死にそうだ。まあ、人間このくらいのことじゃ死なないと思う。でも。体感的に死にそうだ。
頭が痛くてガンガンするし、体の節々も痛い。おまけに胃の辺りが気持ち悪くてむかむかする。
そのせいで、常に吐き気を伴っているようで、たまったもんじゃない。
二日前くらいから熱が一向に下がらず、今日の朝になってやっと微熱といえるところまで下がってきたのだ。
どうやら風邪をこじらせたみたいだった。先を急ぐ旅だっていうのに、ダングレストの宿屋から動くことができない。
オレとしては無理にでも旅を続けてもいいのだが、エステルやカロルにリタにジュディ、ついでにおっさんもだから、
つまるところ全員に止められて、他のみんなにはうつさないように一人部屋で療養している。
寝ては起きてを繰り返して、そろそろ寝貯めも限界にまで達し、寝付くまでの時間が長くなってきた。
かといってすることもないで、ベッドの上から見える天井のしみを数えるくらいしかできない。
昨日の夜くらいに発見したのだが、天井の隅にあるしみが、ラピードの形にそっくりだった。
見れば見るほどそう思えてくるので、ラピードに同意を求めてみたのだが、当の本人は眠そうに欠伸をしただけだった。
「ユーリ、起きてますか」
控えめなノックの後に、エステルの声が聞こえてくる。
もちろん部屋の中にはオレしかいないので、かすれた声で返事をすると、静かにドアが開いてエステルが入ってきた。手にはシルバートレイを持っている。
その上にはスプーンと皿が載っていて、皿の上ではゼリーがプルプルと揺れていた。
「大丈夫ですか」
「なんとかな。熱の方も下がってきて、あと二三日もしないうちに出発できると思う」
ベッドサイドに置いてあった椅子に腰掛けたエステルは、オレの言葉を確かめるように、真っ白な手のひらをオレの額に当てて熱を測った。
普段は暖かいエステルの手も、こんなときばかりは冷たくて気持ちがいい。
「本当に熱下がってきましたね。とりあえず、もうすぐ薬の時間なんで、なにかお腹に入れないといけないと思って、ゼリーを持ってきました。
これくらいなら食べれると思うんですけど」
オレの熱が下がってきたということがわかったエステルは嬉しそうに笑って、膝の上においていたシルバートレイを差し出した。
「悪いな」
上半身をゆっくり起こし、ベッドヘッドに背中を預けてトレイを受け取る。
朝に少しお粥を口にしただけで、食べるといっても胃の当たりの気持ち悪さが収まってくれそうにもないオレにとっては、これくらいがちょうどよさそうだ。
透きとおったゼリーを口にすると、リンゴの甘い味が広がり、喉の奥が楽になった気がする。
「おいしいですか」
「ああ、うまいよ」
「本当ですか!リタとジュディスとがんばったかいがありました」
「わざわざ作ってくれたのか、ありがとな」
「いいえ、ユーリが美味しいって言ってくれただけで満足です。薬の方も、いまレイヴンが買いにいってくれているので、少しだけ待っててください。
あと二三日中に旅に戻れそうなんて考えなくてもいいですから、その分ゆっくり休んでください、いいですね」
「わかったよ、ゆっくり休ませていただきます」
エステルはオレの返事に何度も頷くと、分かればよろしいなんて言いながら満面の笑みで立ち上がった。
たぶん、オレの調子がよかったから安心してくれたのだろう。熱が出て倒れたときには、治癒術を何度もかけて大騒ぎしていたのだ、
安心してくれたのならこちらとしても気が楽になる。
「私いきますね。何かあったら呼んでください、すぐにきますから」
「わかった、わかった」
「じゃあまたあとで」
エステルは食べ終わったゼリーの皿とスプーンをシルバートレイに乗せると、もう一度だけオレの熱を確認にしてから部屋を出て行った。
