勉強というものから遠ざかって、結構な時間がたっていた。
学校に在籍していた頃は、特別頭が良かったわけでも、悪かったわけでもなく、なんとなく埋もれがちな中の上くらいの成績だった。提出物だって怠けることなく出していたいし、宿題がでれば分るところまでは解いた。まあ、時間のあるときには予習だってやったりした。絶対に授業中に当てられることはないと分っていれば予習をサボったこともあったけど、提出物や学力不安などで先生から呼び出されるとなんてなかったと思う。だから、自分の学力に対しを不安に思ったことは一度もなかった。そう、今までは一度もなかったのだが、この一週間でその俺の考えは粉々になろうとしている。考えというか、むしろ、なけなしのプライドが、タイタン級のヴァリアントライセンスをもった臨時家庭教師によって無残にも踏み荒らされている、それはもう現在進行形で、だ。
俺が頼んだといえばそうなのだが、ある意味強制的に決まったヴァリアントライセンス試験への挑戦。ヴァリアントといえば危険がつきものだが、子供の将来の夢ベストテンに数えられるし、受験者だって年々増加している憧れの職業だ。だが、ヴァリアントへの道は狭き門だ。それ相応の学力と戦闘能力を兼ね備えてなければ合格を掴み取ることはできない。だから、昨日受験しようと思って、今日合格できるような試験ではないのだ。というかこんなにもぎりぎりから試験の準備をはじめているのは俺くらいのものだろう。受験するからには合格したい、だけどあまりにも現実味がなさすぎる。
なんというか、こんなに勉強をするのは高校受験ぶりだ。目の前に鎮座している試験用の問題集をパラパラと捲ってみるが、最後のページまでの道のりはかなり遠い。溜息をついて、臨時家庭教師であるライカを横目で見ると、真剣な表情で俺のノートに書き連ねてある解答を答え合わせしていた。見慣れた俺の字にどんどんと朱を入れられ、赤くなっていく。赤ペンを握っている手は案外白くって、爪も綺麗に切りそろえられている。そのまま上へと視線を向けると、黒というよりは少し藍色がかった髪と整った横顔が視界を占拠する。よく見ると睫毛が長くて、ちょっとオーバーかもしれないけどマッチを乗せられそうな気がする。瞼が閉じてゆっくりと開かれる、そして翡翠色の瞳と目が合った。俺と目が合ったことに驚いたのか、少し目を見開いたのが分かる。が、俺はそれ以上に吃驚してビクリと肩を揺らして息を詰めてしまった。
「なんだ、どうかしたのか?」
「へっ?」
「いや、ずっとこっちを見詰めているから、分らないことでもあったのかと思って」
ライカは握っていた赤ペンをテーブルの上に置くと、椅子を回転させて体ごと此方を向いて問いかけてくる。だけど、まさか男相手に、睫毛が長くて色が白いと思いながら見詰めていましたなんて死んでもいえるわけがなく、採点終わったかなとおもってとかなんとか適当に濁して無理やり会話を終了させて、ライカの手元にあった真っ赤になったノートを覗き込んだ。今まで気づかなかったけど、俺って馬鹿だったのかな。解いたときにはもう少し自信があったはずなのに、けっこう間違っているところが目に付く。
「最初よりはよくなっている」
「うん」
「だが、このままじゃ合格までは程遠いな」
「うん」
悔しい、かなり悔しい、悔しいけれど勉強を始めて一週間もたってない俺でも分るような事実に返す言葉もない。
「まあ、最初から満点を取れるなんて思ってもなかったし、お前のことだからもっと酷い点でも取るのかと思っていたからな、予想よりは全然ましだ。俺とヘルマとジェフティでサポートしていけばギリギリ合格ラインに押し込むことは不可能ではないはずだ」
「褒められてるのか貶されてるのかどっちなんだよ…」
手放しで喜べない言葉に肩を落とすと、ライカが俺の肩を叩いて少しだけ可笑しそうに笑った。
「お前にも分るようにいえばだな、思ったよりも出来がいい生徒で、このままのペースで続けていけば合格も夢じゃないと褒めているんだ」
