街中が砂で溢れていて、一歩一歩と歩みを進めるたびに、固い地面を踏みしめているのとは違う感覚を覚える。

風であっけなく姿を変えていく砂の上に足跡を残して歩いていくが、すれ違う人影はない。昼間の喧騒が嘘のように、

しんと静まり返り、控えめな街灯がポツポツと街を照らしているだけだった。

空には青白い月が浮かんでいて、昼間に嫌というほど大地を照らしつけている灼熱の太陽とは対照的だ。

それと同じように、気温さえ日中の暑さが嘘のような冷え込みを見せている。


湖の辺りにも人影はなく、夜の闇が静けさを増幅させているようにも思え、風がこの辺り特有の植物の葉を揺らす音でさえ場違いな気がした。

湖の傍にゆっくりと腰をおろすと、黄砂を含んだ冷たい風が頬を撫でる。せっかく風呂に入って体中の砂を洗い流したというのに、

少し外を歩いただけでまた全身が砂っぽくなってしまった。特に、長く伸ばした髪に砂がまとわり付くとそれだけでパサパサとしてしまう。

グローブを外した手で髪をすいてみても既に砂っぽくて上手く指が通らない。

「夜の散歩も考えもんだな……」
オレが宿屋を出ても、ちらりとこちらを見ただけで付いてくる素振りを見せなかったラピートは正解なのかもしれない。

小さくため息をついて、慰み程度に服に付いた砂を払った。夜の散歩とはしゃれ込んでみたものの、水と黄砂の街の中では字面ほどよいものではないらしい。

昼間の暑さと、夜の寒さ、なぜこんなにも温度差があるのか解せないが、エステル辺りに聞けば、あの博識ぶりを披露してくれることだろう。

とりあえず理論的なことよりも、水辺に座り込んでいるせいかさらに風が冷たく感じられて、何も羽織ってこなかった自分が憎らしく思えた。
だが、物好きはオレだけじゃないらしい。風が緑を揺らす音、静かな波の音、そして自分の呼吸音、それに紛れて小さく砂を蹴る音がした。

気配を殺しているわけでもなく、真っ直ぐにこちらへと近づいてくる。投げ出したままにしていた剣を引き寄せて足音の主を振り返ると、

想像していたものとはまったく別の真っ白いものが視界を覆った。
「若さにかまけて夜の砂漠を舐めてると、風邪引くわよ」
 目の前を遮断している布を取り払うと、今度こそ自分が思い描いていた人物が立っていた。
「おっさんこそ、この寒さは老体には応えるとかいってなかったか」
レイヴンから被せられた布はマントのようなもので、よく見れば宿屋で貸し出していたものだった。

いちおうは好意で持ってきてくれたようなので、頭からかぶって視界をさえぎるのではなく、羽織って暖をとることでマントとして正しい使い方をすることにする。

それをみたレイヴンは一人納得したように頷きながら、オレの横に腰をおろした。
「少しはましになったでしょ」
「ああ、ありがとな。てか、寝てたんじゃなかったのか」
宿屋をでてくる前に部屋の中を見回したときには、ラピート以外に誰かが起きている気配はなかった。

それにこのおっさんは部屋を取るなりすぐにベッドの上に陣取って、砂漠の夜は寒いから老体には辛いとかいいながら女性陣に添い寝をねだって、

いつも通りの鉄拳制裁をくらい、ベッドの上で一人寂しくふて寝をしてたはずだった。

あのメンバー、特にリタ辺りにそんなことを強請れば、どうなるかなんて目に見えてるってのに、懲りずにあほらしいまねをするところが、

おっさんのおっさんたるゆえんというか、なんというか。まあ、ある意味ではムードメーカーと言えなくもない。
「いやねー、リタっちのえぐるようなパンチが直撃した鳩尾が疼いて、目が覚めちまったのよ」
「おいおい、騎士団の元隊長格を悶絶させるような技を繰り出すとは、あいつ見込みあるんじゃねぇの」
「しかも、日々威力が増しているところに、おっさん生命の危機を感じずにはいられないのよね」
レイヴンはリタに問答無用で殴られていた鳩尾の辺りを撫でながら、がくりと肩を落とす。その姿にはなぜだか哀愁が漂っていた。
「魔物と戦うだけでも危険なことなのに、仲間の中にまで危険要因をつくるなよ」
「おっさん流のコミュニケーションなのに、それを受け入れてもらえないなんて俺様悲しい」
更に肩を落とし、砂の上にのの字を書いている姿をリタが見たら、追い討ちを掛けるような毒舌と攻撃を繰り出すことだろう。