エステルが出て行ったとたん、一気に部屋の中がしんとしてしまう。それを寂しいというわけではないけれど、少しだけ物足りなかった。
いままでは、そんなことを考える余裕もなかったのに、今日になって熱が下がってきたこともあって、余分なことを考えてしまうようだ。
でも、エステルが出て行ってすぐに、もう一度ドアをノックする音が聞こえた。
「ユーリくん、起きてるー」
「起きてる、薬もってきてくれたんだろ、入ってこいよ」
「じゃあ、おじゃましますよ」
白い袋を片手に入ってきたレイヴンは、エステルと同じようにベッドサイドの椅子へと腰を下ろし、寝転がっているオレを覗き込んできた。
オレが部屋に閉じこもっているせいもあるのかもしれないが、かなり久しぶりに顔を見た気がする
レイヴンも同じことを思っていたのか、久しぶりに青年の顔をみた気がすると小さく呟いた。
「ほい、これが薬ね。粉薬だから、今朝までと同じで、朝昼晩と食後に一包ずつのんで下さいとのことよ」
「悪いな」
「なんか、青年が正直だと変な感じ。これも熱のせいなのかねえ。とりあえず、薬飲むんでしょ」
「うるさい、好意ぐらい正直に受け取っとけ」
「はいはいっと」
体を起こして渡された袋から薬を取り出すと、隣で見ていたレイヴンが、サイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、渡してくれる。
それを受け取り、真っ白な粉薬を一気に流し込んだ。風邪を引いたのも久しぶりなら、風邪薬を飲んだもの久しぶりだ。
でも、この粉薬の喉に引っかかるような不味さと苦さは、いつまでたっても変わらない。もう一度だけ、水を飲んで口の中をすっきりさせてコップを置いた。
レイヴンは薬を飲み終わったのを見届けると、エステルと同じように手のひらを俺の額に当てて、熱を確認した。
その手のひらはエステルのものよりも冷たくて、触れているだけでずいぶん楽な気がしてくる。
「さっき嬢ちゃんとすれ違ったときに、熱が下がってきたって嬉しそうに言ってたんだけど、本当みたいだな」
「ああ、もう微熱程度だよ」
「そうか、もう少しある気がするけど」
レイヴンは確かめるように自分の額に触れて、もう一度俺の額に手のひらを乗せた。やっぱりその手はひんやりとしていて気持ちがいい。
「おっさんの手、冷たくて気持ちいいな」
「んー、おっさん冷え性だからかね。なんなら添い寝してあげようか」
「それは遠慮しておく」
「えー、遠慮しなくていいのに」
「はいはい、うるさいから。風邪うつんないうちに出て行けよ。おっさんオレみたいに若くないから、風邪引いたら大変だろ」
まだ額に添えられたままだった手のひらをふざけたようにして振り払うと、レイヴンは遠慮しなくてもいいのにといいと残念そうに呟いた。
どこまで本気なのか知らないが、間違っても遠慮しているわけじゃないから安心しろ。
「じゃあ、おっさんみんなのとこに戻るわ。添い寝してほしくなったらいつでも言うんだよ」
「それはないから、安心してみんなのとこ戻ってくれ」
「素直じゃないんだから。まあ、何かあったら、本当に呼んでちょうだい」
「わかったよ」
「じゃーね」
レイヴンがいなくなった部屋はやっぱり静かで、添い寝はしてくれなくてもいいから、もう少し部屋にいてくれてもよかったかもしれないと思ったけど、
煩そうだからやっぱりいいやと自分の考えを打ち払った。天井のしみを数えるのもそろそろ飽きてきて、ラピードに似たしみを観察することにしてみても、
相変わらずラピードに似ているということしか分かりそうにもなかったし、仕方なしに薬の副作用からきた眠気に身を任せることにした。
次に目を覚ますころには、暇つぶしにおっさんあたりを呼んでみるのも悪くないかもしれない。






09・1・5
09・1・3