市街地にあるショッピングモールは週末のせいもあってか、休日を満喫する家族連れや友人、恋人連れなどでにぎわっており、どこもかしこも人でごった返していた。館内に流れる迷子放送に、バーゲンセールを声高にする呼び込みの声。そしてそこへ重なるショッピングモール自体の宣伝も兼ねたアナウンス。これでもかといわんばかりの音の洪水にいっそ耳を塞ぎたくなる。
 正面からくる集団を避けきれずに、手にしていた携帯電話を取り落としそうになってたたらを踏む。すれ違い様に若い女性と肩がぶつかって、すごく冷めた目で睨みつけられてしまった。その拍子に、両手を占拠していた荷物がずり落ちていくので、慌てて持ち直す。せめて安住の地がほしくてあたりを見回すが、まだ昼食の時間帯としてもおかしくないせいで、カフェは満席順番待ちの状態だ。席の空いている店を探すのも億劫で、仕方無しに通路の端に設置されていたベンチへと腰を下ろした。
 既にここへ来て二時間と少し。久しぶりに取れた休みだからと、前々から約束していた通り、一日チルドレンたちのショッピングへと付き合うことになっていた。最初は四人でいろいろ見て回っていたはずなのだが、洋服やアクセサリーなどちょっと僕には理解しがたい品目へと彼女たちの興味が移り変わった瞬間に、ただの荷物もちへとクラスチェンジさせられてしまった。しかも、いろいろとファッションショーをしている三人に似合うと聞かれたら、露出が多すぎる、スカート丈が短い、もう少し色合いが大人しいほうがいいのではないかと嘘偽りのない感想を述べていたら、三者三様すごく冷やかな目で見つめられて、もう乙女心が理解できない男は荷物もちとしても必要ないから、ちょっとどこかで適当に座っててと、戦力外通告を叩きつけられてしまった。
 僕としてはもう少し節度のあるおとなしい服装をしてくれてもいいんじゃないだろうかと思うんだけれども、こういった親心というものはどうしても子供に理解されないらしい。こういうとき賢木ならもっと上手くやることが出来るんだろうが、どうにもこうにも昔から女性の扱いだけは下手なままだ。いや、彼女たちはまだ女性というよりも女の子というか、僕にとっては子供のままだよなあと毎日の生活の中で垣間見る姿にぼんやりと思った。
 一度座ってしまったせいで、一気に体が重くなってもう立ち上がる気力もない。買い物が終わったら携帯電話に連絡するからといわれたのに、メールの一つもきやしない。一応どこにいるのかということだけはメールで連絡しておくことにする。
 僕が放流されて三十分。この分だともっと長期戦になるのだろう。いっそ本屋にでも行こうかとも思ったが、彼女たちが吟味に吟味を重ねた洋服の入ったショッパーをもって静やかな店内を移動する気にはなれなかった。
 はあと疲労困憊のため息をついて、木目調のベンチの背中に上体を預ける。ぐるりと首を回すと、ボキボキと不吉な音が鳴った。隣からも似たようなため息が聞こえてきて、そちらに視線を向けると、僕と同じく疲れ果てた中年の男性が女性のカバンと買い物袋を抱えて座り込んでいた。視線があって一瞬で自分たちが同じ立場であるということを理解してしまうのが悲しい。お互い大変ですねといわんばかりに苦笑いをしてしまう。だが、その人の向こう側に見慣れた人を見つけたことで、シンパシーよりも驚きが上回って、吃驚して立ち上がりそうになった。
 しかし、僕の驚きをよそに、両手にこのショッピングモールにはいっているコーヒーショップの容器を持った賢木は、平然と最初から僕がいることを知っていたみたいに迷いなくこちらに歩いてくる。
「よお、お父さんは大変だな」
「お父さんって、もう荷物持ちもクビになったよ。それよりも、どうしたんだ? こんなとこであうなんて珍しい」
 隣に置いていたショッパーを移動させて、一人分のスペースを空ける。悪いなといった賢木はそこへ腰掛けて、コーヒーを手渡してくれた。礼を言ってまだあたたかいそれを受け取ると、運命ってやつだなとからかうように笑う。
