ソファが軋む音に熱っぽい吐息が混じる。それは自らがこの状況に流されていくのを拒むようでありながら、もっとと更なる刺激を求める情火の火種がともった悩ましさがこめられていた。眼鏡の向こう側の鳶色の瞳は薄く涙のベールが張っていて、ソファの下にいる俺のことを射殺さんばかりの勢いで睨みつけている。だがしかし、いままでの経験上、自分が性的な欲望に飲み込まれていくことを、もっと言うのなら常軌を逸したともいえる男同士の情交から快楽を得ることになんらかの抵抗を覚えているきらいのある皆本の、自己弁護のための演技であるということは分かりきっていた。世間一般と大きく水をあけた賢さと、鉄壁の道徳心を兼ね備えた好青年の鏡である皆本らしいその葛藤に、苛立ちを感じることはない。だって、堪えられないほどに嫌がっているわけじゃない。それは、皆本の表層をなでるようにサイコメトリーをかければ分かる。羞恥と興奮と期待がない交ぜになったそのなかに、嫌悪だとか拒絶というものは一切感じられなかった。それに気をよくしたように、自分の手の中にあった皆本の性器を強くしごきあげる。色濃く染まった先端を押しつぶして、ひくひくと脈動している尿道口を抉ると、ひっと水気の多い喘ぎが漏れ聞こえた。それだけでは刺激を殺しきれなかったのか、革靴を履いたままの足がリノリウムの床を蹴りつける。誰もいないがらんとした室内に響いた音にさえおびえるように、皆本が身を固くしたのが伝わってきた。
外は既に夜。夜半はとうにこえている。皆本の執務室は昼間のにぎわしさをどこかに置き忘れてきたように、つめたい他人の顔をしていた。この棟全体も大多数の部署の電気が落とされているせいで、どことなく薄暗く感じられる。誰も来やしないし、鍵は閉めてあるというのに、普段から慣れ親しんでいる場所で下半身をさらけ出して性器をいじられていることに、どうしようもない恥じらいを覚えているらしい皆本は、唇を噛み締めて声を押し殺している。
まあたしかに、流石の俺といえども、こんな場所でこんなことをしているのが見つかったら首どころか向こう十年の人生を悪魔に売りわたさねぇと無理だろうなという冷静な思考も働いているが、皆本と一緒におちることになるのならそれだって苦ではない。そんな重すぎる独りよがりなセンチメンタルを吐き出すつもりはないが。
「う、うるさい」
「なにもいってねーけど?」
「きみの雰囲気がうるさい」
存在を否定するような暴言に苦笑して、形だけの抵抗をのこして快楽に陥落しそうな皆本を見上げた。顔を紅潮させて俺の視界から逃れるように下膊の表で口元を覆っている。この状況に興奮し、自分が感じていることが恥ずかしくて仕方ないと声を大にしている振る舞い。好きな相手のそんな反応を見れば誰しも興奮するわけで、しかしそれを気取られたくないというプライドもあるわけで、自然と緩む口元に力を入れてそれっぽい表情を作ると、いま透視ただろと不名誉なお叱りをいただいてしまった。
「ばっか、そんなやらしい表情してたら、よまなくたって皆本くんがなに考えてるかわかりますー。たとえばこうしてほしいとか」
焦らすような手淫に濡れた性器の先端に軽く口付けして柔らかな先っぽを歯で擦る。ぶるりと震えた皆本の腰を押さえつけるようにして、今度は深く陰茎を飲み込んだ。もちろん、男のものを好んでしゃぶるような性癖は持ち合わせていないので、するほうよりもされるほう専門だったいままでの経験を実践へと移行しての初心者なのだが、回数をこなしても処女よりも耐性のなさそうな皆本くらいなら赤子の手をひねるようなもんだ。
飲み込みきれなかった竿の部分をわっかにした右手でしごきながら、唾液を口の中にためて敏感な亀頭を口内で愛撫すると、もう声を飲み込むことさえ諦めたような鼻にかかった喘ぎが聞こえた。わずかに揺れる腰に誘発されて、中途半端に外されていたベルトの金具が踊る。下着と一緒に半脱ぎの状態になっていたスラックスを床に落として白い太股に触れると、それにさえも身もだえするように皆本の内股が緊張するのがわかった。
「やめ、」
「きもちよくねーの?」
「そうじゃなくて、こんなの、」