ライカのことだから鼻で笑って厭味の一つでも言われるかと思ったのに、俺のことを褒めて、しかも笑うなんて珍しい。いっつもカチンとくるような失礼発言ばかりしているのに、こんなに面と向かって褒められると照れくさいというか変な感じだ。
「はいはいそーですか、お褒めに預かり嬉しい限りですよ。まあ、それもこれも優秀なライカ先生のお陰ですけどね」
照れくささを隠すようにわざとそっぽを向いて言うと、今度こそ微かな笑い声が聞こえてきた。声の主であるライカを見ると、これまた数えるくらいにしか見たことのないような笑顔とぶつかった。いつもの仏頂面とは違い、笑うと愛嬌があるというか優しい雰囲気になるというか、無表情のときには整いすぎた顔が冷たい印象をいだかせるのに、少し表情を崩しただけで目に見えて変わってしまう。そのいい意味での変化に男の俺から見ても格好いいと思うわけだから、本当に女の子にもてるんだろう。
「どうせ、子供っぽいとか思ってるんだろ」
いまだ笑いを抑えていないライカを恨めしげに見詰めると、子供にやるように頭をポンポンと叩かれた。自分のすること全てが裏目に出ているような気がしてならないが、それを認めるのもしゃくで、腹いせに俺の頭をなで続けているライカの手を振り払う。
「子供っぽいというよりは、可愛いと思っただけだ」
「はっ…」
頭が真っ白になるというのは、こういうことなんだろうか。ライカがなんでもないことのように言い放った言葉が、俺の脳内で消化不良を起こし、変質して可愛いという単語になったのか、本当に可愛いといわれたのかよく分からない、というか分りたくない。もしかしたら、こいつは天然だから、間違った用法で可愛いって使ったのかもしれないし、いやそれはないか。だけど、それ以上に十七歳にもなった男にむかって可愛いはないだろ。ジェフティに可愛いというならまだ分るが、この俺に可愛いはないだろっていうか、何でこんなに焦ってるんだろうか。落ち着け、天音カイト、ただ単にライカに可愛いって言われただけだろ!
ああ、ここで戸惑ったらなんか色々駄目な気がする。
問題集を解いたときよりも頭をフル回転させてこの状況を打破できるような気の聞いた言葉を考えるが、まったく何にも思いつかない。何でもいいからと息を吸って口を開こうとしたとき、思い浮かんだ言葉が音になるよりも早くライカの声が部屋に響いた。
「これから三十分くらい席を外すが、いま直したところの見直しをしておけ。帰ってきたら休憩にする、いいな」
自分だけが可笑しいくらいに焦って馬鹿みたいだと感じたけれど、いつも通り過ぎるライカに毒気を抜かれて、溜息とともに声を絞り出した。
「りょーかい…」
俺の返事を聞いたライカは静かに頷くと、椅子の背にかけてあったコートを羽織って部屋を出て行った。
部屋のドアが閉じる音を最後に、部屋の中はしんと静まり返った。緊張が解けたかのようにふっと体から力が抜けてテーブルの上に顔を伏せる。少しだけ頬が熱い気がするが、そのことについて本気で考え出すとなんだか駄目な気がする。いまだ熱を持つ頬をテープルに押し付けると、ひんやりとして心地いい。
「見直し、しよ…」
ノートの上で真っ赤に自己主張する憎たらしい程に達筆な字を目でたどりながら、頭の中を勉強モードに切り変えていった。







デスクに向かったままのカイトを残して部屋でるとディーネが海を思わせるような深い青の髪をなびかせながらシーを追いかけていた。部屋にいないと思ったらこんな所にいたのか。シーは俺の前まで来ると、しなやかな体にブレーキをかけてにゃあと一声鳴いた。それに続いてその後ろを走っていたディーネもきゃあきゃあとはしゃいだ様な声を上げて、チャンスを逃さないように俺の足元にじゃれついていたシーを抱き上げた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「なにがだ?」
「お兄ちゃんがきてくれたおかげでシーを捕まえることが出来たの」
「それはよかったな」
