講義が終わって教室から解放された学生たちが、一気に学内のあらゆる場所へと散らばっていく。特に昼飯時のせいか、みなの足が目指すのはいくつかの場所に点在している学食や購買だ。もちろん俺も同じくなきわめいている腹の虫を抱えた学徒の一人なので、流されるままに人の波に乗っていく。外のテラスで食うか、購買で見繕って適当な場所に陣取るか。それとも女の子でもひっかけて楽しいランチタイムとしゃれ込むか。いくつかのいくつかのプランを思い浮かべてみて、そのすべてを打ち消した。
 どうにもこうにも、この国の料理は大味すぎるし油っぽい。若者がそういったたぐいのものを好むからといっても、毎日のように続けば頭どころか胃だって抱えたくなる。いや、最初はというか、このまえまではよかったのだ。無い物ねだりをしたって仕方ないし、郷に入れば郷に従うしかないのだから、この国の味でもなんとか俺の口にあうあたりを手探りで探し出して腹の足しにしていたのだ。
 だが、もうだめだ。あいつに、皆本にであって、あいつの手料理なんて食べてしまったら最後、これが母の味ってやつなのかと胸に刻み込みたくなるような和食の数々に、すでにバカになりそうだった舌と味覚を矯正されて、コメリカの料理に違和感を覚えるようになってしまった。しかもあいつ、どこで手に入れてくるのか、味噌や醤油ににぼしなど、和食に必要な調味料やらなんやらがだいたいキッチンにそろっているのだ。今朝だってあいつに分けてもらった味噌汁を朝食代わりにしてきた。朝からおいしいもので満足したってのに、昼に肉と油で構成されたジャンクフードというのも気分が乗らない。
 皆本のせいで、ずいぶんと贅沢な悩みばかり抱くようになってしまった。一度おいしいものの味を知ってしまえば人間は際限なくもっとをほしがるんだなと、貪欲な己にため息をついてテラスに向かいかけていた足を止める。どうせ皆本は研究室にこもってるだろうから、気分転換に呼び出して一緒に飯なんてどうだろうか。この間デートした女の子から教えてもらった和食の店にチャレンジしてみるのもいい。自分の考えに乗り気になって、軽く口笛でも吹きたい気分になりながら廊下の端による。別段何か悪影響を与えているわけでもないのに、相変わらず不躾な視線を向けてくるものもいたが、これからのことを考えるとそれもあまり気にならなかった。
 携帯電話を取り出して、電話帳を開くまでもなく、着信履歴の一番上にある名前を呼び出す。そういえば、ちょっとレポートで忙しいとか言ってたけど、まぁいっか。
 コール音が何度かなるが皆本は電話にでない。留守番電話になる直前に電話をきって、もう一度チャレンジしてみるために通話ボタンに指をのせたときに、賢木さんと聞き慣れた声に名前を呼ばれた。案外廊下に響いたその声の主は、勇ましくも大股でこちらに向かってくる。白衣を翻しているということは、研究室からここまで直できたのだろうか。
 東洋人ということを差し引いても周りより幼い外見で学内を闊歩し、さらに俺に臆することなく向かってくるとあれば自然と周りの目をひく存在だった。それを本人が意識しているのかはしらないけれど。
 これは呼び出す手間が省けたと、手にしていた携帯電話をしまい込んで軽く手を振る。いつもなら笑顔で振りかえしてくれるのに、何だが今日は鬼気迫るほどの気迫があった。おい、いま皆本とすれ違った男が泣きそうな顔してふるえてたぞ。
 あれ、なんか雰囲気おかしくね? 学友に会いに来たってのには似合わない、憎しみで人を殺せたらみたいな淀んだ目をしてる気がするんだけど。あれ? 皆本君? きみそんなキャラじゃないよね?
