昔は嬉しくて仕方がなかった誕生日も、いつの間にか数えるのをやめてしまった。

もう、それがどれくらい前のことかは思い出せない。時がたつにつれて、見知った顔は消えていき、私が生まれ育った小さな村も、村から街へ、街から都市へと姿を変えていった。

まだ私を知る人は残っているけれど、遠からずその人たちの時間も終わりを迎えるのだろう。
それを寂しいと思ったこともあるし、いまでも抑え切れなくて叫び声を上げたくなるときがある。

諦めと誤魔かしの間に潜む暗闇は、時が止まってしまった入れ物としての私の体をあざ笑って、いつか訪れる孤独の時を夢想させた。

いまは一人ではないけれど、いつの日かは必ず独りになってしまう、私の隣で笑う人を見るたびに、心のどこかでそう思わずにはいられなかった。

たぶん、最後の時まで変わらずに、私と時間を共有してくれるのはどこまでも広がる空だけだろう。
生涯の伴侶になるかもしれない頭上の空は今日も晴れ渡り、綿飴みたいな雲がゆっくりと風に流されていく。

私の天使聴覚は、風に乗ったイセリアの子どもたちの笑い声と聞き覚えのある足音を拾い、届けてくれた。

風に揺れる髪を手櫛で梳いて、遠い昔に一度だけ経験したことのある晩餐会でのダンスを思い出しながら軽やかにターンすると、はるか遠く後方に想像通りの人影があった。

あのときに踊ったダンスのステップはもう思い出せないけれど、私の手を引いてくれた人のことだけは、これから幾年の時をへても忘れることはできないのだと思う。

思い出すたびに心のどこかがジンジンと疼く、今日の空の色のように美しいスカイブルーの瞳を持つ彼のことを。
胸の疼きを押さえ込むようにどんどん近づいてくる影に大きく手を振る。それはまるで無邪気な頃の自分のようで、何処か少し可笑しく思えた。
「リフィルせんせー!」
声を張り上げてその名を呼ぶと、先生は私に答えるように小さく手を振ってくれる。リフィル先生と会うのは久しぶりのことだから、

待ちきれずに走り出すと先生も同じように走りだして、あっという間に私たちを隔てていた距離は縮まってしまった。
「リフィル先生、お久しぶりです」
少しだけ荒い呼吸を整えて挨拶をすると、優しい手のひらが私の頭を撫でた。それは、私が難しい数学の問題を解けたときとまったく変わらないもので、

リフィル先生はいつまでたっても先生なんだなあと、くすぐったくなる。
「何年ぶりかしら、元気そうで安心したわ」
「先生も元気そうで何よりです」
中途半端な形で天使化してしまった私とは違い、ハーフエルフという種族に与えられた長い生を生きる先生は、私が一番輝いていたかもしれない旅の頃よりも、

確実に時の流れを感じさせた。それはただ単に老けたというわけじゃなくて、流れた年月を美しさへと変えるという理想的なものだ。

それに比べて旅の頃からまったく変わらない自分自身の容姿を脳裏に描いて、相変わらず平たい胸を撫でると、自然と溜息が出た。
「溜息なんてついて、何かあったの?」
「な、何でもないです!そういえば、ジーニアスは一緒じゃないんですか?」
自分の胸が昔から変わらず控えめであることにショックを受けていたなんて言えるわけもなく、少々強引な気もしたけれど、

いつもリフィル先生と共にあるジーニアスの姿か見当たらないことに首を傾げて話題をそらした。
「ええ、もちろん一緒にきたのだけれど、家が留守だったから入れ違いにならないようにジーニアスに家で待ってもらって、近くにあなたとロイドがいないか探しにきたのよ」
「すいません、いい天気だから散歩に出かけてて」                        
「いいえ、前もって連絡していなかった私たちが悪かったわ。ところで、ロイドは一緒じゃないのかしら?」
「ロイドは…」
懐かしいリフィル先生との再会、和やかな会話、晴れわたった空に心地よい風。まるで絵に描いたような素敵な昼下がりのはずなのに、ひんやりとしたものが私の心臓を撫でた。

