離れすぎてもう何処にもたどり着けない(古慕の郷 ヨームゲン)

 




踏みしめる砂は少し前に訪れた時と寸分もたがわぬものなのに、状況はこんなにも変わってしまった。

姿を消したレイヴンとエステル。二人がいなくなったことで、パーティーには言葉では表すことの出来ない緊張感と、怒りをはらんだ静けさが漂っていた。

最後尾を歩くジュディは普段通りの表情のまま、だが言葉少なく進んでいく。リタは見るからにイラつき、先走る思いを隠せないでいるのが伝わってくる。

そんなピリピリとした緊張感に飲まれそうになりながら、カロルが大丈夫だよねとオレを見上げてきた。


「さあな」

いつもならば、カロルを茶化して緊張をほぐしたりもするんだろうけれど、オレ自身も余裕がないらしくそっけなく返すことしか出来なかった。

オレの言葉を聞いたカロルは小さく頷くと、無事だといいねと小さく笑った。誰が無事だといいのか、そんなことは聞けなかった。

姿を消したエステルとレイヴン。さらわれたエステルとレイヴン。オレたちを裏切りエステルをアレクセイに引渡したレイヴン。

考えれば何通りもの解釈をひねり出すことができる。リタは論理的に考えればとレイヴンの裏切りを示唆していたが、

そういったときの表情は苦しそうで、自分の考えを叫びながらそれを否定しているふうにも思えた。


怒りと不安と焦りと緊張感と不甲斐なさと、いろいろなものがない交ぜになってオレたち全員を追い込んでいく。

こんなときにレイヴンがいたのなら、どうやってパーティーを引っ張って行ってくれたのだろうか。

なんだかんだ言いながらも、ムードメーカーとしての役割を果たしていたあいつがいたならば、と考えてその意味のなさに無駄な思考を打ち捨てた。

振り返ったとしても、いつも飄々と歩きながら、みんなを見つめていたあいつはいないのだから。


「カロル、二人を助けて、アレクセイの野郎を倒すぞ」

俯き加減に隣を歩いていたカロルの頭ポンと撫でると、不安と怒りを写していた目の色が薄れ、いつも通りの笑顔で大きく頷いた。

それに応えるように、ラピードも大きくワウと吠えた。


オレたちは二人を助けに行くのだ。遠く離れすぎたのだとしても、助け出して俺たち凛々の明星のもとに連れ戻せばいい。それだけの、単純なことだ。

そうだ、単純なことじゃねぇか、と心のどこかで最悪の場合のシミュレーションをしてしまっていた自分自身に言い聞かせた。

信じて、いいんだよな。


( くそ、あんたがいないだけで、こんなにもあせっているおれがいる )

 










 

目を閉じればこんなにも思い出せるのに (移動要塞 ヘラクレス)

 




久しぶりに身につけた騎士団の鎧は、機能性を重視しているとは思えないくらいに重かった。

次の任務を与えられてはいるが、どうにも疲労感が抜けない。少しでも体を休めるために壁にもたれかかると、壁と鎧がぶつかり合う音が誰もいない室内に響き渡った。
もともと、これが俺の任務だったのだ。エステリーゼ様とユーリ・ローウェルたちの監視。それが騎士シュヴァーン・オルトレインに与えられた任務。

その任務の最終段階としてエステリーゼ様を団長に引き渡してきたのは少し前のこと。

だが、すぐに新しい任務が与えられた。次ぎは忘れられた神殿といわれているバクティオンにて、団長の護衛と不穏分子の排除が命じられている。
不穏分子の排除という命令に、物はいいようだなと笑っている自分がいた。

結局はあいつらとは道を違え剣を交えることになるのだろう。そしてたぶん、俺もここで打ち捨てられることになる。

後悔はない、だがあのユーリたちと向き合ってどんな言葉を投げかけられるのか、裏切ったのは俺なのにそれをほんの少しだけ恐れている自分を否定できない。
裏切ったのは俺、いや俺はシュヴァーンとして、帝国騎士団に所属するものとして、正しいことをしたのだ。だがレイヴンとしては裏切り行為なのだ。

シュヴァーンなのか、レイヴンなのか。もとの俺なのか、作り上げた人格なのか。

一度死を迎えて虚を抱えたこの体には、多くのものが無造作に詰め込まれすぎていて、分からなくなってしまう。
もう少しだけ体を休めたら、バクティオンに向かわなければならない。そうすれば、全てが終わるのだ。

