季節なんていうものは知らないうちに巡っていく。帝都から逃げ出したときには、まだ春も盛りの穏やかな時期だったのに、
いつの間にか日の入りは遅くなり、茜色の夕焼けがいつまでも空を照らすようになった。
すごしやすかったはずの春の風も、気づけばべたつくような湿気と暑い夏の風へと変化していった。

それに加えて、このダングレスト付近では雨や曇り空が多いせいか、乾いたというよりもまとわりつくような暑さが、不快感をさらにあおった。
腰まであった髪を切ったことですこしは過ごしやすくなるかと思っていたのだが、髪が中途半端に伸びたせいで首にかかりうっとうしい。
でも十分な長さがないためまとめて結うことができず、余計に暑苦しく感じてしまう。
やっと髪の短い自分というのにもなれてきたわけだが、どうせならもっと短くすることも視野に入れて考えたほうがいいのかもしれない。
まあ、なんだかんだ言ってレイヴンにとめられそうだけどな。

そのレイヴンと待ち合わせをしているのに、あたりを見回してみてもそれらしい陰は見当たらない。
時間指定をしたのは向こうのほうなのに、どうやら遅れてくるつもりのようだ。夕暮れどき、晩御飯前の露天はなかなかの賑わいを見せている。
食料品を売っている店や、魚をたたき売りしている声に女性客が引き寄せられていくところを見ると、夕飯用の買い物客が多いのだろう。
その中に紛れて、カロル先生よりも少し年上くらいの子供が腕いっぱいに花かごを抱えて、込み合う露天付近で花売りに精をだしていた。
ザーフィアスの下町でも、市民街で花売りをして生計を立てているやつがいたが、ダングレストで見かけたのは初めてだった。
花売りといえば春のイメージが強いのは、オレが花に詳しくないせいなのか、それとも貧相な想像力のせいなのか。
でも、オレの予想とは反して、花かごの中には色とりどりの花が処ところせましと押し込められていた。
夕食の買い物のついでに花を買っていく客や、これから夜に備えて花束を用意する客など、それなりに売れているようだ。

待ち人がくるまでの暇つぶしで観察しているつもりだったのに、ふと客が途切れた瞬間に目があった。
すぐに視線をそらすのも変なので笑って手を振ってみると、客と勘違いされたらしく花売りが小走りに近づいてくる。

「お兄さん、どんな花をごしょもうで?」
少し離れた場所で観察していたときにはわからなかったが、近くで声を聞くと花売りの少女であるらしい。
そう思ってみれば、後ろで一まとめにされた栗色の髪の毛や、にこやかな笑顔、そして少しだけ汚れてしまっているワンピースも彼女に似合っていて、
なかなかかわいらしい。髪を結っている大輪の花の髪留めは、彼女なりのおしゃれなのだろう。
いったい何という名の花だろうと思ったが、花かごの中には同じような花は見当たらなかった。

「もしも恋人と待ち合わせなら、花束だって作りますよ」
「悪いが、そんな胸躍るような相手と待ち合わせじゃねぇんだ」
「そうなの?ずっと待ち遠しそうにしてるから、勘違いしちゃった」
待ち遠しいかといわれれば、確かにそうだ。でも、恋人に焦がれるようなものとは違うはずだ。
どちらかといえば、今日のダングレストの近辺はなぜか帝国兵の姿を見ることが多いから、はやく次の街に移動するか、
身を隠したいという思いがあって、待ち遠しいへと繋がっていくわけだ。
まあ、そうじゃなかったとしても、十四歳も年上のおっさん相手に、花束持っていっても気持ち悪いだけだろ。

