カロルの小さな手がちゃぷんちゃぷんと水面を叩くたびに、乳白色のにごり湯が小さな波紋を描いていく。

波紋ができるのも楽しいが、水面を叩いた瞬間に液体が球状になり、それが崩れて水面へと戻っていくのも楽しい。

この単調な遊びはカロルの子供心をいたく刺激したらしく、何度も同じことを繰り返していた。
「カロルくん、楽しそうなのはいいんだけど、ちゃんと肩までつからないと風邪ひいちゃうよ」
「うわ、吃驚した」
そばでお湯に使っていたレイヴンは、カロルの肩にお湯をかけてもう少し温まるように促す。

自分の目の前のことに集中していたカロルは、急にお湯をかけられて肩を揺らした。
「遊んでばっかりいないで、ちゃんと百まで数えてから出ろよ」
それを少しはなれたところで見ていたユーリも、近寄ってきて便乗する。

が、二人がカロルに言っていることは、まるで幼い子どもに言い聞かせるようなことばかりに思えて、

カロルの中で不満というよりは呆れに近い気持ちが募っていく。
「百まで数えなくても十分あったまったみたいだから、ボク先に上がるね」
小さくため息をつきながらお湯から出ると、冷たい風が肌を撫でた。

あったかいお湯が一瞬にして恋しくなるが、いつまでもつかっているわけにもいかないので、誘惑を断ち切って脱衣所へと繋がるドアへと向かう。
「湯冷めしないように、ちゃんと体ふけよ」
「そうそう、特に頭はしっかり乾かさなきゃ駄目だからね!」
そんなカロルの背中に投げかけられたのは、先ほどからまったく進歩のみられないユーリとレイヴンの言葉。

ああ、もうボクは二人の子どもじゃないんだからね!と心の中で叫ぶかわりに、二人とものぼせないように気をつけてねと、

言い残して誰もいない脱衣所へと戻っていった。
 


「なんか、レイヴンもユーリも、ボクに対して甲斐甲斐し過ぎる気がするんだけど」
二人の言いつけ通りにしっかりと体を拭いて髪を乾かして出てきたカロルが、大分早くにあがってきた女性陣と一緒に、

ユーリとレイヴンを待ちながら話していたときに、ポツリと呟いた。

他愛無い雑談で盛り上がっていたエステルとリタとジュディスは、顔を見合わせると何かを思い出すように宙を睨む。
「たしかに、寝るまえにいちいち歯磨いたかとか聞くわよね」
「おじさまも、カロルのこと気にしているみたいだし」
リタとジュディスはそれぞれに思い当たるところがあるのか、少しの逡巡のあとに確認するように言った。

それを聞いたカロルはそれだけじゃないよと言って、温泉でのことや宿屋での二人のことを心の中で思い浮かべた。

たしかに、ユーリは突き放したふうを装いながらも世話焼きなところがあるが、カロルに対してはそれが顕著なように思えた。

レイヴンだって、ふざけたみたいにしてみせる気遣いが幾分か自分に対しては甘い気がする。
「でも、ユーリはお母さんみたいなところがありますから」
「エステル、それって褒めてないよ」
二十一歳の青年に対してお母さんというのは、間違っても褒め言葉じゃないとカロルは疲れたようにため息をついた。

自分が伝えたかったことは、まったくもってエステルたちに伝わっていないらしい。それどころか、暇つぶしの雑談のネタにされている。
修正がきかなさそうな脱線をみせている会話を遮断するかのように、がらりと男湯のドアが開いて、湯上りのレイヴンとユーリが顔をのぞかせた。
「ほら、主役の登場よ」
「主役ってなーに、もしかして俺様が格好いいって話でもしてたの?」
リタはレイヴンの的外れな発言を無言で一蹴し、顔を見合わせている二人を見比べてカロルへと視線を向けた。

その行動に首をかしげている渦中の二人に、ジュディスは小さく笑い声を上げる。
「あなたたちが、カロルのお父さんとお母さんみたいだって話してたのよ」
「はあ?」
湯上りで髪を結い上げていたユーリはわけが分からないという顔をしながら、その場にいた全員を見回した。

ユーリにとって答えをくれる筈だったジュディスの言葉は、さらにこの場を混ぜっ返すものでしかなかったのだ。
最初は二人がカロルに甲斐甲斐しすぎるという話だったのに、いつの間にか二人が両親のようだと主題がすり替わっていることを誰も訂正しようとしない。

それどころか、何かを待つように黙りこくっている。
「ちょっとまってよ、俺様の歳でカロルくんくらいおっきい子どもがいるわけないでしょ!」
だが、与えられたのは誰かが望む答えではなくて、さらに主題からずれたレイヴンの主張だった。
「おっさん、それ突っ込むところが違うから。だいたい年齢的にはおかしくないだろ」
ユーリは素早くレイヴンとカロルの年齢から計算をして言い返した。
「ユーリあんたも突っ込むところ間違ってるから。だけど、年齢的な話は、逆算すると二十三歳のときの子どもになるから、むしろ適齢なんじゃないの」
腕を組んだ天才魔導師は、どっちかっていうとその歳になって恋人のひとりもいない方が問題なんじゃない、と追い討ちをかける。
「そうね、ちょうどいいくらいだわ。ただ、ユーリが九歳のときになるから、犯罪じゃないかしら」
「レイヴン、犯罪はよくないです」
ジュディスはユーリを気遣うような素振りを見せ、エステルはエステルで、どこまで本気なのか分からないような目をして、レイヴンに詰め寄った。

渦中の二人を目の前にして、暴走し続ける女性陣を止めることはできずに、話だけが一人歩きしたかのように大きくなっていく。
「え、俺が悪いの?犯罪って何?いま俺のあずかり知らぬところで、なにか悪行を行ったことになってるんだけど」
犯してもいない過去の罪をたしなめられたレイヴンは困惑したように、被害者とされているユーリに助けを求めたが、

当のユーリはレイヴンに対して首を傾げただけで、逸れすぎた話題を正常な方向へと修正することはできなかった。
「いや、オレもどこから突っ込めばいいのか。だいたいおっさんとオレの間に子どもができたら奇跡以外の何物でもないだろ。

そして、そんな一生の傷になりそうな気持ち悪いこと考えさせないでくれ」
「青年、それはそれで酷いから。俺のやわなハートが傷つきそうだから」
「ねえみんな、ボクの言いたいことはそういうことじゃないんだけど」
カロルの思惑とはまったく違う方向へと進んでいく議論に疲れたように呟いたが、誰もその言葉を拾うことなく無関係な方へとヒートアップしていく。
少し離れた場所で昼寝をしていたらラピードは人間たちの団欒を見ながら、小さく欠伸をした。














リクエストありがとうございました!
レイユリ+カロルで、カロルが「あぁもう!!僕は二人の子供じゃないんだからね!!」というお題です。
満たせているかは別として、書いていて楽しかったです。



09・3・19