 皆本の靴が床を蹴る小気味よいというより、威圧感さえにじみでる音が迫ってきて、思わすに二、三歩後ろに下がる。すると、俺を追い落とすような勢いで皆本が駆け寄ってきた。その勢いに飲まれるようにバックして廊下の壁に後頭部をしたたかに打ちつける。苦情の一つでもと思ったが、俺を見据えている皆本の表情は鬼か般若か判断に苦しむところだった。つまり、どっちにしても怖い。ちょっと泣きそう。
「や、やぁ、皆本君。そんなにあわててどうしたんだね?」
 怖じ気付きそうになる声帯を励まして、なんとか震える声で言葉を紡ぐ。今日も天気がいいねなんて付け加えてみたが、ゴミでもみるような目で黙殺された。だんと、皆本の足が地面を蹴りつける。穏和なこいつらしくない振る舞いにひっと変な声がでた。サイコメトリーしてみようにも、触れたら殴られそうで取りつく島もない。
「賢木さん、あんたスーザンになにいった!」
 がしっと両肩を捕まれて壁に押しつけられそうな勢いで睨みつけられ息を呑む。ずきずき傷む後頭部に第二波を受けるのだけは勘弁してもらいたいのだが、それをアピールする隙はない。
皆本の必死な様子からなにやらすさまじいことがおきているのは理解できるが、こいつの口からでた名前にピンとくるものがない。記憶を呼び覚まそうとこめかみをもむようにしてみても、その名前だけで何人か心当たりがあった。だが、皆本と関係があるということは学内にいるスーザンだろう。その時点で候補者は二人。二人の立ち姿を思い出して、頭を悩ませる。俺あいつらになんか言ったっけ。
「えーっと、とりあえず胸のでかいほう? ちっさいほう?」
 沈黙、静寂、瞬き、次いで赤面。わずかに逡巡した皆本はそれでも恥じらうようにおおきいほうとつぶやいた。その姿にきれいなものを汚したような、まだ性を知らぬ少女に卑猥なことを強要したような、何とも言い難い背徳感を感じ背筋がふるえる。いやまて、落ち着け俺。だめそれだめ。全体的に間違ってる。
「そ、その胸が大きいスーザンがなんだって? とくにあいつとおまえの話をした覚えがないんだけど」
 仕切り直すようにして咳払いをし、話のレールを軌道修正していく。微妙な雰囲気になりつつあったところを、渡りに船とばかりに皆本も切り替える。
「か、彼女が!」
「彼女が?」
「彼女が、」
 言いよどむ皆本。どんなすごいことを言われたのか、うまい言葉がみつからないみたいに目が泳いでいる。もしかして、俺のせいで何かよからぬ噂でもたてられたのだろうか。そうだとしたらやりきれない。
 いまでは丸くなりつつある俺だが、まぁ若気の至りってやつでついこの間まで、ちょっとぐれたりもしてみたから、それなりに後ろ暗いところもないわけではない。だが、俺の記憶が確かなら、胸の大きい方のスーザンは俺の超能力をとやかく言ったりそれで騒ぎ立てたりなど、そんな無駄なことを好む性格ではなかったはずだ。だが、彼女の表面がどうあれ心の深い場所ではなにを思っているかなどわからない。人間なんて等しくそんなもんだ。
「なぁ、皆本。もしかして、俺のせいで迷惑かけたか?」
「ち、ちがいます! いや、違わないんですけど、そういうのじゃなくて、だから、あの」
「じゃあ、スーザンがどうしたんだよ」
 俺の質問をあわてて否定しながらも、狼狽えるばかりの皆本をのぞき込む。俺を映した鳶色の瞳は揺れていて、うまく言葉にできないことを悔いるようだ。そんなに優しくする必要ないのにと、この場にはふさわしくないとわかりながらも頬がゆるむ。それをごまかすように口元を隠すと、皆本がチューニングしてくれたブレスレット型のリミッターが涼やかな金属音を奏でた。
「僕が、賢木さんと、つ、付き合ってるって」
「へっ? どこまで?」
 たしかにいまちょうど食事に付き合ってもらおうと思っていたところだけどとひとりごちると、慌てた皆本がそれを否定した。
