正気に戻れ俺!大丈夫だ、まだ間に合う。
こういうときはどうすればいいんだっけ、素数を数えるの?
それともこのまま少し黄ばんで汚れている宿屋の壁に頭をぶつけ続ければいいの?
ゴツンゴツンと壁に頭をぶつける度に、痛みで正気を取り戻せているような気がしないでもない。

でも、いつまでもこうしていると痛いから、誰か他の効率のよい解決方法を教えてくれ。
あー、油断すると脳裏にさっきの光景が蘇っちまうよ、誰か助けてくれ。

ていうか青年、男の割りに白すぎないか? あと、なんであんなに綺麗な体してんの?
あれだよね、騎士団にいて用心棒もしてたんだよね?その割には傷とかまったくなかったんですけど。
しかも筋肉のつきたかとかが控えめで、細身なのがまた、うわー駄目だこれ以上考えるな、

邪念をいだきそうになった俺を助けてちょーだい!宿屋の壁!!
 
はあはあ、少し落ち着いてきた。くそ、みんながいるからって油断してた。

あのどっきりみたいな告白のあと、何にもなかったみたいにユーリが振舞ってたから、

もしかしたらあれは俺の勘違いだったのかなとか一時の気の迷いだったのかなとか思ったのに、そう考えてた俺の読みが甘かったんだな。
まさか、夜中の宿屋の大浴場で襲われそうになるとか誰が予想するよ!だって男湯と女湯にわかれてんのよ!?
なぜ、同性しかいないのに、俺は貞操の危機に陥りかけたんだ。

直前まで普通に話してたんだよ。いったいどこでスイッチが入っちまったんだ、誰か教えてくれ。

いや、うん、まあ、原因は分かってるんだけど。好きとかおっさんとしたいとかって言われたもんな。

だから、何を間違ったかああいう展開になったんだよなたぶん。

あんたはオレのこと嫌いなわけ、とか言われて迫られたときには確かにちょっとぐらっときた。いやうん本当にほんのちょっとだよ。
だって風呂上りの青年ったら肌とか上気してて、なんか目も潤んでた気がするし、やっぱり綺麗なんだよユーリは。

着てたのは宿から支給されてる淡い色の寝巻きで、俺の上にのしかかってきたときにたぼついた胸元から覗き見た肌は、

自分と同じ性をもったもののはずだったのに、妙に生々しかった。
そう思った自分にも、急に迫られたことにもびっくりしすぎて、脱ぎかけだった服もそのままにユーリを突き飛ばして逃げてきちまった。

下まで抜いでたら、露出狂騒ぎになるとこだったよ。
酷いことしたかな。好きなやつに突き飛ばされて逃げられたらショック受けるよな。

でも、男なんだよ、男!
俺にだって心の準備ってものが必要じゃないか。急に迫られたらびっくりもするってもんだよ。

予告して迫られても、逃げたと思うけど。本当にどうしたらいいんだ。好きとか嫌いとか、そんなの好きに決まってるだろ!
だってユーリだし、大切な仲間だと思ってるよ。でもユーリが俺に求めてるのはそういうのじゃないんだ。
じゃあどうすればいいんだよ。キスまでは何とか譲歩するから、だからそれで我慢とかしてくれないかな。
いやでも、それじゃあ俺が最悪な男だ。刺されてもおかしくないよな。
いや、大体が告白されれば逃げるし、迫られれば逃げる。常に逃げてばかりの俺様って最悪じゃね?
そういえば俺ってなんでユーリに明確な拒否を伝えないんだ。それが、この状況を打破するための近道じゃないか。
あれ、あー駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ、これ以上何も考えるな。

何か気づいてはいけないことに気づいてしまう気がする。ユーリは男で、仲間で、いくら綺麗で白くて髪が長くても、

俺より十センチも身長が高い男なんだ! 胸だって平たいんだぞ!
 
もうなんなの、誰か助けてちょうだいよ!宿屋の壁でもいいから、本当に!




制作 09・3・29
掲載 09・6・24