一歩間違えなくてもセクハラでしかない発言がおっさん流のコミュニケーションだっていうなら、

あのリタの荒々しい対処の仕方もあいつなりのコミュニケーションなんだろう。

まったくもって、羨ましいとはおもわねぇけど。
「ユーリこそこんなとこで何してたの」
「なんとなく、夜の散歩」
「砂漠の夜は冷えるっていうのに、若者はさすがだねぇ」
ついさっきまで拗ねたような素振りを見せていたのに、もう回復したらしい。

レイヴンは言葉の通りに寒い寒いといいながら、俺と同じデザインの白いマントの前をかきあわせて身震いをした。
「その理論でいくと、おっさんも若者の仲間入りだぜ」
「いや、俺は寒いのは駄目だかんね、今にも凍えちゃいそうよ」
「とかいって、誰かのベッドにでももぐり込んでみろ。明日の朝にはおっさんこの湖に浮かぶことになるだろうな」
「そんな笑えない冗談やめてよね。本当にありそうで怖いじゃない」
レイヴンはガタガタと身震いをして、緩やかな波紋を描いている湖を見つめている。

たぶん寒さのせいだけじゃなくて、おっさんの目には湖に浮かんでいる自分の姿がリアルに想像できるせいなのかもしれない。
「酷い話だわ。寒いと人肌が恋しくなるっていうのに、おっさん寂しいと死んじゃうよ」
「そんな話きいたことねーよ」
「本当だって、ほらこうやって手でも握っててくれないとね」
言うが早いか、レイヴンは砂の上に投げ出していたオレの手をとり、ぎゅっと握り締めた。寒いと何度も連呼しているだけあって、その手はひんやりと冷たい。

男に手なんて握られて喜ぶ趣味はない。だけど、馬鹿みたいに力がこめられているせいで、振り払うことが出来ない。
「あー、あったかいわ」
「おっさん冷えすぎだろ。オレの手なんて握ってないで、早く宿に戻っとけよ。というか、はやく放せ」
「だってユーリあったかいんだもん。どうせなら俺のことあっためてよー」
レイヴンはやっとオレの手を放すと、今度は両手を広げて真っ直ぐとこちらを見つめてくる。このジェスチャー的なものの意味を考えるに、

いや考えたくはないけど、考えてみるに、まあつまり胸に飛び込んでこいとかいう頭が狂ったとしか思えないようなことを、言外にしているつもりなのか。
「ほーら、胸に飛び込んでおいでー」
 言外にではなく、言葉にしやがった。夕方に鉄拳制裁を加えていたリタの気持ちが少しだけ分かった気がする。
「飛び込むわけねぇだろ…」
「そりゃあ、残念だ」
「ほら、アホなことばっか言ってないで戻るぞ、オレも寒くなってきた」
 そばにおいてあった剣を拾い立ち上がり宿屋の方へと歩き出すと、心底がっかりしたとでも言うかのように肩を落としていたレイヴンが足早に追いかけてくる。

老体だ何だといってるが、あれくらいの元気があれば十分大丈夫だろ。
「あ、ちょ、置いてかないでよ。おっさん一人にされると死んじゃうって言ってるでしょ!」
「だから、そんなのきいたことねぇよ。置いてかれたくないなら、きりきり歩け」
一貫してふざけた素振りを見せてはいるが、この仮面の裏にはバクティオン神殿の奥で対峙したときのようなシュヴァーンとしての

一面も持ち合わせているのかと思うと、ひどくちぐはぐな印象を受ける。

どちらが演技でどちらが本物なのか考え出せば切がないことではあるが、俺たちの前で見せるレイヴンという人格をみていると、

そんなこと考えるだけ時間の無駄とも思えてくるから不思議だ。

まあ、どっちにしたって、おっさんが自分で生きたいって思ってこうあることを選んだってなら、それでいいってことなのだろう、たぶん。











08・9・16