「おまえの運命にはコーヒーを買ってくることまで含まれてるのか?」
「そうそう、夢枕にトルテが立ってだな。今日のこの時間に、コーヒーを買っていくと皆本とデートできるから必ず行くようにって」
 真面目くさった顔をして言いきる賢木に、がくりと肩を落として脱力してしまう。いつの間にトルテは人語を理解するようになったのだろうか。突っ込みきれなくて頭を抱えた僕を見た賢木は満足そうに口角をあげ、コーヒーに口を付けた。すると、いままでうんともすんとも言わなかった携帯電話がメールの受信を告げる。差出人は紫穂で、ついに買い物が終わったのかと携帯電話を開いてメールを確認すると、暇つぶしの玩具を派遣したので適当に時間を潰しててねということだった。まさかと思って隣を見ると、まあそういうことだからと、片眉を上げた賢木が肩を竦めた。
「お姫様が留守の間のお相手として急遽お呼びが掛かったのさ」
「いつの間に。悪いな、せっかくの休みなのに彼女たちの我侭につき合わせるみたいで」
 医者としても特務エスパーとしても忙しい日々を送っている賢木だって、自由になる時間は少ないのだ。それを彼女たちの勝手な気分で呼びつけるというのは申し訳がなかった。気を許しているからこそ遠慮なしでぶつかっていくんだろうけれども、それに律儀に付き合ってくれる賢木のやさしさが分かるから余計につらい。すごく自分勝手で押し付けがましい気持ちなんだろうなということも分かっているけれども。だが、そんな僕の内心などお見通しだといわんばかりに、コーヒーの温かさが伝播した指先が僕の頬をぐいっと掴んで引き伸ばした。
「こうやって皆本君と遊べるときいて、自主的に参上したんだよ。これでも、役得かなって思ってんだぜ? あのガキどもの目を盗んでおまえを独占できるわけだし」
「なんだよそれ」
「いえいえ、言葉のままですよ。皆本ったら、最近つれないんだもん」
 そんなつもりは毛頭ないのだが、責めるようにういういと頬を引っ張られてちょっと痛い。やめろよと抵抗すると、更にむにむにともてあそばれる。負けを認めるように賢木の好きにさせていると、ようやく満足したのか解放された。若干頬が熱いのは、多分痛みのせいなのだろう。それ以外の理由などない。しかし、賢木は勝手に僕の頬の赤みと何か別のものを関連付けてくれたようで、意味ありげににやにやと覗き込んできた。なんだかそれが癪で、ぐっと顔面を押し返してやる。不満げな顔をしたって知るもんか。
「じゃあいくか」
 切り替えもはやく、ショッパーの半分を持って当然のように立ち上がった賢木。何事かと見上げると、早く行くぞと腕を引っ張られる。
「若いもんがいつまでもそんな疲れ果てた顔してないで、さっさといくぞ。時間がもったいない。紫穂ちゃんからお許しが出てんだ、今日は俺に付き合ってもらうからな」
 服見るだろ、あと見たい雑誌もあるし、時間的に映画は無理だよなと指折り数えるようにいくつかのプランを羅列していく賢木の背中を追って歩き出すと、やさしい色合いをした黒茶の瞳が僕を振り返った。そこに浮かぶのは僕の方が恥ずかしくなるくらいにとろけそうな笑みで、一緒にいられるのが嬉しいと言外にされている。
 はやくしろとせかされて隣に並ぶ。いつもよりも人が多いからと誰に聞かれたわけでもないのに言い訳をして、普段より少しだけ僕たちの間の距離を近いものにする。これくらいなら、男同士で並んでいてもおかしくない距離だというものを探るように。それに気づいた賢木が、僅かに瞠目してすぐに嬉しそうに目を細めた。手を繋ぐ代わりに、コツリと手の甲が触れる。そして、視線が交わる。いままで疎ましくて仕方なかった人波だとか溢れている音だとかに、初めて背中を押されたような気がした。
 僕だって少しくらい楽しんでも罰はあたらないよな?

お題:昼の父




13・04・06
13・04・09