なんでこんな話になったんだっけ。思考という役目を放棄した頭を必死に回転させる。
少し前までは八人という大所帯で旅をしていた。でも、この終わりが見えない旅は、目の前にいるゼロスとの二人旅。

食事当番だって、二人で回したり、一緒に作ったりしてきた。
いつも通りくだらないことや、街で手に入れた話、これからの指針を話しながら夕食(今日はハンバーグを二人で作った)を終えて、ゆっくりしていたはずだった。

本当に普通の、天気の話とか一昨日までいた街の話とか、それこそさっき食ったハンバーグのことをいつまでも子ども舌だなって言われたり、

いつもメロン入れようとするお前に言われたくないって言い返したり、普段と同じ感じで話していたくらいだ。
 放り込んだ薪が、はぜるような音を立てて炎の中に飲み込まれていく。真っ黒なだけの影さえも崩れて、炭になる。
 いままでの騒がしさが嘘みたいに、静かだ。二人しかいないのに、二人とも黙り込んでしまえば静かにもなる。

でも、俺もゼロスも、見つめあうだけで何も話さなかったし、話せなかった。

視線はあっているのに、目の前の男が何を考えているかはまったくといっていいほどわからなくて、俺の頭の中だけが処理しきれない情報で埋まっていく。
 アイスブルーの瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていることに耐え切れなくなって、視線を逸らして、意味もなく薪を炎の中に放り込む。
 なんてことはない、簡単な話だ。
 ゼロスは、俺のことを好きだという。
 言葉にしてしまえばたったこれだけですむ。頭の中で考えれば、たったこれだけですむはずなのに、現実になるとそれだけでは許されなくなる。
「俺は……」
 静寂を破った俺の声が、場違いみたいに上滑りしていく。迷わせた視線が、ゼロスの白い手のひらを捉えた。
 俺とゼロスは親友みたいなものだ。親友と言葉にすれば少しだけこそばゆい。あとは悪友。好きかと聞かれれば、もちろん好きだ。

だから、すぐに当たり前だろ、俺も好きだよと答えた。
 だが、違うらしい。
 俺とゼロスが考えているものは、根本的に違うらしい。
「俺は、ゼロスのことが好きだ」
 でも、その根本的に違うという気持ちに、俺はどう答えればいい?
 問いかけたって、誰も答えはくれない。だいたい考えたことなかった。

いつもとなりにいた悪友兼親友は、気づいたら隣にいて、気づいたら一緒に旅することになっていた。

もちろん、俺はそれを嫌だと思ったことはなかったし、むしろ心地いいとさえ感じていた。だから、その当然だった部分に、いまさら揺さぶりをかけられて、わからなくなる。
「俺はロイドのことが好きだよ」
 同じことを伝えようとしているはずなのに、平行線みたいに交わらないで、反響して消えていく。込められた想いの種類が、反発しあうみたいでむなしいだけだ。
 ゼロスは俺のことを愛だとか恋だとか、そういうふうに好きだという。それになんて答えればいいのか、俺はわからない。

いや、正解なんてないわけだから、俺の思ったままを返せばいいはずなのに、思考を放棄してしまった頭は、それを許してはくれない。
頭の中はこんなにも饒舌なのに、俺にできることといえば馬鹿みたいに名前を呼ぶことだけだ。
「ゼロス」
「うん」
 答える声は優しい。俺だけが、子どもみたいにうろたえている。
どうしたらいい?
 いや、俺はどうしたい?
 手を伸ばせば届く位置にいる男が、酷く遠く見える。ゆっくりと深呼吸して、口を開こうとしたとき、名前を呼ばれた。
「ロイド」
 躊躇いのあと視線を合わせる。優しい声とは裏腹に、悲しそうな笑顔。ああ、泣くかもしれないと思った。
「ごめんね、ロイド」
「なんで、謝るんだよ」
「ごめんね」
 謝罪の言葉が欲しいわけじゃないし、むしろ謝らなきゃいけないのは俺のほうなんじゃないのか。

静かな笑顔を見てそう思った。でも、俺の質問は謝罪という拒絶が帰ってきただけだ。
「今日は、寝よう。明日も早いだろ」
「ゼロス」
 呼び止めた背中は、おやすみとだけ残して俺に背を向けた。
唐突に始まった告白は、唐突に終わりを告げて、この場に残された俺だけが、答えも出せないまま放り出されてしまう。

 振り向いてくれるんじゃないかと期待してもう一度呼んだ名は、むなしい響きを残しただけで、消えてしまった。
 一人で泣くんだろうか。いや、そんなわけない。でも、あの悲しそうな笑顔から泣き顔ばかりを連想してしまう。
 いっそ泣いてくれたなら、俺はゼロスの名前を呼びながら、あいつの背中を撫でて、慰めたりできるのに。

いや、ゼロスが俺に求めているのは、そんな形のものじゃないのか。