「なんの色気もない旅の連れとの待ち合わせだ。でも、勘違いさせちまったお詫びに、なにか一輪もらっていこうかな」
「お兄さんは運がいい。ちょうど今は盛りだからね、いろんな花を用意してるんだ。ほら、好きなのを選んで」
差し出された花かごの中には、確かに胸をはれるくらいの種類があった。
たぶん、これ以外の種類のものを望めば、少し離れた場所にある露天へと案内してくれるのだろう。
あまり目を引くものも荷物になりそうなものもいやなので、花かごの一番隅で小さく色づいている黄色い花を指差すと、
花売りの少女は少しだけ驚いたようにしてかごから取り出し、簡単にラッピングまでしてくれた。
花束にするつもりはなかったのに、これじゃあ小さなブーケみたいじゃねぇか。

「もっと目を引くのを選ぶかと思ったんだけど、旅の途中だと思えばヘンルーダくらいがいいのかもしれないね。
ラッピングはサービスしといてあげるから」

提示された金額を手渡すと、ありがとうございましたという声と笑顔とともに小さな花束を渡される。
花かごに入っているときにはわからなかったけど、単体になってみるとなかなかに強い香りがした。

「これ、ヘンルーダっていう花なのか」
「うん。夏咲きの花で、観賞用っていうよりはハーブとか薬用として使用される方が多いらしいから、旅のお兄さんにはちょうどいいかも。
葉っぱを揉んでその汁をつけるか、お酒に浸して薬酒を塗布すると、筋肉痛とか打ち身に効くらしいから、良かったら試してみてね」

「わかった、覚えとくよ。じゃあ、そろそろオレの待ち人がきたみたいだから。相手してくれてありがとな」
「こっちこそ、お買い上げありがとうございました。いつもこの辺で商売してるから、気が向いたらまた買いにきてね」
「ああ」
花売りの少女は手を振って、最初に商売をしていた場所へと戻っていった。
それと入れ替わりに、見慣れた紫色の羽織を着たレイヴンが足早に近づいてきた。
どんだけ待たせるんだよと文句のひとつでも言ってやろうと思ったのに、それを許さない力強さで引き寄せられ、抱きしめられる。
急なことに驚いていると、レイヴンの肩越しに、オレよりも驚いたように目を見張っている花売りの少女がいた。
彼女の驚きの色はすぐに消え、やっぱり花束にしといてよかったねなんていう声が聞こえてきた。
おっさんのせいで、いたいけな少女に勘違いされちまったじゃねぇか。

「あんた、いつから街中で抱きついてくるような変態になったんだ」
「これには深い事情があるんだから、変態とか言わないでこのまま聞いてちょうだい。俺様の後ろ、雑貨を売ってる露天あたりに、
軽装の帝国兵がいるの見える?」

レイヴンに言われ肩越しに露天を見やると、たしかに二人組みの帝国兵がこちらをちらちらと気にしながら、目的もなく露天を冷やかしていた。
あきらかに商品よりも俺たちのほうを気にしていて、尾行をしていることがバレバレだ。

「あの、こっちのこと気にしすぎなやつらのことか」
「そうそう、その二人」
レイヴンは俺が二人を確認し終えると、抱きしめていた腕を解いて久しぶりに会えて嬉しいわ、二年ぶりくらいじゃないとかいう、
白々しいことを言いだした。それをわざわざ二年ぶりとか阿呆か、二時間ぶりくらいだろと訂正してみせるほど馬鹿ではないので、
適当に話をあわせながら先導されるままに路地裏へと入っていく。
当たり前のように、後ろの二人も距離をとりながらついてくるのがわかった。

「青年がいるのはばれてないと思う。なんか、俺様を捕まえて居場所を吐かせようとしてるみたいなの」
「まじかよ、オレばれてないのか。髪切っただけなのに、気づかないと節穴過ぎるだろ」
「勘弁してあげて。おっさんが言うのもなんだけど、髪切ったせいで雰囲気変わってるから」
「はいはい。で、人通りの少ないほうへ行ってどうするんだよ」
「いやね、このまま人ごみに紛れて逃げるのもいいかと思ったんだけど、なんかこのあたりで辻斬りがあったらしくて、
帝国兵が結構派遣されてきてるみたいなんだわ。本隊を呼ばれると面倒だし、もう宿屋とユニオンの方は見張られているみたいだから、
街の外に逃げるしかないのよね。ギルド勢力の強いダングレストのことだからって、おっさん油断しちゃった」

