何回目だっけと問われたので、何がと問い返す。ソファにもたれかかったまま少しだけ面映ゆげに笑った皆本は、君の誕生日を祝うのがだよと口にした。たぶん片手くらい、と誕生日を口実にした飲み会の酒気の勢いで吐き出すと、しみじみと感慨深げに指折り数えもうそんなに経ったのかと独りごちる。そのうち両手両足でも足りなくなりそうだという呟きが耳朶に触れた。
アルコールを摂取しすぎたせいか紅色に染まった皆本の横顔を盗み見ると、何が楽しいのかは知らないが利き手の指をゆっくりと数えてもうそんなにたったのかとご満悦だ。既に俺の誕生日会とは名ばかりの子供たちが大騒ぎするだけの集会はお開きとなり、大人二人だけで飲むともなれば、いつもは保護者を気取っている皆本もどことなく幼くまたリラックスしたように見えた。そろそろ空になりそうなグラスを指先でなぞりながら、主役でもないのにご機嫌の皆本の様子をうかがう。鼻歌でも歌いだしそうなその雰囲気に、ついに酔いが回りきったかと薄ぼんやりと考えていると、皆本が頬をほころばせて俺を見た。
誕生日おめでとうというどことなく舌っ足らずな、本日何度目かもわからないような祝いの言葉。皆本の口からと考えるなら三回以上は送られているそれに思わず苦笑する。なんでそんなにおまえが嬉しそうなんだよと、たまらずに聞いてみると、訝しげに眉をひそめた皆本が当然だろうと言い切った。今年も賢木の誕生日を祝うことが出来たんだ、嬉しいに決まってるじゃないか。そんな当たり前のことを聞くなとばかりに横柄な口調に、手にしていたグラスを握り締めた。アルコールのせいじゃなく頬が赤い。俺の変化になど気づいてもいない皆本は、来年だって絶対に祝ってやる、両手両足でも足りなくなるまであと十五年は掛かるのか、そのころはどうなってるんだろうなと声をあげて笑った。いつもよりもおさなっぽいその笑いに、胸の奥が苦しくなった。十五年なんて途方もない時間を、こいつは簡単に俺に与えてしまうというのか。当たり前のように、その空想を語って聞かせるというのか。無様にゆがむ口元を覆って、瞼を閉じる。目の裏に浮かぶ室内灯の名残を追いながら、アルコールのせいで緩慢な思考を落ち着けるように深呼吸をした。だが、隣でソファに背を預けたままグラスを傾けている皆本は、四十に足をかけるころにはもう少し下半身の管理がどうにかなってることを祈っているよと、どうでもいいことにまで気を回してくれる。四十の俺なんて考えるだけでむちゃくちゃかっこよくなってるに決まっているだろと冗談交じりに混ぜっ返してやると、そうかもしれないなとやけに素直な声が返ってきてたまらなくなった。
肩に腕を回してぐいっと力の入っていない皆本を抱き寄せる。俺のものか皆本のものかも分からぬアルコールのかおりに、くらりとした酩酊感がわきあがってきた。お酒がこぼれるという苦情を聞き流して、グラスをその手から奪い取り、テーブルの上に置いた。十五年後の話より、三ヵ月後のおまえの誕生日のほうが先だろう。ああ、そういえばもうすぐ僕も誕生日か。なんだよ、忘れてたの? 忘れてたわけじゃないけど、いつもカウントダウンしてるわけじゃないだろ。俺が四十に足をかけるころには、おまえだって似たり寄ったりだろ。僕のほうが二歳年下だけど。ばっか、もうそこまでいったら二歳なんてたいした差じゃねぇよ。うーん、それでも二歳は二歳だろ。うるせぇしつこい。どうせ、案外お互いあんま変わってねぇじゃんなんて笑うことになったりするんだよ。変わらないのは困る。賢木はもう少し落ち着くべきだ。皆本クンだってもう少し女の扱いをどうにかするべきだろ。すぐにそういう話に持っていくのはやめろといっただろ。
酔いのせいかどこかとろんとした鳶色の瞳に睨みつけられたって、たいした迫力は感じない。いなすようにはいはいと呟きながら皆本の頭をぐしゃぐしゃとなでると、もがくように抵抗される。嫌がられると余計がんばりたくなるのが人間の本能というものではないか。皆本の肩に回していた腕に力を入れてその優秀な頭を勢いよくなでてやると、返ってきたのは諦めのため息と俺に身を任せた皆本の重みだった。
このままずっといられたらいいんだけどなあ。何とはなしに寂寥を滲ませた皆本の言葉。この場一時を慈しみこぼれ出たものではないということはわかった。それはいつかこの手の中にあるものが散り散りになることを予期する隠者のような諦念を孕んでいる。ふとした瞬間に皆本が見せる達観と苦悩。それが一体どこからくるのかはわからない。そしてその根源が理解できないからこそ、それらの苦しみをいかようにして軽減し共有すればいいかもわからずに、ただ指をくわえてみていることしか出来なかった。猫のように身を寄せた皆本の体温。それをサイコメトリーしたってその苦しみのすべてを知ることが出来ない。それを歯がゆく思うこともある。だが、それら全てをつまびらかにすることができなくたって、皆本が望むところと俺が望むところが同じであるとするなら、それを遂行するのは可能なはずだ。
あと十五年だろうか二十年だろうがどうせ誕生日を祝いあうんだ、俺たちの関係は変わらないさ。なに、皆本クンは俺のこと捨てちゃうの? ばか、そんなこと。捨てるとか捨てないとか、そんな問題じゃないだろ。似たようなもんだよ。似てない。いいのいいの、細かいこと気にするなって。たぶん、俺たちは十五年後だって二十年後だって相変わらずだなって笑いあうんだ。それで、いいだろう。俺は、それがいいんだ。全部吐き出して、皆本の体を抱き寄せて距離を近づける。座っていたソファが軋んで、真っ黒なテレビ画面に何かに脅えるように寄り添いあう俺たちの姿が映りこんでいた。僕だって、それがいいよ。酔いを感じさせるのにそれでも芯のある皆本の声音が、二人だけの部屋の中に木霊した。ありがとう賢木、誕生日おめでとう。かざりっけもなく、ただただ俺に与えられるその言葉と、少しだけ困ったような皆本の笑み。お互い様だと、同意するように笑うと、皆本がもう一度だけありがとうと言葉にして、口角をあげた。
皆本が未来というものを望み、そしてそこに俺を思い描いてくれるというのなら、そしてこいつがまた違うことなく隣にいてくれるというのならば、俺が生まれた日に与えられるには不釣合いなくらいにうつくしくいとおしいプレゼントに相違なかった。
13・07・23