満面の笑みを浮かべながら何度も頷くディーネの頭を撫でてやると、くすぐったそうに首を竦めて先ほどよりも深くシーを抱きこんだ。少し力を入れすぎたのか、ディーネの腕の中からはシーの苦しそうな鳴き声がする。苦笑いを堪え切れずに、しゃがみこんで慰めるようにシーの艶やかな黒い頭を数度撫でると、       
恨めしげな視線を向けられたような気がした。
「お兄ちゃんはどこかいくの?」
「ああ、すこし街に用事があってな」
「そうなんだ。じゃあ、いってらっしゃい!」
シーの前足を掴んでバイバイと左右に振るディーネに軽く手を振り返してやると、さらに大きくシーの前足を振って見送ってくれる。シーの辛さを慮りながらホールまで足を運ぶと、何人もの調査員たちが忙しそうに行ったりきたりと走り回っていた。ジェフティは部屋にいなかったから、会議室かどこかで調査員たちに指示を与えているのだろう。
俺たちヴァリアントが調査に赴く前に、事前調査を詰めておくのが調査員たちの仕事だ。彼らが忙しそうにしていると言うことは、もうすぐ俺たちにも声がかかると言うことだろう。
「そろそろ大詰めってところかしらね」
会議室のドアが閉まる音とともに、それに打消されること鳴く、女性としては低めの芯の通った声がした。彼女の履くヒールが小気味よく床をたたく音がフロア全体に響く。
声の主であるロックソルトの魔女は俺の隣に並ぶと、彼女特有の皮肉げな笑みを浮かべて、カイトの燃えるような赤とは違う、深紅の髪をかき上げた。ヘルマ以外の人間にこんな笑みを向けられたら不快になったかもしれないが、彼女はそれを不快と思わせない貫禄を持ち合わせていた。さすがは魔女と呼ばれるだけはあると言うことだろうか。
「ああ。ジェフティに呼び出されていたのか」
「そうよ。今後の身の振り方と、ウラノスの動向についてちょっとね。まあ、明日あたりにみんな召集されると思うけど」
ヘルマは肩を竦めると、小脇に抱えていた彼女のマトリクスギアである茶色い装丁の本を胸に抱いて、壁へと寄りかかった。
「でも、それだけウラノスの出方を探ったとしても、目指すゴールは同じなんだから、嫌でも鉢合わせてしまうのでしょうね。私たちルシフェルには他には目を見張るばかりのそうそうたるメンバーが集まっていると思うけれど、あちらにだって私たちに等しいかそれ以上の力があるわ。それだけ出し抜こうとも、すぐに追いつかれてしまうわよ。結局最後は総力戦の早い者勝ちってことね。どれだけ綺麗な理論を組み立てて答えに行き着いたとしても、最後が子どもの喧嘩みたいなのは何か物悲しいものがあるわ」
言葉とは裏腹に、ヘルマは真っ赤なルージュがひかれた唇を心底可笑しそうに歪ませていた。俺も腕を組んでヘルマの隣にもたれ掛かる。
「ゴールは唯一つ、至高の英知アニマムンディか。血生臭い子どもの喧嘩だな。しかも世界規模とは手に負えない」
「本当にね。子どもの喧嘩に勝利して至高の英知を手に入れた先には何があるのかしら、想像もつかないわ。満たされることを知らぬ罪深き探究心、罪と知りながらもあきらめることが出来ない私たち。エデンの園は私たちを裁くことなく受け入れてくると思う?」
「さあな」
「ああ、あなたにとってはこんなことよりも、カイトのこの方が重要だったかしら。朝から勉強を見ててあげてたんでしょう?」
ヘルマは瞬きをして藍色の瞳に宿していた剣呑な光を消し去ると、どこかおどけたように俺の肩をたたいて顔を覗き込んできた。どこか含みのある言い方だったが、至高の英知を手にした後のことを考えるよりは断然現実味のある話題だろう。
カイトの日々の学習の面倒を見ること自体は、ほとんど俺の仕事になっている。立候補したわけではないが自然とこうなってしまったのだ。だが、それ以外のところでカリキュラムを考えたり、俺の時間が空かないときにはジェフティとヘルマもカイトの家庭教師として働いていた。三人で教えていることになっているので、情報交換は欠かせないものとなっている。