恥ずかしいだろと消え入りそうな声で吐き出した皆本は、目元を赤く染めてベッドの中と同じような表情をみせる。それが男を興奮させるとどうしてわからないのだろうか。同じ性を持つものとして疑問にしか思わない。そのやめては、もっとちょうだいにしかならないことを推して知るべしだ。
「ここはもっとっていってんのに、途中で投げ出したらかわいそうだろ?」
裏筋から雁首を人差し指でなぞり上げると、甘えるような艶やかな吐息が落ちる。それでも、皆本はトイレにいって一人でしてくるからいいと、強情だ。やっぱり職場でというのはハードだっただろうか。だが、この状態でトイレまで行くというのもそれはそれで険しい道のりだし、ここまで出来上がった皆本を放り出すなんて惜しい話でしかない。もういっそ、抵抗できないくらいに追い込んでやれと、躊躇いもなく皆本の性器を口に招くと、欲しくてしかたなかったものを与えられたような甘え声で名前を呼ばれた。それに後押しされるように、舌をからめて竿の血管をなぞり、張り出した雁首の裏をざらついた舌で舐め上げる。とぷりともれた先走りのぬめりを先端に押し広げながら、鈴口を中心に皆本の味がする場所を抉っていくと、息も絶え絶えな弱々しい手のひらが俺の髪をぎゅっと掴んだ。それはもっと欲しいと乞うように、ぎゅうぎゅうと押さえつけてくる。
「さか、きっ。ぼく、だめっ」
抵抗などもう形だけで、もっと俺の口内を味わいたいというように軽く浮いた腰は愉悦を感じている男そのものだ。わざと水音をたてて性器から口を外し、唾液なのか先走りなのかわからないものによって濡れた口角を拭って皆本と視線を合わせると、もじもじと尿意を我慢するかのように股をすりよせ、言葉にならないものを求めるように濡れた赤い舌が唇を舐めていた。
「もっとしてほしい?」
「くっ、わかるだろいわなくても!」
肩を怒らせて、涙で濡れた目ですごまれても、何の迫力もない。恋人同士のコミュニケーションにはやはり自分の気持ちを正直に話し合うということも大切なことだと思うのだが、皆本にはそれを理解してもらえないのがつらい。仕方無しに素直になれるように、唾液に濡れていやらしくぬめっている先端を手のひら全体で押しつぶしてやると、ひうっと裏がえった声をあげて皆本の体が揺れた。
「なあ、してほしい?」
「うううう、くそっ、覚えてろよ」
「ええまあ、貴重な皆本のおねだりなんで頼まれても忘れねぇけど」
「いや、そこはわすれ、あっ」
逸れていくレールを修正するようにぐいぐいと先端部分を責めると、今度こそギブアップの変わりに名前を呼ばれた。その後に続くのは、含羞の色を孕んだ懇願。おねがいと、途切れ途切れの吐息混じりなおねだりは、それでも禁欲的な皆本から吐き出されたのだと思うと、言葉以上に俺を興奮させた。じんわりと腰の奥が熱くなるのを感じながら、その勢いのまま俺から与えられる刺激を心待ちにしている性器へと唇を這わせ、口内の唾液を舌に乗せ強弱をつけてしゃぶる。
「くっ、ああっ」
上目遣いに皆本を見ると、反り返った喉が御しがたい快楽に揺れるように上下し赤く染まる。その乱れ切ったさまに、気持ちよくなっているのかと喉がなる。脈動するそれを喉奥まで飲み込んで口をすぼめて抜き差しすると、口全体に独特の味が広がっていくが、それさえも皆本の快楽の断片なのだと思うと同調したように自分が興奮していった。高揚しだした自分を意識しながら、皆本に見せ付けるように舌で先端の先走りを舐め取って、ぴちゃぴちゃといやらしい音を立てる。もう上辺だけの葛藤を取り払ったように融解した鳶色の瞳は、情欲をあらわにしながら濡れていた。
白衣のポケットに突っ込んだままにしていたワセリン(べつに皆本にこういったことをするために持っていたわけではなく、つややかなうつくしい手を維持するために使用していた健全なる物だ)を取り出して、性感に喘いでいる皆本に知られることのないように蓋をあけ、室温に溶けたそれに指先をひたす。皆本の性器を舐め取りながら竿を刺激し、更に硬度を増したそれを快諾の証として、ワセリンに濡れた指先で会陰をたどるようにしながら俺の唾液で濡れた後口の周辺をひとなですると、皆本が息を呑むのが伝わってきた。だが、もういまさらだ。ここまでこれば、あとは勢いで何とかなると踏んで、ワセリンのぬめりを借りて皆本の体内へ人差し指を押し込んだ。
「おま、ちょっと、やめろよ」