どれだけの時間を生きても、たった一つの名前が私を揺さぶる。もう人間とは違う生命体になったのだとしてもそれだけは変わらなかった。

もしかしたら、その名が私の心を揺さぶることだけが、私を私たらしめる最後のものになる日がくるのかもしれない。
「ロイドはちょうど出かけてるんです。あと一週間もしないうちに帰ってくると思うんですけど…」
リフィル先生が口を開こうとしたのを遮るようにその場でターンして先生に背を向けた。

その勢いで、私の黄金色の髪はふわりと風に舞い、ヒラヒラと頼りないもののように空中を揺れる。
「あっちの方にいってるんです」
ヒラヒラ、ヒラヒラと頼りない黄金色を左手でまとめようとしても上手くいかなくて悪戦苦闘しながら、空いている右手で、

いまはもう廃墟と遺跡らしいものの残骸しか残っていないであろうかつての救いの地を指差した。そこには、救いと呼ぶには似つかわしくないような事実と思い出しか残っていない。
私の目の前にはどこまでも広がる森と草原があるだけで、先生がどんな表情をしているかはわからなかったけれど、

よく聞こえすぎる耳には、先生が息を呑む音と小さく呟かれた謝罪の言葉が流れ込んできた。たぶん、ロイドが何をしにいったのか察しがついたのだろう。

そうだとしても、先生が何に対して謝ったのかよくわからなかった。
「そうだったの」
「いつからかもうよく覚えてないんですけど、いつの間にかロイドの習慣みたいになってて。毎年この時期はあの場所にいってるみたいなんです」

先生の小さな返事の中に、言葉にならない感情を見た気がした。

でも、それは私が勝手に感じ取っただけで、つまるところ私の中にある言葉にならないものを先生の微かな声の中に閉じ込めてしまっただけなのかもしれない。

変えられないものなのにあきらめきれなくて、変えられないことだからこそいつまでも鋭利な凶器として、それを共有する人たちを放さない。
私もロイドもリフィル先生もジーニアスもしいなもプレセアもリーガルも、みんなみんな忘れられなくて、忘れたくなくて、忘れてはいけないこと。

神子という人種の悲劇の象徴であり、彼が生きたという証。そして今でもロイドを捕らえて離さない、約束の地。

彼は、私の手を引いて煌びやかなホールでダンスを踊ったテセアラの神子は、その死をもって、平等に降り注ぐはずだった光を手中に収め永遠のものとしたのだ。
 
 
「ロイドは残酷なんです。この終わりなき命を共に生きてくれるのかと思えば、ただ純粋に百年の時を待ち続けるというんだもの。私じゃない人のことを待つために、私の傍に」
声が震えているのがわかった。でも、どれだけ抑えようとしたって、無理する分だけ奥からこみ上げてくる。
「コレット、辛いのならば…」
涙を流しているわけでもないのに、泣いている時みたいに喉がヒュッとなって息が詰まりそうになった。

もう、こうして喉を鳴らして息を詰めるくらいしか私には残されていないのだもの。こんなことで流れてしまうような涙は枯れ果ててしまったのだから。
「本当にママゴトみたいな生活なんですよ。私がお母さんで、ロイドがお父さん。

もうずっと昔にロイドとジーニアスと私で遊んでいたごっこ遊びに毛が生えただけの毎日。でも、信じられないくらいしあわせなんです。

百年は、百年だけなら彼は一緒にいてくれて、ごっこ遊びを続けてくれるから。ごっこ遊びはいつか終わってしまうけれど、その事実だけは…」
幸福と隣り合わせの痛み。死刑宣告の中に見出す希望。酷く矛盾していると自分でも思うけれど、彼の傍から離れることなんていまの私にはできないのだ。

離れてしまえば、私の弱い魂は叫び喚くほどに触れたいと、駄々っ子のように泣いてしまうのだろう。

そんな弱い私を漬け込ませてくれるような隙間をくれるロイドは優しいけど酷い、でも一番残酷なのはロイドを諦めきれない私自身なのかもしれない。










叫び喚くほどに触れたい







07・08・11