平日真っ昼間。眩しすぎるライトに照らされた家電量販店の店内は閑散としていて、いつもなら引っ張りだこになっている店員さん達が獲物を狙う密猟者のように店内を巡回していた。たまに視線があってターゲットにされそうになると、急いですっと目を逸らして森の奥深くへと逃げるように目的の売り場へと向かっていく。そばにどの掃除機を選べばいいか分からなくて困っているおばあさんがいますよ。是非ともその人の救いの手を差し伸べてあげてください。私は結構ですと念じながら、自分のついてない星のめぐりを呪いながらドライヤー売り場へと降り立った。
 先月、電灯を付け替えようと思って力のままに蛍光灯を引っこ抜いたことにより大本のシーリングライトを破壊し、先日は携帯電話をアスファルトへと投身自殺させてガラス張りの画面へとヒビをいれてしまった。何故あんなに良くおとすものをガラス張りにしたというのか。私はそこに抗議させてもらいたい。
 そして昨日。ついに新たなる犠牲者が現れたのだ。いままで使用していたドライヤーが電源を入れてもその主たる、というより唯一の仕事である熱風を吐き出すという役目を放棄してしまったのだ。接続がおかしいのかとコンセントをさし直してみるとちょっとだけ電源が入ったというのに、それもほんの僅かのこと。どうやら電線のほうがいかれてしまっているのか、熱風がでたり止まったりとせわしない状態で、意地になってコンセントの根元の断線していると思わしき場所をいじりすぎてついには完全沈黙されてしまわれたのだ。長きにわたり苦楽をともにしてきたドラーヤーはかくして天寿を全うし、私は先月から合わせて通算何回目かの家電量販店へと足を運ぶしだいになったのだ。本当についてない。
 ディスプレイされているドライヤーを冷やかしながら、先月からの出費を思って最安価のもの探す。最低限の機能しかついてないものを見つけて、これだと思い手を伸ばそうとすると、それはやめとけよという声が聞こえて手を止めてしまった。まさか、このタイミングで誰だと驚きに肩を揺らす。追ってきたのは、なんでだよという別の男の人の声だった。私に向けたものじゃなかったのかと胸を撫で下ろしながらも、自意識過剰に反応してしまった己を恥ずかしく思いながら、自分の不審な動きを隠すように何事も無かったように一歩下がって声の発生源をちらりと見た。
 私と同じドライヤーを興味深そうに眺めていた眼鏡の男の人と、その連れと思わしき色黒の男の人。働き盛りの年頃なのだろうと推測される男性二人連れが、こんな時間からドライヤー売り場をひやかしているとはなんだか変な感じだなと思いつつも、自分が購入しようとしていたものを咎めるような言葉に耳をそばだててしまう。決して盗み聞きなどではなく、ちょっとした市場調査というか情報収集みたいなものだ。興味なさそうなふりをして、二個となりくらいに展示されているドライヤーを触っていると、欠伸をかみ殺していた色黒の男の人が、私が心惹かれていたドライヤーに触れて、やっぱり駄目だと首を横に振る。
「これたぶん壊れやすいぞ」
「みたのか?」
「軽くな。不良品とかじゃねぇけど、まあ値段相当だわ。もうちょい高いのかっとけ。ガキがいるんだから強度のあるやつのほうがいいだろ」
「うーん。あの子たちも落ち着いてきたし昔ほど激しくないけど、たしかに毎日使うものだしな」
 彼の言葉に同意した眼鏡の男の人が、どれがいいと思うと意見を求めて次のドライヤーへと手を伸ばした。その外見をどう見積もっても、子供がいるような年齢には見えない。しかも複数形。思わずチラチラと二度見してしまったが、二人揃ってえっ子持ち? と驚きたくなってしまう。だいたいが、色黒の男の人のほうはなかなかに派手派手しいというか遊んでそうな外見と服装で、眼鏡の男の人はお坊ちゃんみたいな行儀の良いファッションに身を包み立ち振る舞いも落ち着いていた。間逆の二人が並んでいるだけでも好奇心をそそられるのに、二人揃って身長も高く外見の偏差値も高いとなってくると、私の真の目的であるドライヤーはどんどんと頭の端に追いやられていってしまう。あまりジロジロ見るのも不躾だよねと思いながらも、むくむくと育った好奇心は自然とそちらへと引き寄せられていく。
「女の子だしいろいろ考慮したほうがいいのか? 機能がつきすぎて僕にはよくわからん」
「年頃の娘を持つお母さんは大変だな」
「おい、真面目に選べって」
「えー、でも俺眠いもん。完全に気分は休日に買い物に付き合わされるお父さんの気分だわ。あ、結構的を射てるなこの喩え」
 まさにいまの俺だわとパチリと指を打ち鳴らした色黒の男の人に呆れたように頭を抱えた眼鏡の男の人が、最新モデルですと銘打たれた多機能なドライヤーに手を伸ばした。そして、それを当然のように受け取った色黒の男の人が、なんでドライヤーなのに肌の手入れまで出来るんだよ領域侵犯だろと怪訝そうな表情で手の中のサンプルを凝視している。たしかに、私はドライヤーにそこまでの機能を求めてないんだけれども、みんな生き残るために必死なんだなとなぜか同情のような気持ちが湧いてきてしまう。
