ホントさあ、馬鹿みたいだって思わない?

見ててじれったいを通り越して、イライラするんだよね。

あれでお互い気づいてないなんて、鈍感なんだか馬鹿なんだか阿呆なんだか、たぶん全部だと思うけど。

回りはみんな気づいてるうえに、呆れ返ってるよ。そうに決まってる。



アルタミラのホテルで一泊して、レストランで朝食を取りながら一日の計画を立てていたはずなのに、はずだったのに、

いったいどこでこんな流れになったのか。ボクはため息を押し殺して、冷めつつあるトーストを胃の中へと押し込んだ。
「だから何回言ったらわかるんだよ。ゼロスには前衛として戦ってほしいんだ!」

「ロイドくんのお望みどおり、前衛として戦ってるつもりだけど?」

決めていたのは今日の前線メンバーだった。選ばれたのはロイドとゼロスとボクと姉さんだ。

見てわかるように、ロイドとゼロスが主戦力の前衛で、僕と姉さんが補助系の後衛。

いつも通りメンバーも決まってさあ行くか、というところでロイドの一言が流れを変えてしまったのだ。
「最近思うんだけど、ゼロスって戦闘中に後ろに下がりすぎじゃないか?

回復してもらえるのは助かるけど、リフィル先生がいるからこと足りてるし、そんなに回復にまわらなくていいと思うんだけど」

この一言を聞いたとき当事者であったロイドとゼロス以外は頭を抱えたことだろう、なぜならボクもそうだったからだ。

当事者であったロイドは単純に戦闘時に後ろに下がりすぎているゼロスに対して、注意をしたかっただけなんだろう。

でも、ゼロスは魔法剣士で前衛も後衛もこなすことができる中距離型だから、さがりすぎていることを一概に悪いとは言えなかった。

これには、理論上はっていう前置きが付くんだけどね。

なぜなら、普段の戦闘を見ていれば、ロイドの言っていることが正論だって分かるからだ。

剣技で戦うよりも魔術を使っていることが多い。

ロイドは本能で戦っている部分もあるから、たまに冷や冷やするような戦い方をしたり、敵に突っ込んでいったりすることがある。

ゼロスはそれをカバーするように魔術を使ったり、治癒術を使ったりすることが多いのだ。

前衛として戦って欲しいロイドにとしては、あの流れを変えるような発言にいたってしまったのだろう。

でも、ゼロスが必死にロイドをサポートしようとしてしまう気持ちも分からないでもない。

それがこのアホ神子のどういった心情変化が起因しているのかを深く突っ込むつもりはないけど、

そうしてしまうのも仕方ないのかもしれないと、当事者の二人以外は思っていた。

たぶん、それはボクを含めた誰もが、ロイドに対して手を差し伸べられた経験があるからなのかもしれない。

手を差し伸べられたなんていうと仰々しくて、何事かと思ってしまうかもしれないけど、

確かにそれはその仰々しさに勝るとも劣らないような変化をボクたちにもたらしてくれた。

それが、ロイドにとって当たり前で、どんな些細なことであったとしてもだ。

だから、このアホ神子も、ボクたちと同じようにロイドによって変えられてしまったんだろう。

それを言葉に出したりだとかすることはないけど、助けたいとか怪我して欲しくないだとかいう気持ちが態度に出た結果があれなんだろう。

「こっちはおまえと連携とって戦おうと思ってんのに、振り向いたらいねえんだもん。そういうのは困る」

もっともな意見だ。言われたゼロスは少しだけばつの悪そうな顔をしてロイドから目を逸らした。

「ふたりともいつまでたっても出発できなくてよ。話し合いをするならするで、また今度にしてくれないかしら」

これ以上の進展も後退もなくなったところで、いままだ押し黙っていた姉さんが、額に手をやりながら疲れたようにため息をついた。

静かな声の裏には、なかなか出発できないことに対する苛立ちが隠されているような気がして、

いつも姉さんに怒られてばかりのロイドはびくりと肩を揺らす。刷り込みって言うのは怖い。

「わかったよ。とりあえず戦闘メンバーはこれで決定だ。ゼロスはすこし気をつけて戦ってくれよな」

じゃあいくぞ、という合図とともにロイドは乱暴に椅子から立ち上がった。みんなも後は出発を待つだけだったから、ロイドの後に続いて席を立った。

いつもなら一番にロイドの後を追っていくはずのゼロスは、普段の騒がしさをどこかに忘れてきたように静かに席を立つと、

ゆっくりとしたスピードで玄関へと向かっていく。

「ゼロス」

その少しだけ落ち込んだような背中に、声をかけるとワンテンポ遅れて返事が返ってきた。

「なんだよ、がきんちょ」

なんだろう。慰めるのも変だし、癪だ。でも、何かをいわなきゃいけない気がして声をかけてしまった。

「魔術でのフォローはボクがするから」

小さな声で吐き出すと、ゼロスは驚いたように瞳を揺らして、がきんちょのくせにと静かに笑った。

その表情は、いつもの下品な笑い方なんかよりもきれいに見えた気がしたから、いつもそうやって笑えばいいのにと心の中で思った。

ゼロスはロイドを守りたいと思っているし、ロイドはゼロスを頼りにしている。

お互いに口にはしていないけど、たぶんそう想いあっているだろう。本人たち以外は気づいてるよ。

だからこうやって喧嘩なんてしてないで、お互いに譲歩案でも出して、はやく丸く納めてよね。

ほんとうに、馬鹿みたいだからさ。





制作 09・3・29
掲載 09・6・24