剣を振る姿は勇ましい。
勉強が手につかず、リフィルさまに怒られている姿はほほ笑ましい。
訂正することも投げ出したくなるような迷言を発している姿は、かわいいと言えなくもない。
そして、誰もが願いながら、言葉にする前にあきらめてしまうような理想を語る姿は、凛々しく愛おしい。
一瞬で魅入られるような美しさではない、たぶんそれはあまりに真っ直ぐな掛け値なしの情熱と優しさ、内面の美しさから引き出される魅力なのだろう。

誰もが欲しいと願いながら手に入れられないものを、いとも容易く差し出してくれる力強い腕に、彼というものを知れば知るほどひかれていく。

逃げ道をふさぐように積み重なっていく好きという感情は、いままでのどんな恋愛よりも厄介で、思うようにいかない。

でも、一番厄介なのは、どれだけ時間を経ても諦めるという選択肢をみいだせない俺自身だろう。
「ため息なんてついてどうしたんですか?」
「いやね、こうもかたっくるしいのは久しぶりだから、面倒だなあって思って」
ため息の理由を誤魔化して肩をすくめると、旅に出る前より伸びた髪を結っていたメイドが小さく笑った。

いつもは後ろに流しているだけだの長髪が、みるみるうちにゆるい三つ編みへと姿を変えていく。
パーティー用にこの髪型にするのも久しぶりだったし、パーティー自体への参加も本当に久しぶりだ。

自分から進んで参加したいと思うものでもなかったし、いろいろあって忙しかったから足も遠のいていていたのに、

ちょうどエクスフィア回収の情報収集のためにとメルトキオに寄ったタイミングが悪かった。

セバスチャンに渡された招待状は名前も覚えていないような貴族の誕生日を祝うダンスパーティーのお知らせで、

書面にはどうか神子さまもご参加くださいと、手を変え品を変えしつこく書き綴ってあった。

俺としては断るつもりだったのに、何を勘違いしたのかロイドがお前も友達の誕生日くらいは祝ってやらないと駄目だぞ、

とかいう一八〇度勘違いでしかない気を使ったことにより、パーティーに出席することとメルトキオに滞在することが決まってしまったのだ。
「先ほど、ハニーさまも同じようなことをおっしゃってましたよ」
「出席するように勧めたロイドくんが一緒に来ないなんてずるいだろ」
俺の出席を無理やり決めた本人は、自分の趣味である細工物を作るつもりだったらしいが、そうは問屋がおろさない。

俺が行くなら、俺のハニーたるロイドくんが出席するのも当然じゃないか。

ロイドは嫌そうな顔をしていたが、強制的にメイドに引き渡したので、隣の部屋で着替えさせられているはずだ。
「なんだか、ライラったら前からやってみたいコーディネートがあったんですって、張り切ってましたよ」
「本当か?ライラはなかなかチャレンジャーだから、変なことされてないといいんだけど」
ライラは逃げようとするロイドの肩を掴むと、嫌だという声も聞かずに任せてくださいハニーさま!といいながら、ロイドを部屋へと引きずりこんでいった。

俺よりも早くに準備を始めたはずなのに、一向に部屋から出てこないところを見ると、着せ替え人形みたいにして遊ばれているのかもしれない。

一応、昔作らせた衣装はそのままにしてあった筈だけど、順調に成長しているロイドにはサイズが合わなくなっている可能性もある。
「ゼロスさま、いかがでしょうか」
髪型を整え終わり、渡された手鏡で確認する。長く伸びた髪は後ろで綺麗に結われ、まとめられていたので問題はない。
「完璧。ありがとな」
「いえ、ゼロスさまに喜んで頂けて嬉しいですわ。お約束の時間まで余裕がありますが、どうします?」
時計を確認すると、屋敷を出るまでにあと三十分。本を読むにも、少し出かけるのにも微妙だ。どうするか迷っていると、ノックの音が聞こえてきた。

入っていいと伝えると、控えめな返事とともにライラとライラに引っ張られているロイドが入ってきた。
「ゼロスさま、完璧です。私の目に狂いはありませんでした!」
ライラは小さくガッツポーズをすると、パーティーに行く前から疲れ果てているロイドの背中をぐいっと押して、俺たちの目の前に立たせた。
「なんか、変な感じだ」
「変だなんて!素敵ですよハニーさま」
ライラはもちろんのこと、部屋の後片付けをしていたメイドも力いっぱい頷いて、俺にまで同意を求めてくる。
三人からの期待に満ちた視線に、妙な緊張感が走る。俺の専属デザイナーが新しく設えなおした礼服は、

テセアラ王室から贈られたものと同じで白を基調として、普段は赤ばかり身にまとっているロイドを見ているせいか、新鮮だ。

それよりも何よりも、重力に従い下に流れている髪型が新鮮すぎる。

風呂上り以外にみたことないからなのか、印象まで変わって見えるんだけど。

いつもよりも幼いっていうかかわいいっていうか、こう、やっぱり元は悪くないんだなと思わせるような何かがある。
「ゼロス、いま失礼なこと考えただろ」
「え、そんなわけないでしょ!あんまりにもハニーが素敵になって出てきたから吃驚しただけ!」
不慣れなヘアスタイルに、髪の毛ばかりを触ってライラに怒られているロイドを尻目に、ダンスパーティーのことを考えて小さくため息をついた。
だって、人っていうのは内面的な魅力に惹かれるものだけど、やっぱり外見的な魅力にも弱いものなんだ。
 
 
俺さまが言うのもなんだけど女というのは現金な生き物だ。

いつもはロイドくんのことなんて見向きもしないのに、今日に限ってはゼロスさまのお連れの方、素敵ですわねなんて、何回言われたことやら。
久しぶりの社交の場で付き合いもあるから、四六時中ロイドに引っ付いているわけにもいかない。