シュヴァーンなのかレイヴンなのか、そんなことはどうだってよくなる。

瞼を落として周りの景色を遮断すると、空虚な体のはずなのに自然と思い出されることはいくつもあって、人間は案外たくましく強欲なものだと可笑しくなった。


ああ、後悔はないといったが、思い残すことがあったというならば、ユーリおまえの髪に触れてみたかった。

そしておまえにもう一度だけ名を呼んで欲しかったよ。レイヴンという仮初の名を。
後から後から溢れてくる望みに、やはり俺も強欲なものだと、今度は声を出して笑ってしまった。


( そして、さいごはおまえのてで )

 

 









夢なら良かったと何度願ったことか (忘れられた神殿 バクティオン)

 




荒い息を誤魔化すように劣化して脆くなっている石畳の床を蹴った。

一対四のはずなのに、オレたちのほうが押されていることは目に見えて明らかだ。オレを含めて誰もが、ためらいと驚きのせいで、向ける刃が鈍ってしまう。

なのに、シュヴァーンと名乗ったレイヴンは、一寸のぶれもなく技を放ってくる。

オレたちといた頃は弓と短刀で戦っていたのに、あの変幻自在な戦闘スタイルをそのまま剣に移し変えたようなシュヴァーンは強敵といえるだろう。
普段よりも低い声で投げ出された言葉の数々は、オレやリタが考えたくないと思いながら、でも考えずにはいられなかった最悪のパターンそのものだった。

向けられた剣は確実に急所を狙ってくる。それを防ぐために、デュークから借りた宙の戒典で刃を受けると、無表情だったレイヴンが不適に笑うのが見えた。

オレたちの前に現れてから、目をあわすことがなかったその瞳が、真っ直ぐとオレを射抜く。

ほんの一瞬のことで、お互いすぐに距離をとるためにバックステップで飛びのいた。

もう表情を追っている余裕なんてない。でも確かにあの目はレイヴンなのだろう。暗く澱んではいるけれど、オレたちと旅路をともにした男の目だ。

躊躇うな、と自分に言い聞かせて汗で滑る宙の戒典の柄を握りなおした。
どうしてこんなことになったのか、ナンセンスな問いが余裕のない頭の中に広がっていく。

でもなん通りのパターンを考えても、オレがオレでレイヴンがレイヴンである限りは、この衝突は避けられないことだったのだろう。

これがオレが選んだ道であり、レイヴンが選んだ道でもあるのだ。なら、剣を交えることは最善の解決方法なのかもしれない。

もう、これしかないのだから。
「本気で行くぜ!」
誰にでもなく言い放ち、宙の戒典を大きく振り上げた。
 
人を切ったことがないなんて可愛らしいことを言える身でもないのに、レイヴンの胸を切り裂いたときの生々しい感覚が手のひらから消えない。

みながアレクセイへの怒りで誤魔化しながら前を向いてはいるが、少しでも弱音を吐いてしまえば脆くも崩れ去ってしまいそうだった。

それくらいにレイヴンの存在はなければならないものだったのだ。

この手の感覚も、神殿の地下が崩れ去ったときの目の前が真っ暗になりそうだった絶望も、

カロルを奮起させるために怒鳴りつけそれを通して自分に言い聞かせていたことも、全てがフワフワとした現実感のない夢の中の出来事のように思える。

なのに全ては現実に起こった事なのだ。言葉にならない、言葉にしたくない。

こんな未来を選びたくてあんたと戦ったわけじゃないのに、容赦ねえのはオレじゃなくてあんただよ。
嘘だなんていってくれなくていい、誰か夢だといってこの悪夢から目覚めさせてくれ。


( なぜあんたがここにいない )

 

 










最後だから、そう言っては立ち止まる (ザウデ不落宮)

 




何の因果か、俺は生きている。死ぬと思っていたのに、二度目の命拾いをしてしまったらしい。
夜の闇は深くあるのに、それでも星喰みという世界の脅威を消し去ってはくれなかった。

全ての人々がこれを見て、闇の中で怯えているのだろうか。こんなものが空の向こうに隠されていたなんて、誰も知らなかったのだ。

そして、俺も世界を滅亡へと加速させていくことに加担していたのかと思うと、やるせなさに唇を噛むことしかできなかった。
暗い中を飛んでいるせいかバウルの飛行速度は日中よりも緩やかで、頬を撫でる風が気持ちいい。夜も遅いので俺以外の面々は船室で休んでいるはずだ。

甲板から見える風景は限りなく続く海ばかり。もうすぐでテルカ・リュミレースのへその上を通過するだろう。

そのそばには、少し前にアレクセイと戦い、そしてあいつが死んでいったザウデ不落宮がある。

ゆっくりと船から身を乗り出し、ザウデ不落宮が見えてきたことを確認して左手に持っていた花を投げ捨てた。

俺の手を離れたそれは風に翻弄されながら落下していき、暗い海の中へと吸い込まれていった。
「ここでお別れだ」
アレクセイとも、あんたの忠実な道具であったシュヴァーンともお別れだ。