「まだ試験への対策をはじめたばかりだから著しい効果が現れている訳ではないが、希望がないわけではないだろう。ただいまだ教養の学習をしている段階だから、早計といえばそうだが、あいつは馬鹿ではないし、現場の最前線で活動しているから生きた知識をたくさん持っている、そこらへんにいる受験生なんかよりはよっぽど合格率は高いだろう。いま確実にいえることは、実技試験の合格は確実といっても相違ないということぐらいだな」
報告を聞いたヘルマは真っ赤な唇ににんまりと笑みを浮かべ、一人で満足げに頷いていた。その様子に呆れを隠せず苦笑いをしてしまう。
「あーら、ベタ褒めじゃない。まあ確かにあの子は馬鹿じゃないからね、徹底的に詰め込めばなんとかなるとは思うわ。まあ、ライカ先生の愛ある指導に期待してるわよ」
「ヘルマ、おまえ何か誤解してないか?」
「誤解ねえ?あなたたちこそ、お互い素直になれなくて、王手をかけられないだけなんじゃないのかしら。なんならロックソルト家特性の惚れ薬でも譲ってあげましょうか」
何処かの淑女のように黒の手袋で覆われた手で口元を隠しながら肩を揺らすヘルマに返す言葉もなく、もたれかかっていた壁から上半身を起き上がらせる。いまのヘルマになにを言い返したとしても、倍になって帰ってくるだけだろう。上品な振る舞いの中にも老獪な知性を宿した彼女は、まさに魔女という存在に他ならない。
何とか笑いは収まったのか、ヘルマも壁から背を起こし壁に掛けられた時計に目を向けた。カイトには三十分で戻るといったのに、もう既にあの部屋を出てから三十分が経とうとしていた。ヘルマも何か用事があるのか、時間を確認して少し慌てたそぶりを見せた。
「引き止めて悪かったわね」
「いや、大した用があったわけじゃない。すこし街に出ようとしていただけだ」
「あら、そうなの。私もちょうど大学の講義がある日でね、なんなら途中まで一緒にどうかしら?」
「ああ」
ヘルマの提案に頷くと、そのまま彼女と肩を並べて幽霊船の出口へと足を向けた。








ライカは三十分で戻ってくると言っていたのに、既に一時間が経とうとしていた。俺よりも断然腕の立つやつだから心配は要らないけど、部屋に一人で取り残されるというのも退屈だ。姉さんと二人暮らしの時でも隣にはスイヒがいたし、最近では騒がしいと思うほど、大勢の人に囲まれて生活していたので、まったく一人というのも珍しい。
椅子にもたれ掛かって凝った体をほぐすために伸びをすると、ドアがノックされた。はーい、と返事をすると、待ち人来るというのか姿を現したのはライカだった。
「遅くなってすまない」
ライカは手に持っていた綺麗に包装された箱を慎重にデスクの上に置くと、着込んでいたコートを脱いで、部屋を出る前にしてあったように椅子の背に掛けた。が、床に裾をすってしまっているのが気になっていたから、今度こそはと立ち上がってカーテンレールに掛けられていたハンガーを手にとって、見慣れたコートをカーテンレールにかけておいた。
「汚れるから、ちゃんとハンガーにかけろよな」
ライカは何か考えるように腕を組むと、カーテンレールにかけてあるコートを見て深く頷いた。そんなに考え込むことでもなくて、コートをハンガーにかけろっていう事だけなんだけど、こいつの考えることはよくわからない。
「どこにいってたんだ?」
軽装になったライカに続いて椅子に腰を下ろす。ライカは俺が今まで見直しをしていたノートを確認しながら、デスクの上の箱を指差した。
「ちょっと街まで買い物に行ってたんだ。朝から部屋に閉じこもりっぱなしで疲れただろう、疲れた時には甘いものがいいかと思ってケーキを買ってきた」
「え、ケーキ!!」
「ああ」
俺はケーキと聞いて自然と頬が緩んでしまう。ライカにしては気が利いているじゃないか。まあ、いつもチョコレートをくれたりするんだけど、それとこれは別物だよな。チョコレートも好きだけど、ケーキだって同じくらい大好きだ。スイヒといる時は甘いものばっかり嫌だといって敬遠されてしまうけど、今日はスイヒがいないからゆっくり食べることが出来そうだ。
「甘いもの好きだろ?」
「うん。へへへ、ありがとう。なんか、すごくうれしいんですけど」
「それだけ喜んでもらえれば本望だ」