「おまえみたいな浮気性の父親は子供にも悪影響を及ぼすから勘弁してくれ」
「えっ? 反論するのそこなの?」
「はっ? そこが一番の問題だろ。情操教育によくない」
 当たり間のことを言うなとでも言いたげな語調で、ドライヤーを奪い取ってもとの場所に戻した眼鏡の男の人は、隣でえもいわれぬ神妙な顔つきをしている連れにどうかしたのかと不思議そうに首を傾げた。
「いや、ミナモトクンは相変わらずの天然だなと再認識したところだ。お兄さんはいますごく凪いだ海のような気持ちだ」
「眠気のあまり何喋ってるのかわからない状態だろ? 本当に無理なら帰るか」
 ミナモトクンと呼ばれた男の人は連れの顔色を確認するように覗き込んで、大丈夫かと声をかける。ぽんぽんと会話のキャッチボールをしていたときとはちがう思いやるような優しい声色に、外見を裏切らない穏やかな人なんだろうなとなんとなく思った。
「平気だって。冗談マジにするなよ。次も予定詰まってんだから、さっさとドライヤー選ぼうぜ。たまの休みまでガキどもに振り回されてたまるか」
「ならいいけど、無理なら言えよ。昨日もオペ入ってて忙しかったんだろ」
「それ言い出したら、おまえだって出動かかったんだろ。お互い様だって。これなんてどうだ?」
 心配性な友人に苦笑しながら気にするなと肩を叩いた色黒の男の人が、展示されているドライヤーを指差した。たしかに値段も手ごろでいいなと、関係の無い私が惹かれてしまう。
 オペと出動という言葉にお医者さんと警察消防関係の人なのかなあと思い至って、この外見でその職業で、更にすごい二人だと他人事ながら感心してしまう。出来ればどちらか私とお付き合いしてもらえないだろうか。というより、私もいつまでも二人の会話を盗聴してないで自分が買うべきものを選ばなきゃいけない。
「そういえば、隣に家具屋あったよな」
「ああ、併設してるみたいだな。なにか欲しいものでもあったのか」
「ついでにベッドも見ようぜ。お前のベッド狭いから俺寝れないじゃん。もう落とされるの嫌だ」
 広いの買おうぜと、ミナモトさんの肩へと肘を乗せてにやりと笑った彼に、一瞬思考が止まる。ベッド、狭い、落とされる、と何度かキーワードと思わしき言葉を繰り返した後に、ようやくショートしそうだった回路が正常にもどり、やっぱりこの異常さのほうで頭の中が混乱した。へっと、と漏れそうになったのをかみ殺して、手にしていたドライヤーの持ちの手の部分を握り締めその衝撃をやり過ごす。店内を見回すようなふりをして二人の様子を伺ってみたが、特に色っぽいとか盛り上がるとかいうあれもなく、ミナモトさんは嫌そうに顔を顰めて、悪戯っこのような笑みを浮かべている友人を振り払った。
「買い換えるって僕のベッドかよ。君は床で寝ればいいだろ。シングルに二人で寝ようとするのが既に間違いのはじまりなんだよ」
「だってミナモトが嫌がると俺が盛り上がるんだからしょうがないだろ。おまえが笑顔で迎え入れてくれたら、後ろ向きに検討して行くのに」
「なんだ、サカキ一緒に寝よう! とでも言えばいいのか」
 一瞬言葉を止めて考えるように顎に手をやったミナモトさんは、怖いくらいに真剣な顔をしてサカキさんと呼ばれた色黒の男の人を見遣る。
「すまない無理だ。いま想像したけど、そんな想像をした自分の頭を吹き飛ばしたくなった」
「おい、ちょっとまて。ちょっとまて。どういうことだよ」
「言葉どおりの意味だ。もうそろそろ夏になって寝苦しくなってくるから、本気で追い出すからな」
「ほんっとうにミナモトくんは友達甲斐のない嘆かわしいやつだな。がっかりしたよ。親友の俺をベッドから追い出すとは」
 己の身におこった不幸に悲嘆するように顔を覆って軽く頭を振ったサカキさん。それにふんと鼻をならして腕組みをしたミナモトさんは、それはこっちのセリフだよと不機嫌そうな声をつくってみせる。
「親友の安眠を妨害してるのはどっちなんだよ」
 親友ってなんだっけと、親友と、私の知る親友という言葉とは確実にちがう意味で使われていそうなそれがぐるぐると頭の中をめぐって、さっき負傷したばかりの思考回路がやっぱり悲鳴をあげる。いや、親友だからって一緒に眠ったりしないよね。てか、シングルに男二人ってどういうことなのなんかおかしくない? いや、おかしいと思うわたしがおかしいの? 親友、なんだもんね。友達だし。ともだち? しんゆう? あれ? ゲシュタルト崩壊してきたその言葉に呆然としていると、いつの間にかどれを買うか決めてしまった二人が、やはり近すぎる距離のままに何事かを話しながらお会計へと向かっていく。次はベッドかと当然のように口にしたミナモトさんに、私は手にしていたドライヤーを床へとたたきつけそうになった。
 久しぶりに、地元の友達に連絡とろうかな。







13・05・13
13・07・14