闇の中に吸い込まれていったあの花を弔いに、誰の目にも触れないように、この暗い海の中に沈んでしまえ。
「あんまり身を乗り出してると落っこっちまうぞ」
慣れ親しんだ気配が近づいてくる。風に髪をなびかせたユーリが隣に並び、俺と同じように遠くに過ぎ去っていくザウデ不落宮を見つめた。
「せめてもの弔いか」
「そんな上等なもんじゃない。俺の自己満足みたいなものさ」
少しだけ高い位置にあるユーリの顔を見上げると、まだ眼下に広がる海を追っている。暗い中に浮かぶ横顔からは表情を読み取ることは出来なかった。

だが、思い出されるのはバクティオンの地下でユーリと剣を交えたときに見せていた、驚きと悲しみと戸惑いと痛みと、全てをない交ぜにしたものだった。

あのとき、場違いにも程があると思いながら、普段自分のうちに弱さや痛み辛さを溜め込む青年が、

これほどまでに俺のために感情を露にするのかと喜びを感じてしまった。

本人にそんなことを告げれば、泣いて土下座するまで殴られそうだ。
「なにニヤニヤしてんだよ。おっさんの思い出し笑いなんて、気持ち悪いだけだぜ」
「相変わらず、人生の先輩に向かって容赦ないねぇ」
「どうにも、あんたから先輩としての威厳が感じられなくてな」
眼下の景色は海から森へと変わっていく。それを見届けたユーリは顔を上げて俺を見た。
「ここで、捨てたつもりで捨てられなかった感傷ともおさらばするわ」
「あんたは、それでいいのか」
「ああ。だからこれで最後さ」
なにが最後なのかユーリは聞かなかった。聞かれたって、とても抽象的なことで説明するのは難しかっただろう。

まあ、これが俺なりのけじめってことだ。

そして、あんたが歪みを抱えながらも必死で愛し、変えようとした世界を、俺を掬い上げた仲間たちと救って見せよう。

それが本当にあんたに送る弔いだ。


( もうふりかえることはないだろう。まえだけをむくんだ。 )

 

 










この言葉を吐き出すことは二度とないだろう(ギルドの巣屈 ダングレスト)

 




凛々の明星に持ち込まれた護衛の依頼にやっと片が付き、三週間ぶりにダングレストへと足を運んだ。

一緒に来たカロルとジュディとリタは、宿屋に部屋だけを取って各々自由時間を満喫しているはずだ。

最近の凛々の明星のメンバーは状況と気分によって入れ替わりもするが、おおむねオレとカロルで構成されていた。

そこにジュディやリタ、まれにレイヴンが加わったりする。

さすがにエステルは、旅が終わったことで帝都での生活に戻ってしまったので、ギルドの仕事に関わることはほとんどない。

が、なんとかハルルへ移り住む計画を立てているというようなことを言っていた。そうなれば、少し前みたいに旅をすることも出来るようになるかもしれない。
いつ来ても騒がしい街中は宵から夜に掛けて更に喧騒を増していた。

夕焼け色の名残を写した空は雲ひとつなく、少し前まで世界の災厄とされていた星喰みの姿は寸分の影もなく消え去っていた。

御伽噺みたいに言えば、世界は救われたのだ。あるべき姿とは少し違った進化をへて、魔導器のない新しい生活が始まった。

もちろん混乱はいたるところで起きているし、オレ自身なれないこともある。でもいつの日かこの生活が当たり前になる日が来るのだろう。

その日のためにみんなが出来ることを頑張っているのだ。
 
露店に群がる人ごみを掻き分けて、石畳で整備された道を奥へ奥へと進んでいく。

ダングレストに通ううちに顔なじみになったギルドのやつらや街の住人と軽く挨拶を交わしながら歩いていくと、街の最奥にあるギルドユニオン本部が見えてきた。

中に入ると、こんな時間でも人でごった返している。
「おい、ユーリじゃねえか」
名前を呼ばれて振り向くと、なにやら書類を抱えているハリーが立っていた。その傍には顔なじみのユニオン幹部もいる。
「おう、久しぶりだな」
「本当にな。ちょうど会議が終わったとこで、これからまた幹部だけで会議なんだぜ。勘弁して欲しいよ」
「オレと違って忙しそうで何よりだ」
「なに言ってんだ。中堅ギルド凛々の明星の噂はここまで届いてるぞ」
お世辞なのか本当の話なのかは知らないが、ギルド発足当時よりも仕事が増え、その難易度がましてきたことは嘘ではない。