後ろを振り返ると不自然になってしまうので、はるか後方にある宿屋の周辺を見ることはできないが、
たぶんあいつらと同じような非番の帝国兵か誰かが見張りに駆りだされているのだろう。なかなかに追い詰められた状況だ。
それに追い討ちをかけるように頬を雨がぬらした。今までは綺麗な夕焼け色の空だったのに、一気にバケツをひっくり返したような雨が降ってくる。

「というわけで、おっさんがおとりになって兵士をまくから、その間にユーリが逃げてくれ。落ち合う場所はカルボクラムでいいかな」
「ちょっと待てよ、逃げるなら二手に分かれる必要ないだろ」
「駄目だ、俺と一緒に逃げたらユーリだって気づかれる可能性があるし、今のうちに尾行をまいとかないと面倒なことになる。
それにかく乱役なら、お前さんよりも街中に詳しい俺が行くべきだろ。この道をまっすぐ行けばカルボクラム方面に繋がる街の出口に出る。
とりあえず、幸運を祈る!」

おっさんは反論をする暇も与えずにオレの背中を軽く押すと、まるで他人同士でしたとでもいうような自然な動作で、俺の前から走り去ってしまった。
帝国兵も紫色の背中を追って走っていく。オレをマークしているのは、遠くから様子をうかがっているやつくらいで、逃げるならいましかない。
このまま道のど真ん中にいて自分まで追われるのも面倒だし、もしも追いつかれて街中で騒ぎを起こすわけにもいかないので、
レイヴンの言うとおりにするしかないのだろう。

遠巻きにオレを眺めているやつから姿を隠すように夕立に逃げ惑う人波に紛れ、追いつかれることのないよう街の出口へと急いだ。
 
さすがに亡き都市といわれるだけあって、モンスターの気配はあっても人影は見当たらなかった。
久しぶりにきたが、この寂れ具合は拍車がかかることはあっても、改善されることはないらしい。

すぐに止む夕立だろうと踏んでいたのに、雨脚はひどくなるばかりで、夕暮れ色の空はいつの間にか真っ暗になっていた。
このまま外で待ち続けるわけにもいかないので、屋根が残っている住居を探し出し、中のモンスターを一掃してから、
モンスター除けとしてホーリィボトルとカロル先生直伝のモンスターが嫌がる臭いを撒いて、やっと一息つくことができた。

花売りから買ったヘンルーダの花は少しだけしなびてしまっている。
もったいない気はしたが、ラッピングを外して即席の花瓶を作り、水の中へといけた。
が、部屋の中が薄暗いせいで、黄色いというよりは黄緑色の小さな花に見える。
明かりになるようなものを探してみても、ほとんどのものが老朽化していて、使い物にならない松明や、
ひびが入りすぎていまにも崩れ落ちそうなガラス製のランプくらいしか見つからなかった。
唯一使い物になりそうだったオイルランプも、オイルが切れていては火を起こすことができない。
リビングとして使われていたと思わしき部屋の中央にある丸テーブルの上に、即席の花瓶とオイル切れのランプを置いて、
オレが座ると怪しい音をたてる椅子へと腰をおろした。ギシギシという音に、心もとなさを感じるが、いまは聞こえないことにしておく。

「で、ここで落ち合うっていうのはいいけど、おっさん大丈夫なのか」
誰もいない室内に、オレの声だけが響いた。
雨が激しく地面をたたく音と、モンスターが徘徊していると思われる音以外には、自分が発する音しかしない。
薄暗い中に自分の呼吸音が響くたびに、見えない場所から気配のないものが這い上がってくるような気さえした。