遠目で確認できる範囲では何回かダンスに誘われているらしい。が、残念ながらロイドくんは女性をエスコートできるほどの技術はないんだぜ。

できることといったら、俺が無理やり教えた女性パートのワルツくらいのもんだ(しかも、いまは覚えているかも定かではないし、何回も足を踏まれた。

あれは人前で披露できるレベルじゃない)。
もう神子というものに意味はなくなりつつあるというのに、その名に意味がなくなれば、次はワイルダー家と懇意にしたいという下心がみえるやつらばかりだ。

そんなやつらの相手をすることは、ロイドに数学を教えることよりも無意味でつまらない。

なのに、どこからともなく現れて、たいして価値があるとも思えないような話で俺の貴重な時間を消費していくのだ。
「ゼロスさま、お加減でも悪いのですか?」
「え、ああ。久しぶりのパーティーなので、人に酔ったのかもしれません。お話の途中で申し訳ないのですが、少し静かなところで休んできます」
正直に、あんたのつまらない話に辟易してたところだよなんていう訳にもいかず、愛想笑いを添えて返事も聞かずに背を向け、足早に二階の室内テラスへと向かう。

途中ロイドを探したが、一人でバイキング制覇をしているのか、誰かと話しているのか、その姿を見つけることはできなかった。
パーティー会場の最奥にある階段を上っていくと、一階の会場を一望できる室内テラスがある。

ここは基本的には、気分が悪くなったり、疲れたが客が訪れるくらいなので、ホールの喧騒を感じさせないくらいに閑散としていて静かだ。
ホールから一番遠いテーブルを選んで腰を下ろすと、どっと体が重くなったような気がして、自然とため息が出た。

首元を締め付けるタイを外して、シャツのボタンを一つだけ外す。一度座ってしまうと、もう一度ホールに戻るのが億劫になってくるから、疲れているのは嘘じゃない。

このまま途中退場しようにも、こんな場所にロイドを放置しておけるわけがない。
「はあ、面倒だ」
自然に口から出た言葉を追うように、コツコツという靴音が聞こえてくる。おめでたい席には相応しくない小言を聞かれたかもしれない。

せめて身だしなみだけでも整えるために外していたタイを結びなおして姿勢を正すと、階段を上ってきたのは見知った姿だった。
「ゼロス、こんなところにいたのか」
新しく設えなおした礼服は年相応のデザインなはずなのに、着ている人物のせいなのか、普段は立てている髪を下ろして、

さらに前髪を作ったことで幼く見えるせいなのか、七五三のような印象を受ける。ロイドくんにこんなこと言ったら怒られそうだ。
「そういうハニーこそどこにいたのよ、俺さまかなり探したんだけど」
「会場広いからすれ違わなかったのか?前回のダンスパーティーはコレットとかしいなとかリーガルがいたからよかったけど、

今日は知らない女の人に声かけられるか、ゼロスはどこにいるかって聞かれてばっかりだから疲れた」
だから出席したくないって言ったのに。言い出すと聞かない本人にぼやいたって仕方がないから、心の中で小さく呟いた。
俺の隣に座って、テーブルの上で組んだ腕に顔を伏せて足をブラブラさせているロイドはいつも通りのロイドなのに、

ライラの気合の入ったコーディネートでいつも以上に人の目を引くようになってしまった。とくにヘアスタイルのせいなんだろうか。

よくよく見てみれば、ロイドの父親であるあいつに似ていなくもない。
「なんだよゼロス、顔になんかついてるか?」
「そういうわけじゃないけど、なんか」
「なんか?」
俺の気持ちなんて知らずに首をかしげているロイドを一瞥すると、一人だけ心乱されている自分に小さくため息をついて、

綺麗にセットされた鳶色の髪をグシャグシャとかき乱してやった。

うわっと驚いたような声を上げているのもお構いなしに、ライラの努力の賜物であるヘアスタイルを崩していく。
「おい、やめろって。なんなんだよいったい!」
「あーもう、ロイドくんが俺さまよりもてるのは、なんかむかつくの!!」
「はあ、もててねぇよ。それって嫌味か。ここにきて何度、ゼロスはどこにいるかって聞かれたと思ってんだよ」
「それでもだ。その余裕がさらにむかつくぜ」
「勝手に言ってろ。疲れたし帰りたいな」
ロイドは乱れた髪を手櫛で整えながら、一階を眺めている。

その表情は言外につまんないと言っているようなもので、疲れたというよりも飽きたというほうが正しいのだろう。
「さっきから何度もお誘いを受けてるんだ、ホールの方で踊ってこいよ」
結びなおしたタイをまた外しながら言うと、ロイドはんーという気のない返事をしながら、タイを外しだした。
「お前、俺が踊れないの知ってるだろ」
「何いってんだよ、この間教えてやっただろ」
「あれは、女が踊る方だろ!しかもお前に無理やり教えられただけだし」
外したタイを俺の方へと投げやり、テーブルの下では勢いよく足を踏みつけてくる。革靴で勢いよく踏まれると、なかなか痛い。

だけど、ロイドがどれだけ誘われても、その誘いを受ける気がないことに、少しだけ安心した。
俺もロイドも暇をもてあましているというのなら、そこまで重要でもないパーティーだ、適当に理由でもつけてそろそろおいとましてもいいころだろう。

この双方が幸せになれる提案をするために、真面目くさった声でロイドの名前を呼んだ。
まあ、あれだ。ごめんねロイドくん、素直になれない俺を許して。

 










リクエストありがとうございました!
晩餐会で、髪を違う風にセットされたロイドを見て独占欲からいつもの髪に直すゼロスです。
後半が満たせていない気がします。ごめんなさい。

09・2・7