チカチカと点滅するカーソル。一定間隔のそれは、はやくはやくと急かすように消えてはついてを繰り返している。そのカーソルの隣に表示されているデフォルメされたキャラクターも暇を持て余しているのか、くるくると回ったりジャンプしたりとせわしない。これから世界を救う旅に出るというのだから、もう少し落ち着きというものを身につけるべきだと説教してやりたくなる。あと、3Dが主流のご時世で、よくもここまで精巧なドットを打つつもりになったなと、そこだけは褒めてもいい。
「センセーまだー?」
 俺の隣で体育座りをしていた薫ちゃんが、退屈を隠すこともなく間延びした口調で言った。フローリングに投げ出したままになっていたソフトのケースから説明書を取り出して、うずうずしているのを誤魔化すようにそれをもてあそんでいるが、紅色の瞳ははやく先にすすんでほしいと言外にしていた。その反対側に座っている紫穂ちゃんは、手にしていたチョコレート菓子をリズミカルに食みながら、優柔不断な男は嫌われるわよとすまし顔。どうしてキャラクターの名前をつけることに迷う程度で俺の男としての価値が問われるのだろうか。そこのところをくわしく説明して欲しい。
「こういうのって迷わねぇ?」
 言い訳ではない。だがそれでも、これ以上不名誉な烙印を押される前に同意を求めてみるが、三人娘の反応はあまり芳しくない。
「弟とかは自分の名前付けとったけど。そうや、ポチなんてどうやろ!」
 向こうのテーブルで問題集を開いていた葵ちゃんの明るい声が響く。眼鏡の向こうのまんまるな瞳に満足げな色が浮かんでいるので、たぶん名案だと思っているのだろう。意見を求めるように薫ちゃんを伺うと、口舌しがたい絶妙な顔をして、首を横に振った。大々的に否定するのははばかられたのか、体温の高い指先が、がしっと俺の腕を掴んだ。せめて、人間の名前にしてあげて、ということらしい。おお、ポチよ、死んでしまうとは情けない。うん、格好がつかない。これは悩む必要もないなと苦笑してそれに頷くと、タマでもいんやないかなと能天気な葵ちゃんの言葉が続く。次は紫穂ちゃんが俺の肩を掴んだ。表面上は無感情を装っているが、伝わってくるのはそれくらいなら太郎の方がましよという、冷めた思念。二人に同意するように軽く咳払いをすると、キッチンの方から皆本が顔を覗かせた。
「そろそろ休憩にしないか?」
「えー、まだはじまったばっかりじゃん! もう少し!」
「駄目よ薫ちゃん。皆本さんがケーキを作るっていってたの忘れたの?」
 そういわれると、甘いいい匂いがしてきたような気がする。ゲームを中断することを渋っていた薫ちゃんも、ケーキという言葉を聞いた瞬間に立ち上がり羽でも生えたような軽い足取りで勉強していた葵ちゃんの前の陣取った。紫穂ちゃんもそれに倣ってテーブルにつく。お行儀よく着席した三人に満足げに頷いた皆本は、鳶色の瞳で俺を見た。
「賢木は紅茶かコーヒーどっちにする?」
 ケーキなら紅茶だろうかとも思うが、皆本のいれるコクのあるコーヒーも捨てがたい。いやでもと迷っていると、水なんてどうかしらという、紫穂ちゃんの突込みが入る。これでもお客様なんだけどと抗議するよりはやく、皆本が嗜めるように彼女の名前を呼んだ。軽く肩を竦めた紫穂ちゃんは悪びれもせず口が滑っちゃたと舌を出す。滑っちゃうってことは心の中で常々そういうことを思っているんだよなと、紫穂ちゃんに視線をやると皆本に見えないように俺を鼻で笑っていた。
 落ち着くんだ修二。相手は中学生のガキなんだぞ。落ち着けと繰り返して深呼吸をすると、どうするんだという皆本の声が鼓膜を揺らした。
「コーヒーで頼む」
「了解。ブラックでいいよな」
「ああ」
 小さく頷いて、手元のコントローラーを握り締める。
 やさしく笑った皆本を見た瞬間に、ああそうだと思った。
 背後のテーブルで繰り広げられるのどかな会話。苦しくすさんだ瞳をしていた少女達があんなにも明るく楽しい子供らしい時間を過ごせるようになったのは、主婦も真っ青な料理のテクニックで昼真っからケーキを作っているあいつのお陰なのだ。
 ならば、世界を救う勇者の名前というのも、まあそんな感じでいいんじゃないだろうか。そんな大それことをしたわけじゃないのかもしれないけれど、たぶんあいつは、彼女たちの世界を、そして俺の世界をひどく色鮮やかに染めてくれたのだろう。それこそ、眩しいくらいに、怖いくらいに、どうしようもないくらいに。それを救いと呼ばずに、なにを救いとするのだろうか。
「なかなかかっこいいじゃん」
 迷いなく四文字のひらがなを選択して、決定ボタンをおす。かしましかった三人が、立ち上がった俺の向こう側の画面を見て瞠目した。名づけられたことを喜び、苦難の果てに救われるであろう世界を祝福するようなファンファーレが響く。遅まきのタイトルコールが居間に反響した。三人はキッチンにいる皆本の背中を探すように視線をさ迷わせ、そして俺と目線がかち合うとそれが胸におちたようにひどく穏やかな顔をして笑った。

お題:君と勇者




13・04・09