あんがい硬い体だった。出会ったころは研究一筋のもやしっ子だったのに、チルドレンの現場運用主任となってから一体どんな民間信仰なのかと頭を抱えたくなるような、とりあえず腹筋を鍛えておけば薫ちゃんのサイコキネシスに負けることはないだろうという、勝手な思い込みを昇華し続け体作りに励んだせいで、いまでは立派な男らしい体躯になってしまった。べつにそれを惜しむわけではないけれども、昔まだ幼さを残した皆本を知っているだけに、あの頃が少し懐かしくなることもなる。
「おい、急にどうしたんだよ」
 手にしていた本を膝の上に置いた皆本に、訝しげな視線を向けられてしまう。皆本と俺の間にあったクッションをどけて、再度向き合う。鳶色の瞳は疑わしげに俺を映して、僕の腹に何かあるのかと心底不思議そうに首をかしげている。
「なんか、暇だからお医者さんごっこしてみようかなって思ったんだけど」
「はぁ? おまえばかなのか?」
 そんなにまじで返されると困る。だが、なんとなく思いついただけだから深い意味があるわけではない。お客さんおなかの調子が悪いんですかーと問いかけると、それは医者って言うより特殊な商売のお姉さんなんじゃと白い目を向けられた。
「もう少し協力的になれよ」
「突然、腹に触られていったいどうしろと。もう少し、前ふりってもんがあるだろ。まず僕が患者役でいいのか? あと、設定上何科なんだ? 内科か外科か整形外科か?」
 真面目腐った顔で機関銃のような勢いで話しだした皆本は腕組みをしながら、他にもどういった症状で来院したんだ、そのあたりもくわしく決めていかないと問診できないだろうと重々しく言った。その残念すぎる反応にため息をつきたくなった俺は間違っていない。こう、恋人同士でお医者さんごっこっていったらもう少し、甘い雰囲気になってもいいんじゃないだろうかというのは、世に溢れる男達の夢ではないのだろうか。こいつは本当にわかっていない上に、求めていない部分でその真面目さを発揮して空回りしてくれる。
「あーもう、おまえまじ面倒だな。こういうときはフィーリングでいけよ! いいか、おまえは朝から熱っぽくって内科に診察にきた二十代男性のサラリーマンだ。朝から病院にきて一時間半待たされてようやく診察室に案内されて、向かい合った医者が結構かっこよくてときめいてるところ! いいか、覚えたか!」
「その、どうでもよく細かい設定はなんだ。あと自分でときめくとかいうな」
「うるせー! 先にすすまねーだろ!」
「別に僕としては先に進まなくてもいいんだけど」
 やめるならいますぐやめようと、本に手を伸ばそうとした皆本をそのまま抱きしめる。
「もう少し俺にかまってくれてもいいだろ? 体調が悪いんです先生何とかしてください!」
 子供っぽい懇願だったのかもしれない。目を丸くした皆本はワンテンポ遅れて口元を緩めた。
「なんだよ。おまえが医者役なんじゃないのか?」
「医者だって病にかかることがあるんです! 皆本の隣にいると動悸が激しくなるんだよ責任取れ!」
「それは重症だ。とりあえず、心臓外科に紹介状書いておこうか?」
 軽く肩をすくめた皆本は俺の髪を梳いて何がおかしいのかけらけらと笑っている。本当にこいつは駄目だ。こういうときは恋の病ですかとでも、気の聞いたせりふでもいってみろ!





13・07・28
13・08・15