どこで人生間違えたんだろうか。
ふとそう思って、指折り数えてみれば思いつくのは間違えばっかりで、地味に落ち込んでしまった。
そうだとしても、自分がこよなく愛しているのは美しい女性のはずだから(もちろん女性はみな美しい)、これはこれで大きく道を踏み外してしまったことなのだろう。
だって、いまから酒場に行けばいろんな女の子たちが遊んでくれるはずなのに、色気のない部屋のベッドの上で男二人顔をつき合わせているなんておかしいでしょ。
いや、この男の場合、下手に変な色気があるから厄介なのか。
「おっさんなに人の顔ジロジロ見てんだよ」
「いや、俺たちなにやってるんだろうって思って」
「ついにボケが始まったのか。つまんないからなんかしようか、とかいってこっちに来たのはあんただろ」
ユーリは俺のちぐはぐな言動を揶揄したように笑うと、必要以上に顔を近づけ目を覗き込んできた。驚いて少しだけ逃げ腰になってしまう。
美人というのを男に言うのもなんだが、美人は近くで見ても美人だった。顔のパーツが整っているから至近距離のアップにでも耐えうる美しさなんだろうなと、
自分で自分の思考を疑いたくなるような結論を無意識にたたき出す。急に近づいてきたユーリに狼狽しているせいかもしれない。
「失礼な、まだ耄碌してないわよ」
別に戦っているわけじゃないけど、自分で言っていて負け惜しみみたいに思えて悲しくなった。
ユーリも同じようなことを感じ取ったのかにやりと笑うと、片手間にしていた道具整理の一環であるグミの選別を放り出して、両腕を首に回し首筋に顔を埋めた。
かかる吐息がくすぐったい。ユーリは好んで自分からスキンシップを取るほうでもないので、普段は俺からアプローチをかけなければこんなことしてこないのに、
いままでのやり取りの中の何が琴線に触れたのかまったく分からない。これが十四歳の歳の差、ジェネレーションギャップというものなのか。
だとしたら、今後の参考までにユーリの脳内の流れを分かりやすく説明をしてもらいたいものだ。
「おっさん」
「なんだい、青年」
無駄にフル回転させていた思考を打ち切ってユーリの声に返事をすると、それに応えるように首に回されていた左手が俺の頬を撫でた。
いくら綺麗だ美人だなんていったって男なわけだし、普段から剣士として前衛として戦っているため、その手のひらだけは俺と同じように荒れてマメができている。
添えられた手のひらを握り込むと温かい体温が伝わってきて、自分の体温まで上昇するんじゃないかなんて思えてきた。
「あんた、本当にオレのこと好きだな」
顔を上げたユーリは満面の笑みというかなんというか、声だけ聞いても笑顔全開なことはよくわかった。
すぐ近くにある無駄に前をはだけている胸をみてみても、やっぱり男のそれで、首には喉仏だってあるし、声だって低い。
でも俺の胸は歳甲斐もなくうるさい音をたてていた。なんかちょっと、戦いで窮地に追い込まれたときに似ている気がする。
「あー、もう勝手に言ってなさいよ」
「往生際が悪いな」
自分がこよなく愛しているのは美しい女性のはずだ。いまからだって遅くない、酒場に行けばいろんな女の子たちが遊んでくれる。
そう自分に言い聞かせたって、今おかれている状況に胸を高鳴らせているのは事実なわけで、往生際が悪いなんて、そんなの自分が一番よくわかっている。
「レイヴン」
ユーリは俺の名前を呼ぶと、まだ整理の途中だったグミの中から鮮やかな黄色のものを取り出して口の中に放り込み、唇を押し付けてきた。
そのまま無理やり口をこじ開けて、ぬるりとしたものを押し込んでくる。考えるよりも先に酸味を消した甘ったるさが口内に広がり、眉をしかめる。
俺が甘いものが苦手で、グミの味も得意じゃないと知っているユーリは、内心で笑っていることだろう。
グミを嚥下してもなかなか甘みは消え去らなくて、それを追うようにユーリの舌が口腔をなぞった。
あまい痺れを誤魔化すようにユーリの舌を絡めとってやると、そこからもあまい味がした気がした。
本当に人生どこで間違えたんだろうか、そう考えてみてもあまいレモンの味が思考の邪魔をして、もうどうでもよくなってしまった。

08・12・26