「えー、いいじゃん。突っ込まないから」
「もう指突っ込んでんだろ!」
逃れるように身をよじる皆本の抵抗にソファが揺れる。しかし、それを押さえ込むように俺の手の中にある急所を握りこむと、だらしのない声音が返ってくるだけだ。体内に侵入してくる異物を排出しようとするように締め付けてくる場所を無理矢理こじ開けるかのごとく指を忍ばせて、温かな体内を蹂躙しながら指を馴染ませていく。愉悦のみに浸っていた皆本の表情は一転して、息苦しさを感じさせるように眉根を寄せるものへと変化していたが、口内で陰茎を愛撫しながら苦痛と分かりやすい性感を紛らわせて、そのまま僅かに緩み始めた後口に二本目の指を押し込んだ。性器ではない場所に男を受け入れることを知った体は、徐々に征服されることを望むように俺の指をくわえ込んでいく。ときおりワセリンを足しながらしわを伸ばすように穴を広げると、苦痛よりもあまやかな悲鳴が鼓膜を揺らした。
口で愛撫されていただけのときよりも硬くなった性器を更に追い込むように、三本目の指が馴染んだ排泄口をぐちぐちゃと音を立てながら抜き差ししていく。奥を擦られるよりも指が抜けるのが気持ちいのか、そのたびに入り口あたりがぎゅうっと俺の指を締め付け、ちがうものをねだるようだった。ただそれだけのことで唾液を嚥下してしまう。もちろん、いちおう挿入はしないと約束したし、ゴムを用意していないので相手を大切にするセックスマナーとして何とか堪えるんだと自分に言い聞かせて、皆本を気持ちよくさせることだけに意識を集中していく。
男としては屈辱的な行為を強要しているのかもしれないが、こうやって皆本の体の中を押し開いていくときに口舌しがたい高ぶりと征服欲を感じた。こいつは女を抱くのとはちがう方法で性欲を満たすことが出来る。性器を刺激されるよりも後口を刺激されることで、強い快感を得るように作り変えてやったのはこの俺だ。ならいっそこのまま、女なんて抱けなくなっちまえばいいのにと、ほの暗い独占欲をぶつけるように皆本の感じている顔を見据えると、交差した視線は熱にうかされて頼りない。だのに、俺を映した瞬間に、わずかに口元に笑みが浮かんだのが分かった。それは、甘えを含んだチルドレンたちにはみせることのないとろけきったもので、貪欲なまでにこの男を渇望する俺に一時の充足を与えてくれる。
その途端胸に広がったいとしさに、もっと気持ちよくしてやりたいと思いながら、陰茎の裏を刺激するようにかぎ状にした指を押し上げると、一際強く頭を押さえつけられて無理矢理皆本の性器を奥まで飲み込ませられることになる。口の中に大きなものが入っているせいで、息が苦しくて涙がこぼれそうになるが、それを堪えて皆本の気持ちよくなれる場所をぐりぐりと押し上げると靴の爪先が床を蹴り上げてもがいた。
「そこ、やめっ。きもちい、ふぁっ」
抜き差しする指をはやめて、口をすぼめて性器全体を刺激する。皆本がぎゅっと下半身に力をいれて声にならない喘ぎを漏らした。絶頂を迎える直前のそれに追い討ちを駆けるように体内を擦りあげて、先端を吸い上げると、どろりとしたものが口内へと吐き出された。もちろん、お世辞にもおいしいなんていえないが、皆本の精液だと思えばなんとか堪えられる。唾液とからめるようにして飲み込むと、全力疾走のあとのようにだらりとソファにもたれかかっていた皆本が、射精後の気だるさをうち捨てるように、体を起こして俺の肩を掴んだ。
「まさか、飲んだのか!?」
まんまるく見開かれた瞳は、信じられないものを見たかのように驚愕の色が浮かんでいる。こっちとしては、そこまで嫌悪感のともなわない行為だったのでそこまで抗議されることに驚きを隠しきれない。
「だって、おまえが口に出すから、そういうのかなって思うじゃん?」
「思うかばか! 吐き出せよ!」
「えー、女の子に飲んでもらえると嬉しくね? 愛されてるみたいで」
「そんなん知るか! 僕は君ほどただれた性生活を送ってないんだ!」
「でも、もう飲んじまったし」
口の中に広がる名状しがたい味に顔をしかめると、目元を真っ赤にした皆本に頭を殴られてしまった。さっきから髪を引っ張ったり押さえつけたり酷い扱いを受けているような気がするのだが、それを口にしたらもっと酷いことになりそうなので我慢しておく。
