二人しかいない静かな部屋の中、はぁはぁという荒い息とベッドのきしむ音だけが世界を支配していた。

この行為に意味はあるのかと問われたところで、ユーリにはそれ相応の答えを用意することはできない。

よくて歪な性欲処理。間違っても生殖行為ではない。

なぜならばお互いの男で、まさに性欲の無駄遣いでしかない。


そして、甘く穏やかな空気の中で気持ちをつなげたわけでもないから、愛し合う行為とも違う。

ではなんなのか。いくら探してみてもやはり、ユーリのなかに明確な答えはなかった。


ならば、自分を抱く男の中にはその答えがあるのかと、翡翠色の瞳をみたが、そこに浮かんでいたのは、色濃い欲情だけだった。

落胆はない。

ユーリとレイヴン、互いにとってそれだけのものだろうと思えたから。


「ユーリ、いれてもいい?」

耳元でささやかれた言葉に、ユーリは小さく頷き、レイヴンを受け入れやすいようにと、仰向けの状態から体を起こして四つん這いになろうとした。

だが、そのままでいいからと止められる。


普段とは違う体位に戸惑いを示すと、レイヴンの手が白い胸元をなでた。

「いや?」

「いやじゃないけど、いいのか?」

後ろからなら、長い髪のおかげで女を抱いているような気分になれる。でもこのままならユーリは男としてのユーリでしかなかった。

「ユーリの負担にならないなら、このままがいい」

性欲処理というのなら、せめて疑似的にでも男女でのセックスを味わえた方がいいんじゃないかというユーリの気遣いは、不必要なものだったらしい。

ユーリは返事の代わりにレイヴンの首に腕を回す。

レイヴンは合図のようにユーリの名前を呼ぶと、彼の足を持ち上げ、本来の役割とは違う働きをしいられる肛門に自分の性器を押し当てた。

さんざんならしたといっても、無理をしいているのはわかっているから、せめて傷つけないようにと、ゆっくりと腰を進めていく。


「はぁっ」

体の中に入ってくる異物にユーリは息を詰め、眉をひそめた。だけど、息苦しさの中にも、腰の奥が痺れるような感覚がユーリを襲う。

この感覚だけを追っていけば、自分が気持ちいいと感じられることも、射精にまでは至らなくてもそれとは違った快楽を得られることも知っていた。

ユーリは自分が気持ちよくなれるようにと、快楽への鱗片に意識を集中していく。


「ユー、リ。そろそろ、大丈夫?」

「ああ」

肯定の言葉にレイヴンがゆっくりと腰を引くと、ユーリの中を甘い痺れが支配する。

どんどんと感覚が研ぎ澄まされていき、形のないゆるやかな快楽は大きな波になっていく。その変化に、ユーリは身を震わせた。


「きもちい、かも」

うわごとのように呟くと、レイヴンは答えの代わりにユーリの目をのぞき込んで小さく笑った。

いままで顔を見られるような体位で体を繋げたことがなかったこともあって、自分が悦楽へ身をゆだねていく課程を見られているのだと、

強く意識してしまう。普段とは違う責められ方に、恥ずかしいような、神経が高ぶるような、不思議な感覚がユーリを襲った。


「はっ、レイヴン、あんま、みる、な」

「なんで」

「うっさいっ、へ、んたい」

気持ちいい、だけれども決定的な快楽ではない。もどかしさに耐えきれずユーリがかたくなり先走りをたらした性器に手をのばすと、

寸前のところでレイヴンの手のひらに止められ、そのまま手を握り込まれる。


レイヴンから与えられる刺激だけでは射精までいたれないユーリは、非難するようにレイヴンの名前を呼んだ。

その間にも体内をこすられて気持ちがいいのに、解放へと向かえない辛さが募っていく。

レイヴンの腹でユーリの性器が刺激され、そのもどかしさに拍車をかけた。


「もうちょっと、あと少しだけ俺で気持ちよくなって」

「くぅ」

思うようにならない両手に、ユーリは迫ってくる限界を唇を噛んでやりすごしながら、同時に漏れてくる喘ぎを押し殺した。

レイヴンもユーリと同じように息を詰め、腰を打ち付けるスピードをあげていく。眉をしかめた表情からは、確かな快楽を見て取れた。

「そんなに強く噛んだら、血が出るでしょ」

レイヴンはユーリの唇に指先を這わすと、これ噛んでといって、口の中に人差し指と中指を押し込む。

「レイヴン」

強請るように自分を抱く男の名前を呼ぶと、口の中から指が引き抜かれ、変わりにレイヴンの唇が唾液に濡れたユーリの唇に触れた。

これは、キスだ。

ぼんやりとした頭で考えているうちにだんだんと深いものになっていき、レイヴンの舌がユーリの口内へと進入していく。

ユーリはそれに答えるようにレイヴンの舌に自分のものを絡めた。



どんどんと曖昧になっていく境界に、名付けることさえ面倒になっていく。

いったい、これが何なのか、ユーリにはわからない。わかったとしてもそこに何の意味があるのだろうか。

だけど、二つの仮面を使い分けながら、求めることを諦めた空虚な男が、いまこの瞬間だけは強くたった一つを求めている。


ただそれだけで、ユーリは快楽を越えた満足感を得られるような気がした。







09・2・14