目がチカチカするようなイルミネーションにもいつの間にかなれたし、電子音が氾濫状態にあることにもなれた、というか慣らされた。

だけれど、どうにもこうにも椅子に座っているだけのこの状況は退屈で仕方がない。ただでさえ飽きっぽいとみんなから言われるのに、

これじゃあ俺でなくても確実に退屈をもてあますに決まっている。リフィル先生あたりならこのカジノについての仕組みとか経営方法で

一ヶ月くらいはゆうに研究できそうだけど、俺には無理だ。専門外のうえに興味をそそられない。こんなことならやりかけの細工物でも持ってこればよかった。

真っ黒で、俺の顔が映るんじゃないかってくらい磨きこまれているテーブルの上に突っ伏すと、頬がヒンヤリとして気持ちいい。

このままだと眠っちまいそうだとか思いながら頬を押し付けていると、今まで静かだったスロットのほうから騒がしい女の人のと思わしき声が聞こえてきた。

カジノ自体が社交場と言われるだけあって、喧騒を持ち合わせているから気にはしないけれど、女の人たちの会話の端々に神子様という言葉が

含まれているみたいなので聞き逃すことはできない。俺の知っている神子は二人いて、その片方の神子らしくない方の神子がスロットの前で

チップ稼ぎに勤しんでいたはずだから、高確率で俺の知っている神子様のことだろう。

「こんなところで神子様にお会いできるなんて思ってもいませんでしたから、嬉しいですわ」

「神子様、今夜はお一人ですの?」

「あら、抜け駆けはいけませんわ、今夜は私と」

次々と繰り出される(会話の中心にいる神子様曰く)誘い文句に対して、三人の意中の相手は普段よりノリが悪く上手く断りきれてないらしい。

いまごろ三人を引き連れて、アルタミラの夜を豪遊とか言い出してもおかしくないイメージがあるのに。まあ、ここら辺で声をかけてやるべきだろう。

「おい、ゼロス!!」

テーブルから顔を上げて呼びかけると、女の人に囲まれている見慣れたピンク色の背中がピクリと揺れて、すぐに俺のほうを振りかえった。

そのときにぶつかったスカイブルーの瞳は、まるで迷子になって途方にくれた犬みたいでおかしかった。

もう一度だけ名前を呼ぶとゼロスは小さく頷いて、何事かを女性たちに言い残し早足で俺の元に向かってくる。

「いやぁ、助かったよロイドくん」

俺の向かいにどっしり腰を下ろすと、テーブルの上にあったオレンジジュースを一気に飲み干した。

そのときに、首にかけられた二つのラビットシンボルが大げさなくらい揺れて、首からかけさせたのは少し酷だったかなと反省してしまう。

なんていうか、心底にあってない。

「それ、俺のなんだけど…」

ゼロスの手の中にある空になってしまったグラスを恨めしそうに見ると、まったく悪いと思ってなさそうな軽さで謝られた。

まだそんなに口をつけていなかったので諦めきれないでいると、ゼロスが銀のトレイを持って歩いていたバニーガールを呼び止めて、

オレンジジュースと紅茶を頼んでくれた。二つはすぐに目の前に運ばれてきた。

「ありがと」

「どういたしまして」

「お酒じゃなくていいのか?」

さっそく紅茶に口をつけていたゼロスにきくと、「ロイドくんといっしょだからね」と返された。

「今日のゼロスお兄さんは、未成年のロイド・アーヴィングくんの引率者ですからね、アルコールは避けようと思いまして」

「なんだよ、ゼロスお兄さんって」

「退屈でしょうがないって顔に書いてあるロイドくんの引率者です」

退屈だと思っていたことがばれていたことに驚いて頬に手を当てると、ゼロスが何かに耐えるようにテーブルに突っ伏してしまう。

「おい、ちょっとどうしたんだよ」

「なんでもない、な、なんでもないですから。ちなみにね、顔に書いてあるっていうのは比喩だから、間違っても本気にしないように」

なんでもないとか言いながら、必死に笑いをこらえているのが空気だけで伝わってきた。しかも声が震えているのに、白々しいことこのうえない。

俺だってその表現が比喩だってことぐらいわかってるっつーの!