あれ、でもライカって吐き気を起こすくらい甘いものが苦手なんじゃなかったっけ。確かサラと話していた時にそういう話が出たような覚えがある。これって、もしかしなくても苦手なのを我慢して俺のために買ってきてくれたんだよな…。
なんだか今日のライカは普段よりも俺に優しいような気がしないでもない。いやでも、いつも甘いものが苦手なのに、俺にチョコレートくれたり、甘いものを買いに行くのに付き合ってくれたりしてるわけなんだよな。いつも苦手なんて素振りを見せないで、何てことない顔して付き合ってくれてるけど、ライカとしてはかなり我慢して俺に付き合ってくれているんだろうか。なんだかいま、とっても凄いことに気づきそうになってる気がする…。
「カイト、どうかしたのか?」
デスクの上の箱を見つめたまま考え込んでいたらしい俺に、ライカは少しだけ怪訝そうな表情を向けてきた。確かに、好きなはずのケーキが入った箱を睨み付けていたら可笑しいよな。
「えーっと、なんていうか、ありがとう」
「いや、ケーキを買ってきたことくらいでそんなに感謝されても困るが」
ライカは本当に困ったかのような顔をして、手元にあった俺のノートをパタンと閉じた。そんな顔されてもこっちが困るよ。
「いいから、いろいろ感謝してますよってことだよ!」
「そうか、それならいいんだが。じゃあ、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「紅茶」
「じゃあ用意するから、箱を開けて好きなのを選んでおけ」
「ライカは残しておいて欲しいケーキとかある?」
綺麗に包まれている包装を慎重に外して、絵に描かれたような真っ赤なリボンを手持ち無沙汰な両手で遊ばせながら声をかけると、一瞬の悩むような沈黙の後に、適当でいいという返事が返ってきた。
適当でいいというよりも、どうせ食べないんで終わるんだろうなと予想をつけて、包装が外された後の真っ白な箱を開けると、部屋中に甘い匂いが広がる。飲みものの用意をしているライカの後姿を盗み見ると、少しだけ肩が揺れたのがわかった。

案の定、ライカはケーキになんて手を伸ばすことなく黙々とコーヒー(ミルクも砂糖も入れてない正真正銘のブラックコーヒー)を飲みながら、パラパラと問題集をめくっていた。
チョコレートケーキを食べながら問題集を覗き込むと、ライカが少しだけ眉をひそめる。
「俺って本当に受かるのかな」
「受かってもらわなければ、俺が困る」
ライカの溜息とともに吐き出された言葉は、俺が思ってもいない類のことで、驚いて聞き返してしまった。
「すべてのことが終わって決着がついたなら、ジェフティとの契約も切れて完全にフリーになってしまう。さすがに、一人きりでバックアップしてくれる組織もないというのはきついだろう。不可能ではないが、安全な選択とはいえない。新しい相棒を見つけるよりは、もう何度も一緒に行動したことがあり、戦闘でのリズムを掴んでいるお前と組んだほうが懸命だ」
「なんていうか、熱烈な告白」
「そうか?」
「そうだよ!まあ俺も何にも知らないやつと組むより、気の知れたライカと組んだほうがいいだろうなぁ」
「そう思うなら、次の試験に必ず合格しろよ」
「う、がんばります」
期待されると緊張する。
でも、ライカからこんなに率直な言葉を聞いたのは特訓の時以来かもしれない。いつもいつも俺に失礼発言をかますライカだけど、自分の力を必要としてくれていると思うと素直に頑張りたいと思うことが出来た。可愛いと言われた時みたいに、面と向かって言われると恥ずかしくってくすぐったい気がするけれど、誰かに必要とされるのは悪くない。それが、たった今、苦楽をともにしている仲間ならなお更だ。その要望に応えられるように努力しようと決心した。
だからたぶん、真剣なライカの表情が格好いいだとか、ある意味では告白のような言葉に頬が熱くなるとかいう諸々のことは、自分を必要とされたことによる喜びのためだとしておく。そうしたほうが身のためだよな、たぶん。




07年くらい
13・02・25