気がついた時には遅かったなんて、典型的過ぎて笑えない。だけど、眩しいばかりのそれから目が離せなかったわけよ。

メルトキオに屋敷を構えている貴族やテセアラの権力者にとってはゼロス・ワイルダーのもつ神子という地位が、

それはもう一等星のごとく光り輝いて見えていたようだ。だけど、そんなものと比べるのがおこがましいくらいに眩しくて美しいものが存在すると言うのに、

何故あのハイエナたちは気がつかないのだろうか。その愚かさを呪って一生嘆き続ければいい。

(だって、その光り輝くものは、神子という地位よりもこのゼロス・ワイルダーという個人を選んで掴み取ってくれたのだ。

あのときの喜びを、誰が理解することが出来ようか。もしも存在したとしてもそれは彼女だけだろう)



旅に加わったばかりの頃は人間関係の把握や状況を伺いやすいようにと、隊列のしんがりを勤めることが多かった。が、いまではそれは稀有なことになりつつある。

麗しのリフィルさまや俺の隣を元気よく歩いているロイドくんに頼まれない限りは、しんがりをリーガルのおっさんに明け渡して極力現在と同じ、

最近では俺さまの定位置になりつつある我らがリーダーの隣に陣取っていた。気がついたら自然とこうなっていたと言えばいいのか、

競争率の高い位置をもぎ取ったと言えばいいのか。だけれど、誰かに背後を明け渡すなんて、まったく自分らしくない。これだけじゃない、

この異世界からきた世界再生ご一行様の旅に付き合いだしてからと言うもの俺らしくないことばかりだ。

数え上げればきりがなくて、それがなんだかくすぐったような、もどかしいような気持ちが湧き上がってきて自然と頬が緩む。

この変化の原因である愛しきハニー(こうやって呼ぶと、痛い愛の一撃をお見舞いされる)は俺の変化にも、微笑みにも気がつく様子がない。

いかにもロイドくんらしいといえばそれまでなんだけれど、そんなところまで愛おしくてしょうがないと感じてしまう俺さまは、末期なんだろう、たぶん。

胸もないし、剣術をたしなんでいる体は柔らかくないし、いい匂いなんてしないし、頭つんつんだし、鈍感だし、馬鹿だし、偽善者で理想論者だし、

汚い世界なんて知らないような瞳で俺を見つめて笑いかけてくるし、簡単に人のこと信じちまうし、だけど今まで求めてやまなかったのに誰も与えてくれなかった

シンプルでいて難解な望みをかなえてくれたやつだ。

きらいできらいでたまらなくて、でもすきですきでしたかないところを指折り数えながら歩いていると、髪をくいと引っ張られて、歌うような柔らかい少女の声がした。

「ふふ、ゼロスはすごく仕合せそうだね」

この手のひらを滑り落ちてしまいそうなくらいの多大なる幸福を世界でただ一人共有できるであろう少女が、

手加減なしに俺の深紅の髪を引っ張りながら微笑みかけてくる。そのおっとりとした喋り方と、心安らぐような微笑を天使の微笑みとでも呼べそうだが、

誰も疑うことない仮面の下に天使と呼ぶには相応しくない酷く人間じみた感情を隠し持っていることを俺は知っている。無垢だなんて笑わせる。

こんなに闘争心剥き出しの女性を天使だなんて本当にお笑い種だ。もう立派でしたたかな女性という愛すべき生き物じゃないか。

「そりゃー、こんな美人ばっかりに囲まれてれば、俺さまそれだけで仕合せよ。テセアラだけじゃなくって、

月に住んでるはずのシルヴァラント美人にもお近づきになれるなんてな、人生なにがあるかわかんないねぇ」

月に住んでるはずの愛しい人に会えるなんて、ほんとう権力に翻弄されてきた望まぬ生にも意味があったってもんだ。声に出さぬように心の中でそう続けると、

か細くありながら良く通る声が心底楽しそうな笑い声を紡ぎ、白々しい笑顔とそれとは正反対の射抜くような瞳が瞬くことなく俺を見つめる。

「もちろん、シルヴァラント美人の代表はコレットちゃんだぜ」

いつもの軽薄で下品な笑いを上っ面に貼り付けて返すと、いままでの俺たちの会話を我関せずと地図を見ていたロイドくんが呆れたように溜息をついて

コレットちゃんを振り返った。 

「コレット、わかってるとはおもうけどこいつは女と見れば声かけまくってるんだから、騙されるなよ」

ロイドくんの発言に便乗するように、前を歩いていたリフィルさまが「情操教育に悪いから、ゼロスの発言は聞き流したほうがいいわ」なんて

冷たいことを言ってくれちゃっている。他の面子もその通りとばかりに首を縦に振っていた。

テセアラ中探したって、神子である俺さまがこんな杜撰な扱いを受けるのは、このメンバーといる時だけだろう。

まあ、俺さまのひっろーい心にかかればこれくらいの扱いなんて笑って水に流せるさ。