結界が消滅したせいで、モンスター退治や護衛の仕事が増えたこともその一因ではあるんだが、依頼がないよりはあった方がいいに決まってる。
「そりゃどーも。我らがボスも張り切ってるみたいだからね、気が向いたら宣伝でもしといてくれ」
「覚えてたらな。じゃあ、そろそろ会議の時間だから、行くわ。レイヴンなら幹部の私室の方にいるぞ」
「おい、別におっさんに会いにきたなんていってないだろ」
「だけど、おまえがここに顔出すときは、ほとんどあいつのとこだろ。仲がいいみたいで羨ましい限りだな」
「勝手に言ってろ。じゃーな」
笑いながら幹部の私室へ繋がる通路の方を指差したハリーは、またなといって奥へと消えていった。

あいつもまた、変わっていく世界をよりよいものにしていくために、前へと向かっているやつらの一人なんだろう。
ただ、レイヴンに会いにいくたびに冷やかすのはやめて欲しい。他意があってやっているわけじゃないんだろうが、こっちが居た堪れない気分になってしまう。

オレが悪いわけじゃなねぇのに、なんでこんな思いしなきゃいけないんだか。
頭を抱えたくなるのを我慢して、ハリーに教えてもらった通り、入り口から右手側にある幹部私室へと向かっていく。

ドアの前に立っている見張りに挨拶すると、とがめられることもなくドアを開いてくれた。

レイヴンが、凛々の明星のメンバーが来たときには通していいと、言付けているらしい。
オレたちと旅にでる前にはレイヴンも街の方に部屋を借りていたらしいのだが、旅で留守にしすぎて勝手に引き払われ、

行くとこを探すのも面倒でユニオン本部に住み着ているとのことだ。まあ、本人がふざけ半分に言っていたことだから、どこまで本当かは分からないが。
見慣れたドアの前までたどりつくと、不在中のプレートが掛けられていた。ハリーはいるといっていたのにおかしい。
「レイヴンいないのか」
二回ノックしてノブを回すと、鍵はかかっていなくて簡単にドアが開いてしまう。

いつの間にか見慣れてしまった室内には、それこそ嫌というほど見慣れた紫色の上着を羽織ったレイヴンの姿があった。

ソファにだらりと座り込み、珍しく読書に勤しんでいるところだった。
「おまえさんね、返事するまえに開けちゃ意味ないでしょうが」
「そりゃわるかった、手が勝手に動いちまってな。あんたこそ不在のプレートかかってたぞ、ついにボケたのか」
手にしていた本をガラステーブルの上に投げ出し呆れた表情をしているレイヴンの隣に座り込んで、

勝手知ったるなんとやらでテーブルの上にある水差しとコップを使い水を頂戴する。
「在室にしとくといろいろ煩いから、わざわざ不在にしてあるんだよ。まあ、ユーリみたいに勝手に開けちまうやつもいるから、意味ないんだけどね。

水なんかより酒あるけどどうする、甘い果実酒を手に入れたばっかりなんだけど」
「ありがたく頂戴することにする」
レイヴンは立ち上がり部屋の隅に置いてある棚の中から、曇りガラスのボトルを取り出し戻ってきた。

ボトルに貼ってあるラベルには、熟れた桃と思わしきものが描いてある。
「一ヶ月ぶりくらいか。護衛の仕事の方はどうだったのよ」
「んー、つつがなく完了したぜ。今回はジュディにリタもいたからな、いつもよりも楽だった」
「そりゃジュディスちゃんにリタっちがそろえば、向かうとこ敵無しだわな」
目の前にあるグラスに注がれた果実酒は透き通るような琥珀色をしていて、一口飲んでみるとアルコールを感じさせない甘さで飲みやすく、悪くない。

甘いのが苦手なレイヴンは、もう一つ違うボトルを取り出して飲み始める。
「これ、美味いな」
「でしょー。もう一本あるから、なんなら持って帰っていいぜ。そんなに甘いの、おっさん飲めないからね」
「覚えてたら貰ってくことにする。あんたは、ここんとこどうだったんだよ」
「どうだったって聞かれても、遠くでお仕事してるユーリを想って真面目に勤労してたさ。ユニオンの方も落ち着くどころか忙しさを増すばかりでね。

年寄りをこき使うのは勘弁して欲しいわ」
「のわりには、酒場の方であんたを探している綺麗なお姉さまたち何人かに、声を掛けられたんだけどな」
依頼完了祝いにと、みんなで酒場で食事をしていたときに、何人かのお姉さま方が、いつもレイヴンと一緒にいる人たちじゃないと、気さくに声を掛けてくれたのだ。

