ああ、いまロイドが笑った。コレットちゃんとどこか遠くのほうを指差して笑っている。その先には何かあるのかもしれないし、何もないのかもしれない。
自分の目で見て認知しない限りは、ロイドとコレットちゃんが何を見て笑いあっているかはわからない。でも、それでも俺は、ロイドから眼を離すことなく見つめ続けた。
ロイドの笑顔は、俺の前で見せるそれとまったく同じで、でもまったく違うものだった。それはロイドが俺とコレットちゃんを区別しているわけでも差別しているわけでもなくて、
ただ単に主観的な問題なのだ。俺の勝手な思い込みにも似た感じ方の違いにしかすぎない。


人はこれを恋などというカテゴリに分類するのだろうか。


もしも俺がこんなに強烈な視線を向けられていたとしたら、殺気と勘違いしてとうに気づいていてもおかしくないのに、鈍感なロイドは気づいたそぶりも見せず、
コレットちゃんの隣にいたがきんちょと何か話し込んでいる。どうせ昨日の宿題がわからないとかそんなことだろう。
昨日の夜に見てやった数学がいつものことながら壊滅的だったから、
(認めたくはないけれど)俺さまの次に優秀な友人にでも教えを請いているのだろう。
(まあ、そんなことくらいでロイドくんの壊滅的な数学能力が浮上するとは思えないけれど)


でも、本当にそんなことを話しているかどうかなんて、俺には知りようもない。
実際は今日の夕飯のメニューの相談かもしれないし、くだらない世間話なのかもしれない。こんなふうにわかった振りをしてロイドの言動を推測しているけれど、
彼の狭い狭い視界に入って存在を認知してもらえなければ、それは存在しないことと一緒なのだ。
俺がロイドの指差した先の風景を知らないように、ロイドは今の俺を知ることなく、彼の中から俺という存在は消え去っている。
(いやでも、ロイドくんはこの瞬間も俺のことを忘れてなんていないと思うし、ゼロス・ワイルダーという人間を脳内から抹消してしまったわけではないだろうけれど、でも…。
これは俺の主観的な問題であって、もっと噛み砕いて言うのならば、なんて、なんて幼い)


人はこれを恋などというカテゴリに分類するのだろうか、そうだというのならば。



昼下がりの気だるさを惜しげもなく感じさせる生ぬるい風が頬を撫でる。それにのって、ロイドとコレットちゃんとがきんちょの声が耳をくすぐった。
同じ場所にあるというのに、ロイドたちと俺のいる場所は交差していない。どこか隔絶されているような気さえした。
だって彼は、ロイドは、俺の前でなくてもあんなふうに笑い、あんなふうにしゃべり、そして俺を認識しないのだもの。
(なんて理不尽な我侭なのか。幼いなんてものじゃなくて、でも俺はそれを真に願っている。どこか常軌を逸しているようで、それでいて冷静な俺も冷静じゃない俺も、
その願いがエゴイスティックなものであるということなんて、無視して)


いつものようにふざけて彼の背に抱きつこうとしても、どこかそれがためらわれた。名前を呼ぼうとしても、ヒュッと喉が鳴っただけで終わってしまった。
気づいてもらえないというのなら、自分からロイドの中に俺という存在を叩き込んでやればいいのに、何かがそれを妨げてしまう。
(嘘。本当は、気がついてほしいだけ。ロイドくんにゼロス・ワイルダーを見つけ出してほしいだけ。ああ、なんて幼い)


人はこれを恋などというカテゴリに分類するのだろうか、そうだというのならば、なんて恐ろしい。


友情も愛情も欲情も劣情も嫉妬も独占欲も、言いようもないくらいの感情が入り混じって、もう真っ黒になってしまっているんじゃないかと思えるのに、
そんなものでさえも、人は恋と呼ぶのならば、なんて恐ろしくて残酷で甘美で、自分勝手なんだろう。


「ゼロス!」
急に名前を呼ばれて、肩がビクリと揺れた。声のしたほうに目を向けると、ロイドが手を振りながら走ってくるのがわかった。
それと同じように、コレットちゃんとがきんちょも、笑いながらこちらに手を振っている。
「どうしたんだよハニー。もしかして俺さまのことが恋しくなっちゃったりして?」
いつものようにふざけて言うと、阿呆かという言葉とともに頭を軽く叩かれた。もしもロイドに本気で殴られたとしたら、痛みでのた打ち回っていることだろう。
手加減してくれるのが、ロイドくんの優しさなのだろう、たぶん。
「てっきり、俺のことが恋しくなったのかと思ったのにちがったの?」
「違うに決まってるだろ。だいたい呼んだのはお前の方だろ?」
「えっ…」
自分の行いを振り返ってみるも、ロイドを呼んだ覚えなんてないし、電波を飛ばした覚えもない。
身に覚えのないことに頭をかしげると、半眼になったロイドが疲れたように首を振った。
「あーのーなあ、いくら俺だってあんなに見つめられれば気づくっつーの!そこまで鈍感じゃねえよ」
「え、ロイドってば気づいてたの?てっきり気づいてないのかと思ってたのに」
「気づかないほうがおかしい。なにか用事があったんじゃないのか?」
ロイドくんは俺を認識していないはずで、でもそれでも彼は俺のことに気づいていたといって、この俺の存在を見つけ出してくれるのだ。
たまらなくなって、目の前にあるしなやかな体を抱き寄せると、色気があるとは思えないような叫び声が耳元を襲う。
「おい、ちょっと、放せよゼロス!」
「用事」
「へっ?」
「これが用事なんです、ハニー」
「訳わかんねぇ」
ロイドは腕の中から逃れようと身じろぎしていたが、どうにも引かない俺に諦めを感じたのか、ため息を一つついて、体を預けてくれた。
遠くから「ロイド、ゼロス、置いていくわよ」というリフィルさまの声が聞こえたけど、それでもロイドくんを放すことができなくて、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
すると、腕の中から蛙がつぶれたような声がして、なんだか可笑しくてしょうがなくなってしまった。


人はこれを恋などというカテゴリに分類するのだろうか、そうだというのならば、なんて恐ろしい。


もう抜け出したいと思ってしまうことだってあるというのに、こうやって望むままの答えをくれるロイド自身がそれを許してはくれないのだ。
なんて残酷で、それでいて優しいのだろうか。




( だ い す き 、 ろ い ど く ん )





私だけを見て。
書き始める前に思っていたものと違うものが出来上がりました。

07・5・30