「いや、場所とかじゃなくて! そ、その、男女交際を、いやこの場合どっちも男なんですけど、そういうあれだって!」
 顔を真っ赤にして叫ぶ皆本に、周りが何事かと俺たちを振り返っている。おいおい、会話ダダ漏れだぞと思ったが、日本語だから大丈夫なのか。いや、そうじゃなくて俺と誰が。あ、皆本? 俺と皆本がお付き合い? そりゃあ、なんていうの? 皆本君のことちょっと好きかなって思うよ。だって、あいつんなかきれいだし、頼んでもいないのに人の中を覗き込んじまうサイコメトラーとして心に触れる度に見たくないものばっか発掘しちゃうなかで、あいつんなかだけは裏表なくうつくしいままだった。不快でしかないはずなのに、あいつの中に深くもぐるのはまるでぬるま湯の中に落ちていくようにとても心地いいのだ。もちろん、人間だからいやなこと考えてることだってある。でもそういうのじゃないんだ。人としての心根とか根幹の部分があほみたいに澄んでいてのぞき込んでる自分の方が居たたまれなくなっちゃうくらいだ。だから、すきだ。変な意味じゃなくて。本当にこっぱずかしいけど、お友達とか大切な人とそんな感じで。だがなぜそれが、スーザンに伝わってんだよ。そんなこと一言も言ったことないぞ。
 混乱のあまり饒舌になる頭のなか。それを感知したように、皆本が追加の説明をくれる。
「食事に誘うためにあなたに電話したら、僕がベッドから放してくれないから、いまは無理だって一方的に電話を切られたから、そういうことなんでしょって」
 ずれてもいない眼鏡を押し上げた皆本は、頬を真っ赤に染めて蚊の鳴くような声を絞り出した。怒りというよりは羞恥。大和撫子もびっくりの貞操観念と頭の固さをもった皆本光一君が、ベッドの上で俺を放さない。まて、まってくれ。それはいったいどういう状況だよ。え、俺たち清い関係でまだそういうあれでは、いやまだって今後そうなる予定もないですけど。
 火のない煙がたつどころかプラスチック爆弾が爆発したような衝撃を処理しきれずにフリーズしていると、皆本が俺の気持ちを察したように名を呼んだ。
「あの、賢木さん」
「あー、ちょっとまって」
 前のめりになった皆本を押しとどめるように軽く手のひらをかざす。
スーザン、食事、電話、ベッド、皆本。このキーワードにいっそ潔いまでに混沌としていた頭のなかに、一条の光が走る。俺のひらめきに体を緊張させゴクリと生唾を飲み込んだ皆本は息を詰めて真っ直ぐに俺をみた。
 その期待に応えようとあと少しで手の届きそうな、喉元まででかかった言葉と記憶にうんうんとうなり声をあげる。ベッド皆本ベッド皆本あとスーザンと思ったときに、さっきジーンズのポケットにしまいこんだ携帯電話を取り出して、着信履歴を確認しああと手を打った。
「あれだよ! あれ!」
「どれですか!」
「この間の合コンのあとの」
「ああ、賢木さんの騙し討ち」
 腕を組んで不満そうに鼻で笑った皆本。レンズの向こうの鳶色の瞳に剣呑な色が混じる。わざわざ騙し討ちと言い換えるところに、こいつがまだ根に持っていることがうかがいしれた。かわいいシャイな友人が、楽しく飲み会できるようにちょっと事実関係を省きつつ合コンをセッティングしただけなのにひどい話だ。しかも、それですねてしまった皆本はあてつけみたいなハイペースでアルコールを摂取して大変なこととなり、更に俺に恨みを募らせているようだった。
「いやまぁ、そこについてはまた今度話し合おう。ちょっとした齟齬が発生してるんだ。で、重要なのはそこじゃなくてだな」
 皆本の冷ややかな鳶色の瞳が言い訳はいいからさっさと本題に入れと無言の圧力をかけてくる。咳払いをして仕切りなおすが、絶対零度の切り捨てるような視線が痛い。凍傷になりそう。
「あのあとおまえ軽度の急性アルコール中毒で、吐いたりのたうち回ったりいますぐ頭を撃ち抜くとかいってみたり大変だっただろ。ちょうど看病してる真っ直中にスーザンから電話があってだな」
