一番わかっていることなのに、目の前の少年の優しさと純粋さに漬け込んで、明日の朝一番に、ロイドくんに俺さまのこと信じてくれてるよねって質問したら、

一も二もなくあの真っ直ぐな瞳と優しい笑顔で肯定してくれるのだろう。

(だけど、答えがわかっていて投げかける問いなんて、言いようもなくあさましく愚かだ)

つまらない欲求を誤魔化して、宇宙語を発した唇に触れてみると、予想していたよりも柔らかく、不特定多数の女の子となんら変わらない感触だった。

いまなら自分の唇を重ねたとしても、ロイドはまったく気づくこともなく、羊に噛まれた夢を見たとかわけのわからないものに変換をしてくれそうだ。

(あーでも、信頼してもらえるかもしれないと思うのも、ロイドとキスしてみたいなんて考えるのも、俺が相当いっちゃってるうえに末期だっていう証拠なんじゃないのか)

これ以上考えると駄目だ、もう無限ループになってしまう。愚かな自分を振り切るように、すぐ傍にあるロイドくんの体を抱き寄せた。

剣士としては細身の体からは自分と同じ香水の匂いがして、くすぐったい様な気分になった。

あえて言葉にするならば彼の幼馴染への優越感と自分の手の内にある温もりへの愛しさが交じり合ったもの。

(わかりやすく形になった征服感も含まれているのかもしれない、体をつなげたわけでもないのに)

明日の朝、二人して同じ香りをさせて、ロイドくんを愛してやまない人々の前に現したとしたらどうなるのかと考えてみたら、

悩むことなく容易にその場を想像できて笑えてきた。隣で夢の世界を満喫しているであろう子どもを起こさないように笑いをかみ殺そうとしても、

後からどんどんこみ上げてきて咳き込んでしまう。

こんなどうでもいいことで可笑しくてしょうがなくて、嬉しくてたまらなくなる。

無邪気さを前面に押し出しているロイドの隣にいるせいで、自分にも幼さが移ってしまったのかもしれない。でも、それは嫌ではなかった。

誰にでも優しいロイドくんが、いまだけでの俺の腕の中にいてくれるというのなら、それだけで満たされるというのなら、こんな幼い感情さえも愛しく感じられる。

だから、子どもの体温に身を任せて、瞼を閉じた。


(汚い自分へのもどかしさだとか、選ばれないかもしれないという恐怖は捨てて、愛しい温度を抱きしめた。目覚めるまでは夢を見させてよ)









わかりやすい形での嫉妬と独占欲(それと、縋るような色合いの瞳)