「首からラビットシンボルかけてるゼロスにだけは、笑われたくない」

「えー、その言い草はないんでないの?ハニーがかけろっていうから、そうしたのにさぁ」

「なくさないように首からかけさせてみたんだよ。でも面白いから、もう少しそのままでいいと思うぞ」

首にぶら下がっているラビットシンボルは、親父にカスタマイズでつくってもらった物なので、大切にするに越したことはない。

一般的な幸運のお守りらしいので、ホテルを出るときにリフィル先生に装備できるだけといって二つも渡されたのだ。

「で、いつもならもっと上手くかわすのに、何をてこずってたんだよ」

胸元のラビットシンボルをいじっていたゼロスが、スロットの前に女性陣がいないことを確認してから、疲れたようにため息をついた。

いつもなら女の子に声をかけられて嬉しそうにしてるはずなのに、リアクションが違いすぎる。

「いやね、ふつうは嬉しいんですけどね、今日はロイドくんの引率者だし、せっかく二人でカジノだしデートだし、らぶらぶしたいじゃん」

「いや、まったく。だいたいデートじゃねぇよ。しかもらぶらぶってなんだ、新種のモンスターか」

「ごめんなさい、ハニー。腰のものを抜くのだけは勘弁してください。デートじゃなくてリフィル様の命令でチップを稼ぎにきただけです、まじごめんなさい」

「ふーん」

ゼロスの頼みどおり剣の柄から手をはなすと、ほっとしたように肩をおろして話を続ける。

「えーと、まあそんな純情な下心があったりしたんだけど、それ以上にですね、ちょっとしつこいのなんのってこのあとホテルまで付きまとわれそうな勢いだったから、

どうやって断ろうか困っていたわけですよ」

一気にしゃべり終えると、ゼロスはキョロキョロとあたりを見回した。俺もつられて視線を向けてみるが、どれが話に出てきた女の人なのかは分からない。

「まだいるのか?」

試しに聞いてみると、忙しなく泳いでいた視線が俺に固定されてかぶりを振る。それに従って赤い髪がふわふわと揺れた。

ゼロス自身が自信満々にもてると言い切るだけあって、悔しいことこのうえないけれど男の俺から見ても格好いいと思う。

だからああやって女の人に囲まれるのはしょうがないよなあ。

「ぱっとみ見当たらないから、劇場のほうにでも移動したのかも」

「俺は一人で帰るから、さっきの人たちと遊んできてもいいんだぞ」

氷が解けはじめたオレンジジュースをストローで飲みながら提案してみると、へらへらと笑っていたゼロスが一転して焦ったように詰め寄ってきた。

「なにそれ。ハニーは俺様が浮気してもいいんですか!?」

「はぁ。浮気ってなんだよ」

こいつは普段から俺のことをハニーとか呼んだり、二人で出かけるのをデートって言ってみたり、果てには浮気とまで言い出すか…。

女の子に嬉しそうに声かけながらなに言ってんだ。だいたい、俺は男なんだと何回言えば分かる。

「俺様はロイドと二人がいいのに、ロイドは俺様がいなくてもいいんですか、そーなんですか」

「別にそういうわけじゃないし、俺もお前と一緒の方が楽しいけど、おまえは女の子と遊ぶの好きだろ?だから行ってきてもいいんだって言いたいの」

「まじで!?俺様もね、ロイドくんと二人がいいから、今日はこのままでいいの!分かった?」

「あー、はいはい」

「なんだよ、そのどうでもいいですー、みたいな返事は」

「そんなことねぇよ」

落ち込んだり喜んだり感情表現の豊かなやつだよ、まったく。まあ、俺もこのまま帰るよりは、ここでゼロスと話してた方が楽しいからいいんだけど。

あの女の人たちには悪いけど、今日のところは諦めてもらうことにしよう。

「先生が指定した門限まであと二時間くらいあるけど、どうする?」

「まだ目標達成してないから、もうひと頑張りしてくることにする。ちなみに、ロイドくんは何チップで景品交換できるの?」

「俺は景品じゃない」

「それは、残念。じゃあスリーセブン当てたら、いま作ってる細工物を俺に頂戴」

いま作ってる細工物といえば、ここに持ってこなかったことを後悔していたあれのことだろうか。そうだというなら、スリーセブンもチップも関係ないし、

細工物くらいそんなことしなくても作ってやるのに。

「チップも何も、もともとお前にあげるつもりのものだから、関係ないだろ」

「えっ」

「前から何か作ってほしいっていってただろ、約束だしな」

「うん」

なにやら一人で何度も頷いているゼロスを怪訝な目で見ると、嬉しそうな声が俺の名前を呼んで、グローブに包まれた手に両肩を掴まれた。

「なんだよ」

「俺様、ハニーのためにがんばってきます!」

またスロットの前へと戻っていくゼロスの背中を見送りながら、何故だかいま作っている細工物が頭の中を占めていく。

まだ大筋を決めただけで、細かい装飾までは手が回っていない。どうせならば派手やかなゼロスを引き立てるようなものを作りたい。

でも、派手すぎず彼の華やかさに食われることなく自己主張できるもの。いろんな図案が浮かんでは消えていき、今の俺にとって退屈は縁遠いものとなった。










ロイドくんは無意識でゼロスを喜ばすこといいそうです。
二人ともお互いのことが大好き。

07・6・10