誰に手向けるつもりでもない、自己満足の塊みたいな花束がゆっくりと砂の中へと沈んでいく。
死ななきゃなおらねぇ馬鹿野郎だったあの男は、いまもこの下で覚めない眠りの中にいるのだろうか。
それを知るすべはオレにはないし、知りたいとも思わなかった。
鮮やかな花弁が流砂の中に完全に飲み込まれたのを見届けて、自分の感傷じみたものを振り払う。
だが、ゆっくりと近づいてくる気配が、この場を立ち去ることを許してくれそうにもなかった。
金属と金属がぶつかり合うカシャンカシャンという音には、嫌というほどに聞き覚えがあった。
等間隔の歩幅で近づいてくる人物を迎えるために振り向くと、月光を背にした見慣れた人影が見えた。
「団長閣下じきじきに何の用だ」
「団長としてではなく、フレンとして君にあいにきたんだ」
微動だにしない人影は、久方ぶりに顔を合わせたフレンだった。少し前に帝都にいたときに、団長は任務で外に出ていると聞いていたから、
ちょうどこのあたりに来ていたのかもしれない。フレンが身につけているのは略式の鎧だから、空いた時間にでも会いに来たのだろう。
街外れで街灯がほとんどないため、月の光だけが頼りだ。そのせいで、フレンの表情はよく見えない。
「じゃあフレン、いったいどうしたって言うんだ。もしかしなくても、ホームシックになってオレを探し出したって分けじゃねぇだろ」
「君がここにいるというのは、偶然耳にしたんだ」
フレンはオレのおふざけにも反応しないで小さくかぶりを振ると、手に持っていた紙を投げつけてきた。黄ばんだそれを受け取る。
それを追うように、静かな声が読んでみてくれと言った。
四つ折りにされたものを広げると、少し前に嫌というほど見た、似せる気があると思えないような似顔絵とご対面した。
一般的な手配書で、もちろん指名手配されているのは俺だ。たぶん、世界中を探せば、まだオレの手配書を見つけることが出来るだろう。
だが、そんなものとは違う、かわっていないのはあの似顔絵と呼べない似顔絵だけで、それ以外の賞金と罪状は見違えるほどだ。
賞金は何倍にも膨れ上がり、罪状は殺人へと華々しくレベルアップしている。しかも貴族殺しだ。
「これは、ずいんぶんと有名になったもんだ」
「笑いごとじゃない」
手の中にある手配書をひらひら揺らしながら口笛を吹くと、ワンテンポ遅れてフレンの低い声が聞こえてきた。
こういうふうに話すのは怒っているときだとか、馬鹿みたいに悩んでいるときだとか、まあいい兆候とはいえない。
「ついにきたかって感じだな」
そうとしか言いようがなかった。
前回の手配書の罪状は濡れ衣のものもあったが、今回はすべてオレがやったことだった。覚悟した上で、選んだ道だ。
「二三日中に帝国領内に配られ、凶悪犯として指名手配されるだろう」
「そりゃあまた、急なことだな」
「ああ、僕が帝都を離れている間に、急遽決まったことらしい。捕まれば極刑は免れないだろう」
極刑、つまりは死刑。下町出のオレが、国益のために必要なお貴族様を二人も殺したんだ、軽い罪では済まないだろう。
「逃げるなら、いましかない」
「おいおいおい、いいのかこんな凶悪犯を野放しにして」
「ユーリ!」
いままで感情を押し殺していたフレンは、それを一気に爆発させた。夜の静寂に、フレンの声が響き渡る。
微かな月光の中で光るフレンの瞳には、もう覚悟を決めてしまっているオレを責めるような色が見えた。
「君はそれでいいのか」
「もともと、罪は償うつもりだった」
「だとしても、他の方法だってあるはずだ」
「法はこういう償いを俺に求めてきた」
確かめるようにもう一度だけ手配書を見てみても、さっきと寸分とたがわぬものだった。だとしたら、これがオレに与えられた償いの形なのだろう。
「もう決めてしまったのか」
迷う必要なんてなかった。最初から答えは決まっていたんだ。誰かの命を奪うということは、それくらいの覚悟がなきゃ出来ないことだろう。
「ああ」
フレンはオレの答えに返事を返すことなく、縋るように小さく俺の名前を呼んだ。まだ子供だった頃にもこんなことがあった気がする。
でも何があったのかは思い出せない。いや、どんな体験を通したって、兄弟みたいに育ってきたオレたちだから、通じる思い出があるのだ。
さよならは最後の日にでも、と言おうとしてやめた。オレたちにそんなものは必要ないだろう。たぶん、重くなるだけだ。
覚悟を決めたつもりでも、迷う必要なんてなくても、どこからか誤魔化しきれずに溢れてくる感情を押さえ込むために、
言い訳みたいに夜空を見上げる。
砂漠の夜空は雲ひとつなく、嫌というほどに晴れ渡っていた。
「フレン、あれが凛々の明星だ」
この夜空の中で、一際強い光を放つ星。それは、オレがいなくなったとしても、光を失わずにいてくれるだろう。








08・11・5