 途中で言葉を切ってあのときの会話を思い出す。
 吐いても吐いても嘔吐はとまらず、頭痛と寒気にベッドの中で呻いていた皆本。水分をとって体内のアルコール濃度をさげるしかないのに、水を飲めばそのまますぐに吐き出して、さらにそれに誘発されて胃液さえもすっからかんのまま苦しそうにえずいている状態だった。生体制御をとも思ったが、自分以外にそこまで強い力を使うことは躊躇われた。まだ遠慮なしで使えるほど安定した能力ではないのだ、もしものことがあっては困る。
 アルコールの恐ろしさを体感した張本人は、あのときの苦しみがぶり返したように顔をしかめ手のひらで口元を覆った。まあ、そうなる気持ちも分かる。見ているこっちだって歯噛みしたくなるような酷いものだった。
「それで、向こうは陽気に電話で食事に誘ってくれたんだけど、話を聞いてるうちにおまえが背後で吐くとか助けてとか言いながら俺の名前をよんでてだな」
「あ、あんまり覚えてないですけど」
「とにかく、もうまじやばい感じだったんだよ。あと一秒でも遅れてたら俺のベッドが大惨事になってた。おまえの吐瀉物で。そんなんだったから、皆本が(急性アルコール中毒で大変なことになってて)ベッドから(看病のために)はなしてくれねぇから、いまはそれどころじゃないって電話切ったんだよ」
 あの時は本当に大変だったし見てらんなかったよなあと感慨深い気持ちになっていると、俺の話を聞いていた皆本が凍りつき頭を抱えたまま動かなくなる。急性アルコール中毒の苦しみはそこまで皆本を蝕んでいるのかと、慰めるような気持ちで震えているように見える肩をやさしく撫ぜた。だが、次の瞬間勢いよく打ち払われる。遠慮なしで。
「ちょ、おまえなんなの! せっかく心配したのに!」
「それはこっちの台詞ですよあんたおかしいんじゃないですか!?」
「はあ? 友達を誠心誠意看病するののなにかおかしいんだよ!」
「そこじゃありません! いまのかっこ急性アルコール中毒で大変なことになっててかっことじベッドからかっこ看病のためにかっことじはなしてくれねぇってとこですよ! そのかっこんなかちゃんと伝えたんですか!?」
 食って掛かってきた皆本は親の仇にでも出会ったような必死さで俺のことをぐいぐいと揺さぶる。わざとかというくらい両肩に爪が食い込んだ状態でゆすられて、視界がぶれる。やめろ、なんか口から出そうになる。タオルを投げる代わりに、皆本の手首を掴んでギブを伝えると、そんなのいいから言ったのか言ってないのかはっきりしろと怒られた。切れやすい現代の子供こわい。
というより話しててわかるじゃん。わざわざかっこを付けた意味を汲み取っていただけないだろうか。
「言ってたらかっこつけてない、です」
 おちたのは、諦めにも似たため息。発条がきれたように、だらんと力を失った皆本は、俺の方にもたれかかるようにしてがくりと肩を落とした。もしかして泣いていたらどうしようかとか思ったが、遠慮を知らぬ靴の裏が俺の足の甲を踏みにじっていったので泣いているというよりは、怒りのあまり虚脱状態に陥ってしまったのかもしれない。
「完全にあんたのせいじゃないですか。どうしてくれるんです? 僕に事実関係を確認することもなくこの衝撃的な妄想を告げた彼女は、そのまま嬉々として友達のところへいってしまったんです。そのあと、彼女を含む一団がニヤニヤしながら僕を見て話をしていたんですけど、これどういうことか分かりますよね? あと、祝福するわでもあなたって案外激しいのねとか言われたんですけど意味わかりますよね? 僕として分かりたくなかったですけど」
 薄暗い場所から響くような、ぞわりと冷たい皆本の声色。じっと俺の胸元あたりを見つめている瞳には光がなく、その顔は蝋人形のように表情が虚ろだ。血の通わない能面を思い出させるそれに、自然と唾液を嚥下して瞼を閉じる。
