ああ、終わったのかと、嬉しいんだかむなしいんだかわからない思いが、胸の中を占めていく。

俺の生き方を一八〇度変えるきっかけとなったことが、ある種のあっけなさをもって幕を閉じた。
 世界は変わった。
そうしなければ、自分たちが望む最善の形でこの世界を存亡させることができなかった。

それはもういやおうなく、俺たちが生活の基盤としていた物の多くを手放し、世界を生かすことを選択した。

これからは、便利な生活を捨て、自分の力で生きるということを切り開いていかなければいけなくなる。
 そして、言い換えるとするなら、世界は救われたんだ。
おとぎ話みたいな表現方法だけれど、たしかに世界は救われた。

一方的な破壊を押しつけられ、そして一方的に救われた。こうして、テルカ・リュミレースに生きるほとんどの人々が知らないうちに、

世界の危機と再生と変化が、避けようもない強制力の元におこなわれたのだ。
いままでは、考えるという余裕もなく突っ走ってきた道ではあるけど、冷静に考えれば少しおかしな話だった。
「疲れてるから、感傷的になってるのかね」
 はあとため息を一つついて、椅子の背もたれに体を預けた。

デュークを倒すまでの強行軍と、それからのお祭りムードの中で、向こう一年間くらいの体力を使いきった気がする。

そんな俺に引き替え、ほかのみんなは元気いっぱい忙しそうにしているわけだから、少しだけ寂しく思ってしまう。
仕事がないわけではないし、ハリーからもそろそろ戻ってこいとせっつかれてはいるが、

これがどうにもこれからのことに本格子を入れようという気分になれなかった。これが世にいう燃えつき症候群だろうか。
どんどんと椅子を滑り落ちていく体に力を入れて、姿勢を整えていると、ノックなしにドアが開いて同室のユーリが入ってきた。
「おかえりー。おそかったわね」
「ああ。外で捕まってたからな。カロル先生もまだ外でなんかやってたぞ」
「人気者はつらいねえ」
 俺の言葉に、ユーリは疲れたように笑うと、手にしていた剣を自分のベッドヘッドの側に立て掛けて、俺の向かいに腰掛けた。

三人部屋なのに、どうしてだか椅子が二つしかない不思議な部屋だ。
「そんなんじゃねえよ。フレンに捕まって、これからどうするんだって尋問を受けてたんだ」
 肩をすくめて皮肉げな笑みを浮かべたユーリからは、大げさな口振りほどの嫌そうな雰囲気を受けない。

むしろ、忙しくてなかなかゆっくりと時間がとれないフレンと話すことができて、楽しい時間を過ごしてきたんだろう。
こんなときくらい正直になればいいのに。
「そのわりには、顔は笑ってるみたいだけど」
「おっさんもフレンと向かい合って話せばわかるさ。オレは同年代の男の母親を持った覚えはない」
「そりゃあまた」
 テーブルに肘を突いて、手の甲に顎を乗せたユーリはおどけたように唇をとがらせた。

まるで出来の悪い子供が母親に叱責を受けるように、今後のことについて質問責めにされているユーリの姿を、簡単に想像することができる。
普段のふてぶてしいユーリが、フレンに押されてたじたじになっているところを想像すると、それだけで頬がにやけそうになった。
そんな俺を見咎めたユーリが、半眼で俺の名前を呼んだ。つくったようなわざとらしい低い声だ。
「いつまでも、人ごとだと思うなよ」
 急に向けられた矛先に、心当たりがあるような無いような。でもやっぱり心当たりがある気がするので、あまり深くは考えたくない。
にやにやとした表情で俺を見つめてくるユーリから視線をはずすと、彼の白い手がそれを追ってきた。顎を無理矢理捕まれて、ぐいっと視線を戻される。
俺を待っていたのは、悪戯の種を見つけたような、子供じみた笑顔のユーリだった。
「ハリーがなんかいってた?」
 降参の意を込めて自分から告白してみると、さらにユーリの微笑みが深くなる。なんだか、嫌な予感がする。
「それもあるが、フレンがな」
「フレン?」
 思ってもいなかった名前に首を傾げる。
背もたれに体を預けたユーリはオレも同じことをいわれたんだけどなと言って、眉をしかめた。
「待って、なんとなく想像できるから」
 ユーリがこれから言うであろうことを考えると、自然と頭を抱えたくなった。

どうしてだか、そのうち俺のところにまで水を向けにくるであろうフレンの、提案という名のお願いを簡単に思い描くことができるからだ。
向かいにいるユーリはそんな俺の様子に、姿勢を崩してあきらめろと言う代わりに、肩をすくめて見せた。
「いま、騎士団は決定的な人材不足だそうだ」
 ほら、きた。やっぱりそのネタか。
「元団長のアレクセイに、彼の取り巻きの親衛隊もいなくなった。その穴は大きい。だけど急な変化を強いられている今こそ、騎士団の力が必要とされる」
「フレンも同じようなことを言ってたな」
 ユーリは小さくうなずくと、窓の向こうに広がっている真っ暗な闇を睨みつけた。同じ闇色の瞳に、いったい何を映しているのだろうか。

俺が想像している通りの誘いを受けたとしたなら、ユーリなりにも考えるところあったはずだ。