「ユーリ、大丈夫ですか!?」

 息を乱して走り寄ってきたエステルは、青色の瞳を大きく見開き怪我はないかと詰め寄ってくる。

その鬼気迫る様子に飲まれて、頷きなら身を引くと、何かにぶつかってしまった。

 そこまできて、まだレイヴンの腕の中に体を預けたままだったことを思い出した。いつまでもこの状態でいるわけにもいかないので、

急いで体を退けると、オレの怪我を検分しようとしていたエステルがバランスを崩して、尻餅をついてしまう。

「悪い、大丈夫か」

「ユーリの方こそ大丈夫なんですか? さっきは危なかったんですよ」

小さな悲鳴を上げたエステルに声をかけると、逆に心配をされる。有無を言わせない素早さでオレの前に手が翳される。

癒しの力は淡く優しい光だ。どこか懐かしいような温かさを伴ってオレを包み込み、掠り傷一つ残さずに癒していく。

「ありがとな」

 小さく礼を言うと、エステルは嬉しそうに笑いながら頷いた。

 エステルの向こうから、後方で待機していたリタやカロル、ラピードが駆け寄ってくるのが見える。

少し離れた場所にいたジュディも、戦闘後の疲れを感じさせない優雅さで歩み寄ってきた。

 あと、一人。

 少しの躊躇いのあとに振り向く。いつもとは違う表情をみせていたはずのレイヴンは、

そんな名残など感じさせないような気軽さで、おどけるように肩をすくめてみせた。

 オレが盗み見たのはそんな表情ではない。

あの冷たい刃のような剣呑さは、最初から存在しなかったかのように、姿を隠してしまっていた。

「これでも心臓が弱いんだ、あんまひやひやさせないでくれよ」

 そういって心臓魔導器が装着されている胸を軽く押さえ、オレの方を見つめる。

心臓が弱いというのはなんだか違う気がしないでもないが、人工の魔導器が装着されていることを考えればあながち間違ってはいないのだろうか。

責めるような口調ではなかったが、言葉通りの冗談ともとることはできない。

どちらかといえば、戦闘中に油断してしまったオレへの遠回しな苦言に思えたので、内心頷き反省しておく。

怪我のせいとはいえ、あの殺気に気づかないくらい気を抜いていたことと、助けてもらったことはたしかなわけだから、目上の人間の言うことは聞いておくべきだろう。

まあ、心の中での話しだが。

「年寄りに無理させて悪かったな」

 心中の反省を表に出すことなく揶揄するように言うと、がくりと肩を落として、恨みがましそうな視線を向けてくる。

「年寄りだなんて酷い。心は二十五歳のままなのに」

 二十五歳という妙に生々しい年齢に、そばまで寄ってきていたリタが呆れたようにため息をついて肩をすくめた。

 傷ついた、俺様のガラスのハートが傷ついたと、年甲斐のないことを言っているレイヴンを覗き込んだリタは、

本当に心臓魔導器の調子が悪いのかしらと、わざとらしく首を傾げた。その言葉とは裏腹に、レイヴンに向ける視線と表情は冷たい。

「どうせ叩けばなおるでしょ。どうしても調子が悪いってんなら、あたしがなおしてあげる。遠慮しなくていいわよ」

「リタっち、視線がいたい。やめて、冗談だから。殴るのはやめて」

 胸元を両手でガードし、仁王立ちのリタから逃げるようにして後退していった。




 
*              *              *




湯上りの温かな手はオレの左足を離すと、まだ乾ききっていない髪を手櫛で梳く。

「少し濡れてる」

 十分に水分を飛ばしきれていないせいで、毛先が肩を濡らす。風呂から上がったばかりのレイヴンの髪も、同じように濡れていて、艶やかな光を帯びていた。

「乾くまで時間かかるんだよ」

 ふざけてじゃない限り、レイヴンが髪に触れてくることは珍しい。何事かと思っていると、そのまま下にさがってきて、首筋を辿っていく。

湯冷めした体には、まだ温かいレイヴンの手のひらが心地いい。

「ユーリって、白いね」

「あんまり焼けねぇんだ。あんたは黒い」

「これでも肉体労働一筋だからしょうがないだろ」

 紫色の羽織を脱いでいるので、普段よりも露出が多い。胸元や袖口から除く肌は浅黒く、見た目よりも鍛え上げられていることがうかがえる。

騎士団にギルド。体力勝負の肉体労働に従事しているだけのことはある。

「オレも肉体労働派のはずなのに、なぜだか上手く筋肉がつかないんだよな。おっさんが羨ましいよ」

「いやあ、青年はそのままでいいんじゃないの?」

 オレの筋肉のつき具合を確かめるように二の腕あたりを掴んだ浅黒い手は、昼間にオレを助けて、そしてこうやって手当てをしてくれるものだ。

掴みきれない距離感に困惑していると、控えめに名前を呼ばれる。返事をする前に、腕を握っていた手のひらにぐっと力が込められた。

「なんだよ」

「危ないと思ったら、すぐに呼んでくれよ」

何がとは聞かなかった。レイヴンが言いたかったことはすぐに分かったから。

顔だけはだらしなく笑って見せるのに、まっすぐにオレを見る目は真剣な色を宿していた。