他の人間にならばご愁傷様と笑ったうえで一ヶ月向こうくらいまでこのネタで遊べそうだが、よくよく考えてみなくても皆本が苦しんでいる遠因は俺にあり、というか直球ど真ん中で俺のせいでもあり、もしかしなくとも俺にまで害が及んでいるわけなのだが。いまさら必死になってフォローを入れても火に油を注ぐ結果になりはしないだろうか。だがこのまま、皆本を放っておけば確実に精神を病んでしまいそうだ。考えろ考えろと、いまできる精一杯の救いの手を差し伸べることにした。
「責任とって嫁にもらってやろうか?」
「あんたばかか!」
 抉るような拳が俺の頬を殴りつけ、もう一度後頭部を背後の壁にぶつける。非難するように睨み付けても、皆本のほうもそれに応戦するように肉食動物のような鋭い視線を向けてきた。
「なんだよ、友達を元気付けようとしたちょっとしたお茶目だろ!」
「この流れでその冗談に笑えるか!」
 息も絶え絶えに果敢な突っ込みをくれる皆本。もう既に周りの目は気になっていないらしい。通り過ぎる学生達はみんなこちらを振り返っているが、誰一人として俺たちに声を掛けてくることはなかった。どちらかといえば触らぬ神に祟りなしと、距離をとられてしまっている。
「だってもうどうしようもねぇだろ。その話を知ってるやつ一人ひとりにあいさつ回りでもするつもりかよ」
 そのほうが現実感がない。皆本もそれを分かっているのか、それはそうですけどと口篭ったまま悔しそうに顔をしかめた。
女の噂なんてほっとけば、目を見張るスピードでしかも輪をかけたようなすごいやつが情報網を駆け巡っていくのだ。いまごろは皆本と俺が海の見える綺麗なレストランで指輪を交換し合って来世までの愛を誓い合ったことになっててもおかしくない。
「まあ、人の噂も七十五日っていうじゃん? 七十五日間はがまんするしかねぇだろ。特に害もなさそうな噂だし。てか、まだ噂になってるとも限らないしな。ちょっと飛躍しすぎてて笑い話で終わるだろ」
「賢木さんはそれで大丈夫なんですか?」
 不安そうに口を開いた皆本の言葉の意味を図りかねて首を傾げる。すると、重々しいため息を吐き出し手を組んだ皆本が申し訳なさそうに唇を噛んだ。
「僕なんかと噂になって、困らないんですかっていうことです。いまお付き合いしている方とかと不穏なことになったりとか」
「ああ、別にいまは特定のこと付き合ったりしてないし、気にすんな。別におまえとなら嫌じゃねぇよ」
「嫌とかいいとかそういう問題じゃないですよ」
 事態を重くとらえすぎて眉間に寄った皺を人差し指でぐりぐりとおしてやると、情けなく下がった眉に笑ってしまう。そんな顔しなくてもいいのに。俺のことなんかで気を揉む必要なんてないのに。もうあることないこと言いふらされるのなんていまさらで、それが当然の状態なのだ。悪意しか感じない、嫉妬や恐怖を正当化したような噂の数々を思えば、皆本と仲良くお付き合いしているなんて踊り出したいくらいに陽気な話じゃないか。
「なんならいっそ本当にしてやるか」
 それもそれで愉快だろうなと思いながら軽い気持ちで皆本の肩を抱いて耳元で囁いてやると、驚きに肩が揺れて鳶色の瞳が零れ落ちそうなくらいまん丸になる。そして、地平線に沈んでいく直前の夕日のように顔全体が赤く染まった。想像を裏切らない反応に、楽しくてしょうがなくて、そのまま掠めるようにこめかみに唇を落としてぎゅうぎゅうと抱き締める。返ってきたのは困惑したように俺の名を呼ぶ皆本の声だった。


 誠に遺憾ではあるが、スーザンと愉快な仲間達にこの場を目撃されており、噂は七十五日を越える長期戦にもつれ込むことになった。まあ、いちいち赤くなったり青くなったりしている皆本を見るのはそれはそれで楽しかったりもしたのでよしとすることにする。更に言うと、いっそあのとき噂どおりの関係になっときゃよかったと後悔する日がきたりもするのだから、人生何があるかわからないものだ。本当に。





13・03・23