たぶん、ここと、ザーフィアス城の地下牢はよく似ている。
本当ならいまもあそこに閉じ込められていたか、何かしらの刑を執行されていたのかもしれないのに、こんなに遠くまで来てしまった。
地下牢でオレの手を取ろうとして泣きそうだったのは、レイヴンだったのか自分だったのか、いまではよくわからない。
でも、その手をとったときに感じたものっていうのは、あの地下牢の中で押し殺そうとしていた期待とか希望だとかいうものに、
すごく似通ったものだったんじゃないのか。
本当は拒否することなんてたやすかったし、手をとる必要もなかった。
最初に投げ出されたフレンの優しさや気遣いだって振り払ったんだから、それと同じように捨て去ることだってできたんだ。
なのにいまのオレの隣には、いつも通りどこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからない、うさんくさいおっさんがいる。
決めた道だった、選んだものだった。でもそれを捨てて、オレはあんたと行くことを選んでしまったんだ。
どんなふうに言い訳したって、変わらない事実。あの手をとったのはオレで、そうしたいと願ったのもオレなんだ。

「あんたが言いよどんだことって、もしかしたらオレにとっての安住の地ってやつが、あんたの隣かもしれないってことなのか」
相手不在の疑問は、誰の返事もなく消えていった。
手を引いたときには強引だったのに、こういうことになると言いよどんでしまうレイヴンがおかしくて、なんだか笑えてきた。
自分の笑い声が静寂を揺らし、ここが辛気臭い地下牢の中ではなく、カルボクラムだということを思い出す。
オレが望んだからここにいて、自分が選んだからいまがある。まあ、結局のところそういうことなのだろう。
自分が出したいまさら過ぎる答えのあっけなさに、脱力感とも安堵とも取れる気持ちが自分の中を満たしていった。


地面を激しくたたいていた雨音はいつの間にか弱まり、それに混じって人の気配とかすかな足音が聞こえてくる。
運が悪ければ帝国兵、予定通りならレイヴンといったところだろう。
自分から外に出て確かめるべきか、身を隠すべきか迷ったけど、答えを出す前にかすかな月光を伴ってボロボロのドアが開かれた。

「レイヴンか?」
室内に入ってきた影に問いかけると、すぐに聞きなれた声がオレの名前を呼んだ。
「遅かったな」
「ごめんごめん、なかなか諦めないやつらだったから、時間かかっちゃったのよ」
最低限の光しかともされていないため、レイヴンの表情を伺うことはできないが、どこか怪我をしたりしている様子はないようだった。
「こんな暗いとこに閉じこもってたの?外のほうが明るいくらいじゃない」
「ランプの類は壊れてて使えなかったし、外は雨がひどかったんだから仕方ないだろ。唯一使えそうなオイルランプはオイル切れだ」
丸テーブルの上においたままにしてあったオイルランプを軽くたたいてみると、レイヴンがそれを手に取り、
道具袋からマッチを取り出し一本擦って火をつけた。ぼんやりとした明かりの中にオレとレイヴンの顔が浮かぶ。
レイヴンの紫色の羽織は、雨の中を移動してきたせいで濡れていて、紫というよりは黒へと変色していた。
結い上げた髪からも、ぽたぽたと雫がたれている。

「壊れてないみたいだな。これってオリーブオイルでもいけるのか」
「ああ、そういえば、昔は使ってたとか聞いたことある」
レイヴンはマッチの火を消すと、道具袋の中から料理に使っているオリーブオイルを取り出して、
もう何年も使われていないであろうオイルタンクの中に注ぎ込み、もう一度マッチを擦って黒く汚れている芯糸へと火をつけた。
今まで薄暗かった室内は、オイルランプに火が点ったことで幾分かましになり、オレとレイヴンもお互いの表情くらいは確認できるようになる。
明るいところでみれば、やっぱりレイヴンは濡れ鼠で、せめてもう少しましになるようにと道具袋の中からタオルを取り出し投げ渡した。
道具袋は防水仕様なので、中身は無事だったみたいだ。

「風邪ひくぞ」
「あー、意識したら寒くなってきたわ」
部屋の隅にもう一脚あった椅子を持ってきてオレの隣に腰掛けたレイヴンは、結い上げたままだった髪を解いて、犬みたいに濡れた頭を振った。
そのせいでこっちまで水滴が飛んでくる。タオルで頭を拭いていたレイヴンは、テーブルの上の花瓶にいけてある花を興味深そうに眺めている。
ヘンルーダの黄色い花は、応急処置として水にいけたのが効いたのか、少しだけ元気になったように見えた。

