「やっぱり無理矢理すぎた?」
 際限なくつづく堂々巡りの思考を打ち切るように、ジュードの声がした。それは、ごつごつとした岩肌に反響して消えていく。

鼻をくすぐる土と魔物の匂いに、こんな場所で油断するのは元傭兵としてどうなんだと自らを戒めた。
「違う。宿の鍵をフロントに預けたのか不安になってきただけ」
「え、本当? 心配なら一回戻ろうか」
 気を遣うような顔をしていたジュードは、一転して眉をひそめて背後をうかがった。

そんなに遠くまではきてないはずだから、戻るなら今だよねなんて真面目な顔をして呟いている。こいつはたぶん、頭のよすぎる馬鹿だ。

冗談が通じない。
「嘘。冗談。もしも本当だったとしても、ここまできて戻るほうが時間の無駄だろ」
 ここまで、というのはトリグラフの傍にある炭鉱のことだった。

ジュードがわざわざエレンピオスまで来たのは、遊びにではなく研究に必要な鉱石を得るためだった。

彼自身が動かなくても、それを手に入れることはできるのだが、エレンピオスとリーゼ・マクシアを行き来する買い付け業者を通すので

時間がかかってしまい、終いには馬鹿高い手数料を吹っかけられそうになったので、もう自分で取りに行くのでいいですと、

わざわざイル・ファンから来たそうだ。研究熱心なことで恐れ入る。

しかし、熱心なのはいいが、誰も連れを見つけることが出来ずに、一人で捨てられた炭鉱にもぐるつもりだったらしい。

昨日の夕食時にその話をしていたとき、ジュードのほうからついてこないかと提案してきたのだ。
「なにそれ。心配したのに」
 頬を膨らませたジュードは、源霊匣研究者として第一線に立っているとは思えないくらいにおさなっぽい。

しかし、彼の琥珀の瞳には怒りの色はなくて、俺も肩をすくめてそのテンションに見合うような言葉を選ぶ。
「それはどーも。だいたい、嫌ならついてこないね。だーいすきなジュードくんのために誠心誠意無料ご奉仕させていただくさ」
「あんまり誠意がこもってないね。無料のところに棘を感じる」
 笑いを含んだジュードの声色こそ、誠意を求めているようには思えない。だが、このまま俺の無料奉仕の心を否定されるのも癪なので、

隣にあったジュードの肩を抱いて、カンテラのぶら下げてある壁面へと押し付けた。

薄闇よりも濃い色をしたジュードの黒髪が僅かに乱れ、ヘーゼルの瞳が瞠目する。
「ジュード、すきだ」
 覆いかぶさるように距離をつめて、まだ幼さを残した丸い輪郭を指でなぞる。露出した首元を撫ぜるように、低めの声で囁いた。

びくりと肩が揺れたのがわかる。その反応に自然と口元が緩んだ。
「アルヴィン」
 名前を呼ばれた。それに反応するようになんだよと返すと、疲れたようなため息と共にジュードが俺の肩に額を乗せた。
「僕が言った誠意は、残念ながらそこには係ってなかったんだけど」
 顔を上げたジュードは距離をとるように俺の肩を掴んで押し返し、出来の悪い生徒を見るような目で俺を映した。

呆れましたといわんばかりのその表情。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、この反応は酷い。

でも、それと同時に安心する。この状態ならば、極普通のちょっとふざけた会話だ。
「なんだよ。顔を真っ赤にして照れちゃうジュードくんはもういなくなっちまったのか。お兄さんは悲しいよ」
「ごめん。そういうことした記憶が僕にはないんだけど」
「あれは、二年前の夏のことだっただろ」
「その二年前の夏とやらの記憶も僕には心当たりがないんだけどおかしいかな。それってどちらのジュードさん? 人違いじゃない?」
「冗談だ。わかれよ」
「アルヴィンの冗談って、本当にどうしようもないのが多いよね」
 くすりと笑みを見せたジュードに、どうしようもないと辛らつなことを言う割には、楽しそうにしているじゃないかと肩をすくめた。

だが、一方的ではあるけれどもある種の緊張感を伴った手探りの言葉のキャッチボールは、

奥から聞こえた魔物の咆哮によって中断されることになる。
「せっかくいいところだったのに邪魔が入っちまったな」
 腰に挿していた銃を抜き、既に手に馴染んでいる大剣の柄を握り締める。ジュードは気合を入れるようにナックルを嵌め直して、小さく息を吐いた。
「もうその冗談から離れてよ」
 言葉は俺に向けられているのに、その視線は、俺を飛び越えて真っ暗な炭鉱の奥へと向けられていた。

望んだわけでもないのに、応えるように俺たちに向かってくる黒い影。獲物を見つけた三体の魔物は、勢いを殺すことなく俺たちを捕捉する。
「行くよ!」
「はいはい。じゃあ、エスコートよろしく!」
 応戦するために、ジュードから求められるままに共鳴して走り出した。こんなにも自然に共鳴するのかと、ジュードの方をうかがったときには、

すでに隣にその姿はなかった。
俺よりも一瞬早く駆け出したジュードは、一気に魔物との距離をつめて拳を叩き込む。

一撃目で怯んだ敵を捉え、反撃を許さぬ勢いで連続して攻撃を繰り出していく。