だいたいこんな獣じみた目をしている女の子に向かって情操教育もなにもないでしょ。騙されているのは自分たちだって気づいてないわけね。

わざわざ暴露するほど空気が読めない人間じゃあないから黙っておくけど、恋する乙女を甘く見ているね、皆さん。

「コレットちゃーん、みんなが酷いこと言うよー」

迫真の演技で泣きまねをして、よよよとコレットちゃんにしな垂れかかる。すると、俺よりも身長の低い少女は必要以上の優しさと慈愛を込めて、

モンスターと戦闘を重ねているとは思えない細い腕の中に俺さまを受け入れて抱きこんだ。

まさか抱きしめられるなんて思ってもみなかったので、びくりと肩を揺らしてしまう。俺の驚きと戸惑いを直に感じ取ったコレットちゃんは微かに笑った。

衰退世界の神子の腕の中は、荒廃した世界が感じさせる冷たさや絶望からは程遠い温もりと穏やかさを持ち合わせていて、

その温度はロイドのそれとよく似ているように感じた。テセアラの誰よりも温かいと感じたものにそっくりだったのだ。

「コ、コレットちゃん…?」

なかなか開放してもらえないので、少し抵抗するように身じろぎすると、年相応のだけれど貴族の娘なんかよりも荒れた小さな手にひらが緩やかに

俺の髪を梳くように撫ぜていく。呆然としながらももがく俺を抱きこむ、普通の一般規格の女の子よりも力強い腕は、

やはり外見と相反して戦闘の中に身をおく彼女を感じさせた。

「おい、コレット…?」

ロイドくんは俺が笑われていた時の呆れ顔を何処かに忘れてきてしまったように目を点にして、抱き合っているというよりは一方的に抱きしめられている俺と、

抱きしめているコレットちゃんを見ていた。ハニー、俺さまもなにがなんだかわからないよ。

目の前にはコレットちゃんの白い首筋があって、耳元では静かな呼吸音が繰り返されていた。男と女の性的な意味合いを持った抱擁とは違う、

幻想の中で語られる親から子への愛情表現のようで息を呑んだ。すると、不意に俺の頭を撫でていた指が髪を掴んで、遠慮なしにぐいぐいと引っ張られる。

いままで置き場に困っていた両手で小さな肩を掴み押し返そうとしても、リーガルの旦那を何のためらいもなく持ち上げることができた怪力に敵うはずもなく、

自慢の髪の毛が抜ける嫌な音がした。

「ゼロスは本当に仕合せそう、私が手にしていた仕合せはそんなにも心地いいのかな?」

息が止まるかと思った。どうしていいかわからず応えられずにいると、髪を引っ張っていた力が緩んで、もう一度だけ優しく頭を撫ぜられる。

ゆっくりと目を閉じて、開くころには、どれだけ抵抗しても外れなかった細い腕から開放されて、妙にイライラさせられるような可愛らしい笑い声が響いていた。

「ごめんね、美人なんてほめられたのがうれしくてつい」

コレットは先ほどと寸分たがわぬような穏やかな口調と、心安らぐような微笑を天使の微笑みを浮かべ、俺に見せた敵意を綺麗に隠してしまった。

あの敵意をこの中の誰に説明しても、理解してもらうことは出来ないだろう。

休憩を挟まずに歩き続けたせいなのか喉がカラカラに乾いて、口の中のくっ付いてしまうのではないかと思えた。

体の要求に応じて乾いた喉を潤そうと唾液を嚥下すると、必要以上に喉がなる。

恐怖に似た何かを誤魔化すために自然と呆然とした表情を浮かべたままのロイドくんを探して、深く息を吸い込んだ。

「そーんなに心配しなくても、俺さまはロイドくん一筋よ」

いつもの俺さまらしくふざけた声を上げて(口にした言葉は本心さ、ロイドくん)丁度いい位置にあるロイドくんの首に後ろから腕を回し、抱きついた。

重いだとか、暑いだとか、離れろだとかいういつも通りの反応を無視してぎゅっと腕に力を込めると、溜息を一つついてもがいていた体を俺さまの腕に預けてくれた。

間違いなく腕の中の温かさは、先ほどまで俺をいだいていた少女のものと同じだ。

なんだかたまらなくなって、小さく名前を呼ぶと、真っ赤な手袋に包まれた手のひらが、同じ紅い髪を梳いていく。それだけで喉の渇きが癒されていくような気さえした。

「ゼロス、どうしたんだ?」

俺様の熱い抱擁を拒んでいたときとは違う穏やかな声色が、耳を優しく撫でていく。

「ハニーはかわいいなあと思って」

「阿呆か」

口ではいつものような冷めた受け答えをするのに、俺の腕を振り払うとなく前線で双剣を扱う剣士としては細身の体は、絶えず温もりを与えてくれていた。

「気持ちよすぎて死んじゃそうだよ、コレットちゃん…」

じゃあ死んでよ、と彼女が言った気がした。だって、俺が彼女と同じ立場なら、そう思ったはずだから。










コレット大好きですよ。