「そんなこといったら、おまえはケツに突っ込まれて抵抗しないんだから、お互い様だろ」
「ばっ! だからそういうことを口に!」
いままでの痴態を局所的記憶喪失のような潔さで忘却しきったような皆本は、俺の胸元を掴むと遠慮なしで体をがくがくとシャッフルしてくる。ちょっと皆本の精液を吐き出しそうになるからやめてもらいたい。俺のを飲んでた女の子達の健気さみたいなのを遅ばせながら痛感してしまった。
「み、みなもと、ギブ、ギブ」
「おまえはもっと恥じらいを持て! いいか、こんどそういうことを口にしたら、もう一生やらせないからな!」
鬼気迫る表情の皆本に勢いよく頭を縦に振ると、ようやく許されたのか解放されて床に放り出される。いつまでも下半身むき出してすごまれても、なんだか間抜けだ。本人にもその自覚があったのか下着とスラックスを引き上げ、べたついた下半身に不愉快そうに苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ティッシュ使うか?」
「すまん」
手近なところに合ったボックスティッシュをわたしてやると、仏頂面のままに唾液だとかワセリンだとかで濡れた下半身を拭い始めた。射精後のあの虚脱感の中ではなかなかの苦行だろうなと苦笑してしまう。だが、まだ熱を持ったままの下肢を持て余している俺としては、皆本の後始末する姿でさえも魅力的に見えてしまうのだから、始末におえない。視線を逸らすようにして皆本の隣にどかりと座り込むと、黙々と作業していたはずの皆本が小さく俺の名前を呼んだ。
「あー、なんだ。そのな」
「なに、やっぱりいれさせてくれるんの?」
「するかあほ。一人でトイレでやってこい! そうじゃなくて、」
「んー?」
やっぱりこんな関係なんておかしいなんていわれたら流石に泣きたくなるなと、一人胸の中で吐き出して俺もティッシュ片手に口元と指先をふいていく。すると、ぐいっと腕を引かれて強制的に皆本と向き合うことになった。突然のことに何事かと首を傾げるが、力強さを裏切るようにさ迷う皆本の視線は、何かを探すようにソファの上を一巡したあと真っ直ぐに俺を射抜いた。俺を映す鳶色の瞳は、いつだって淀むことなく高潔だ。ただただ、いとおしいと思うのに、それをこんな歪んだ方法でしか表現できない己に矮小ささえ感じてしまう。そして、いつまでこうして向かい合っていられるのだろうとも。このときが、絶対ではないと分かりきっているからこそ。だが、そんな俺の弱さを打ち砕くように皆本がもう一度だけ俺の名前を呼んだ。真のある優しい声音で。
「つっこませる云々ってのは、す、すきだからしてるんだからな。おまえじゃなかったら、あんなことさせない!」
わかってるのかと、弱々しく吐き出した皆本に、へっと間の抜けたいらえしか返せなかった。一拍遅れて返ってくるのは、泣きたいのか笑いたいのかもよくわからないひどくおさなっぽい情動だった。顔が赤くて、口元がかなり崩壊しているような気がしているが、俺の胸の中はそれどころじゃない。むずがゆいぐらいにこいつのことがいとおしくて嬉しくて、泣きたいのに笑いたくて、たまらなくなって皆本を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。
「おい、まだ後始末が」
「しるかくそっ! すきだ皆本」
「知ってるよ、それくらい」
ほんと、おまえはどうしようもないんだからと、呆れを滲ませたような声音が首筋をなでた。でもそれは、いとしの悪戯っ子を迎え入れるようにやさしくて、喉の奥が苦しくて頭がジンとした。おずおずと背中に回された腕が、俺の告白に答えるようにやわらかく背骨をなでていく。
「やっぱりここでやっちゃだめ?」
「だから、無理だって言ってんだろ!」
突き放すように胸を押し返されて、ずれた眼鏡の向こうから絶対零度の視線が俺を見下していた。自分ばっかりすっきりしてずるいんだよと拗ねて見せると、こんどはボックスティッシュを顔面に投げつけられる。隣に恋人がいるのに、どうして右手のお世話にならねばならぬのか、世の中はとかくままならぬとため息をついて、自分を落ち着けるために難解な公式や症例をそらんじてみせた。
13・03・13