ついでに、最近あんまり遊んでくれなくてつまんないの、もうお相手してくれないのかしらなんて、切なそうな表情でいわれたときには、

リタはあきれ返りカロルは困ったように笑っていた。ジュディがあなたも大変ね、なんてオレを気遣ってきたことに危機感を覚えたのは間違っていないと思う。
「いや、それは、ただの飲み友達だからね。誤解しちゃやあよユーリ」
「どういうのを誤解っていうんだか知らねえけど、なに焦ってんだ。飲み友達だってんならそれでいいだろ」
「いや、うん、そうなんだけどね。あれ、怒られてるわけじゃないのに、おっさん何でこんなに悲しいんだろ」
焦ってフォローをしていたレイヴンはがくりと肩を落とし、グラスに残っていた酒を飲み干した。
離れた街に住んでいれば半年会えないことなんてざらで、普通のことだというのに、たった三週間あっていないだけで、

こんなに手探りでお互いらしいと思える会話を繰り広げ、近況を報告しあっているなんて変な感じだ。

たぶん旅の間は毎日見飽きるくらいに顔を合わせていたから、少し離れただけでこんなにも長く感じてしまうにのだろう。
「なに落ち込んでんだよ」
「べーつーにー。つれない想い人を持つと辛いってことを実感しただけさ」
「つれない想い人とやらはどこにいるんだよ」
空になったグラスに新たに酒を注いでやりながら聞くと、頭を抱えていたレイヴンはオレのほうへと倒れ込んできた。

その衝撃で体がゆれ、危うくボトルを落としそうになった。なんとか両手でボトルを支え蓋を閉じて、安全地帯と思われるテーブルの上へと避難させる。
「おい、危ないだろ」
「自覚がないのか、つれないだけなのか、どっちなのよ。おっさんはこんなにもユーリを愛してるって言うのに」
レイヴン漏らした言葉はオレの腰に腕を回し抱きついているせいでくぐもっていはいたが、十分すぎるほどよく聞こえた。

もしかしたら、こういうのを愛を囁かれるって言うのかもしれない。
いつもレイヴンはふざけたようにオレへの好意を口にした。

そして、オレもいつも通りのコミュニケーションの一環として右から左へと聞き流し、ときにはつっこみを入れたりする。

そうやってお互いに、逃げ道みたいなものを作っていたんだ。だから、オレが言葉にすることなんてなかった。
「おっさんの愛してるには信憑性がないんだよ」
腰に回されていた腕に、力がこもり更に強く抱きしめられる。
「じゃあどうしたらいいんだよ」
「行動で示してみろよ。例えば、あんたが嫌になって、オレが呆れるまで一緒にいるとかな」
レイヴンが顔を上げたのは分かったが、目の前にあるドアを見つめているオレには、どんな顔をしているかわからない。

こんなことをおっさんに言ったことがジュディにばれれば、あなたらしいわねなんて言われそうで嫌だ。

そう考える冷静な自分と、これでいいんだろうななんて考えてる自分が心の中にいる。たぶん酔った勢いってのもあるんだろう。
「もとより離れるつもりなんてない」
「そりゃ光栄だ」
アルコールのせいなかの、いつもよりも体温のたかい手のひらがオレの頬に添えられ、レイヴンの方へと引き寄せられる。

身長差のせいで少し低いところにあるレイヴンの表情からは、ついさっきまでの落胆の色は消えていた。

ここまできたら、お互いに言葉にしてこなかった部分を認めるしかない。
「今日は泊まっていくの」
「あんたが、次の仕事の助っ人に来てくれるんなら考えてもいいぜ」
返事はなかった。その代わりに一人部屋には大きすぎるほどのソファの上に押し倒され、キスされる。

お互いに杯を重ねていたために、アルコールの味がするキスだった。まあ、レモンの味なんて乙女チックなものを期待していたわけじゃないから、

オレたちにはこれぐらいがお似合いなんだろう。
「ユーリ、おまえだけだ」
オレを見つめてくる瞳はいつもの道化を捨てて、真剣そのものだった。応えるように、背中に腕を回し爪を立ててやると、もう一度唇が落ちてくる。
こんなに誰かに執着するみたいな言葉を口にするなんて、もうないのかもしれないし、したいとも思わなかった。

だって、あのとき失ったかと思ったあんたの体温は、たしかにここにあるんだ。それだけで十分じゃないか。


( あんたのことをあいしてるのかもしれない )















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08・9・22