「ダングレストで花売りから買ったんだ。今が季節の花らしいぜ」
「へえ、かわいらしい花じゃないの」
「ハーブとか薬用としても使われるんだってさ」
花売りの少女が教えてくれた使用法を頭の中でなぞらえていると、レイヴンの手がオレの髪を梳いた。
急に触られたのでびっくりして肩を揺らすと、レイヴンが持っていたタオルで髪を拭かれる。

「青年も濡れてる」
「おっさんが道具袋持ってたんだから仕方ないだろ。でも、もうほとんど乾いてる。あんたのほうがびしょ濡れだ」
少しだけ乱暴な動きにしたいようにさせていると、最後にはぽんぽんと頭をなぜられて解放された。
それが子供にすることのようで恥ずかしく思えて、無理やりレイヴンの手からタオルを奪い取ると、濡れたままの髪をグシャグシャと拭いてやった。
紫色の羽織にふれてみるとまだ水を含んでいて、このままだと本当に風邪を引いてしまいそうなので、脱がせて椅子の背にかけておく。

「いつまでもここにいるわけにもいかんし、どうするかね」
「とりあえず、カプワ・トリムが無難だろ。もうどこだっていいさ、あんたとの旅なら、オレはそれで満足なんじゃないかって思えてきたからな」
オレの言葉を聞いたレイヴンは髪を拭いていた手を止めて、こちらを見た。
その表情はオレの手をとって必死に名前を呼んでいたときのものそっくりで、あのときに提示できなかった答えを、
出すことができたのかもしれないと感じた。

「ユーリ」
「なんだよ」
少しだけためらうような間。オレンジ色の炎がぼんやりとオレ達を照らした。オレは視線をそらすことなく、翡翠の目の中でゆれる影だけを追う。
「後悔して、ないのか」
「それはこっちの台詞。巻き込んだのはオレの方だ」
「お前に誓いをたててもいいって言ったはずだ。この現状に満足こそすれ、後悔するはずがないだろ」
「そっか、ならいいんだ」
オレは自分の答えを出すまでに迷ったというのに、レイヴンはまっすぐにオレを見ると迷うことなく言い切った。
ああでも、あのときにレイヴンが遠慮がちに伸ばした手をとったのは、オレのほうだったんじゃないだろうか。
そうだとするなら、気づいていなかっただけで、最初から選んだ答えは変わらないのかもしれない。

冷たい手がオレの頬をなぜて、掠れた声がオレの名前を呼んだ。揺れる瞳は室内を支配する沈黙よりも饒舌で、答えるように冷えた手をとった。
少しだけ乱暴に引き寄せる力強さと時折みせる躊躇いや恥じらいがひどく不釣合いなのに、すべてを強引に推し進めてしまわないところに、
レイヴンの優しさがあるような気がした。最後はオレの判断を待ってくれるんだ。
まあ、いつもその強引さを見せてみろとは思わないでもないけど。

「いいさ、あんたが飽きるまで付き合ってやる。もし飽きたとしても、それからもオレに付き合ってもらうけどな」
「ユーリ」
「なんだよ」
「ありがとう」
静かにふってきたのは予想もしてなかった感謝の言葉。そのまま抱き寄せられたせいで、レイヴンの低く震えるような声色からしか、
一言に込められた思いを判断することはできなかった。
雨に濡れたせいで冷え切った体には人肌の温もりが心地よくて、この体温を手放したくないとさえ感じた。

もう一度、ヘンルーダの花が咲くころになったら、あの花売りから小さな黄色い花を買おう。次は花束としてラッピングしてもらえばいい。
季節が過ぎるのがこんなに早いのだ、一巡りするのだって、たぶんあっという間なんだろう。
そのときに、またあんたが隣にいればいいと、そう思った。
 




09・1・10