首をかしげたことで紅色の髪が揺れた。
いつもは上げられている前髪は下ろされていて、目にかからないようにピンで留められている。
そのせいか、普段よりも少しだけ印象が違って見えた。まあ、だとしても普段通りのゼロスであることにかわりはない。
かわりはないんだけど、かわりはないはずなんだけど。
「ハニーったら固まっちゃってどうしたの」
ドアの前で足を止めたままゼロスを凝視するしかできない俺に、いつもとかわらぬトーンのゼロスの声が投げかけられる。
これじゃあ、戸惑ってる俺のほうが変なやつみたいじゃないか。
第一声を決めかねて、無難にただいまと言うと、お帰りという挨拶が返ってきた。
でも、ゼロスは間違えたとか言いながら、座っていたソファから立ち上がり、俺の前へと歩いてくる。
ゼロスが一歩二歩と歩くたびに、スモークグリーンのワンピースのスカート部分と、レースをあしらったエプロンドレスの裾がフワフワと揺れた。
そこではたと、そういえばさっきすれ違ったメイドさんたちがこれと同じメイド服を着ていたなと気がついた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
スカートの裾を両手で軽く持ち上げて、深々と頭を下げたその姿は、まるで女の人みたいだった。
重力に従い流れていく赤髪とメイド服というコンボでそう見えてしまうのだ。
俺の眼がおかしい訳じゃない。その証拠に、顔を上げればただのゼロスだ。
確かに自分で自分を美しいとか格好いいとか褒め称えるだけはあって、整った顔立ちをしているし綺麗だとも思う。
でもそれは、線の細い女性的な美しさではなくて、いうなれば中性的だとか男だからこそ映える鋭利な輝きを持ったものだったし、
前衛として剣を握っているため体もがっしりとしていて、余分な脂肪はないけど細いともいえない。
ロングスカートと長袖のおかげで、なんとか体型は誤魔化されているけど、女性的とはいえない広い肩幅に拭いきれない違和感を持ってしまう。
「あー、うん、あのな、似合うとかいったほうがいいのか」
「ちょっとー、もう少し反応の仕方ってもんがあるだろ。
これだけ俺様が体を張ってるっていうのに、ロイドくんがこれじゃあ盛り上らないでしょうが!」
なんとか許容量を超えて戸惑う自分を打ち倒して声をかけたのに、ゼロスは不満そうに腕を組んで眉をしかめた。久しぶりに立ち寄ったメルトキオのワイルダー邸。
ゼロスを残して買い物に出かけ、帰ってきて来客用の寝室のドアを開けたら、メイド服姿の旅の連れ(男)がいたんだ、これ以上どんな反応を望むんだよ。
というより、盛り上るとか盛り上らないとか、いったい何に関してのことを言ってるんだ。どう盛り上ればいいのかわからないのは俺だけなのか。
「なんでそんなもん着てるんだよ」
「いや、久しぶりに帰ってきたら、メイドの制服がかわってたもんだから、かわいいねって話してたら、ゼロス様も着てみますかとか言われて、
ここは一発マンネリ化を防ぐために役立ててみようかと考えて着てみた。そしたら、思ってたよりもいけてるんじゃないかと自画自賛してたところ」
くるりと一周回ってみせたゼロスは、綺麗といえなくもないような。もとがいいだけにやっぱり似合うんだと思う。
「マンネリ化を防ぐって、一体なんだよ。意味がわかんねぇよ」
「うーん、ハニーには少し難しい言葉だったかね。まあ、つまりはこういうことさ」
そういうとゼロスがずいと近寄ってきて、反射的に後ろに下がった俺はドアの前に追い込まれる。
近づいて見てみると、ゼロスの唇は薄紅色で薄化粧をしているようだった。じっと見つめていると、ゼロスが薄紅色の唇を吊り上げて猫みたいに笑う。
やっぱり、きれいじゃないか。こんな変なことしなくてもいつも通りで十分なのに。
「ゼロスはきれいだな」
アイスブルーの瞳が吃驚したように見開かれて、そのあとすぐにゼロスが嬉しそうに俺の名前を呼んだ。
小さく返事をすると、ドアに両手をついたゼロスに追い込まれキスされた。
「ロイドはさ、不意打ちだよな」
「おまえも十分不意打ちだろ」
俺の唇を拭ったゼロスの指は、唇と同じ薄紅色をしていた。舐めたらおいしそうな色だ。でも、舐める前にもう一度キスされる。
唇が離れる前に、背後でドアの鍵を閉めるガチャンという音がした。
「何はともあれ、いくら俺様が愛されているといっても、
恋人同士には常に退屈を感じさせないような試行錯誤が必要なわけさ」
「その試行錯誤の結果が、これな訳か」
「そーいうこと」
ゼロスの努力の結果とやらになんだか疲れてしまいため息をつくと、ゼロスは嬉しそうに笑って俺の手を取った。
そのまま手を引かれる先がベッドメイキングされたばかりのベッドだと分かって、もう一度ため息をつきそうになった俺は悪くないと思う。
09・3・29