ざわめく店内。ちょうど学校帰りに寄り道しやすい場所にあるこの店は、夕方から夜にかけていろいろな制服の学生たちがひしめき合っている。若さゆえに周りが見えていなくて少々迷惑なお客さんもいるけれども、お店の店員さんも彼らの扱いにはたけているのか、一般のお客さんが不快に思わない程度には学生客をコントロールしているようだった。少ない注文で長居したり、自習室と勘違いした使い方をしている人たちには、それ相応の声かけをしているところをみると、利用の多い学生といえども、甘めにお目こぼしをくれたりはしないらしい。それに不満そうな顔をする人はいるが、ボクとしては静かな環境でシェイクを楽しみたいときもあるし、ボク自身が追い出されるようなことはないので、それほど迷惑していなかった。それよりも、なによりもこのお店のシェイクはとても好ましい味なので、その一点さえ満たしていてくれれば文句を言う必要もない。
 まだ買ったばかりのシェイクに口をつけてストローをすうと、緩慢な動きで固体と液体の中間のようなバニラシェイクが管を伝ってあがってくる。まだ機械から搾り出されたばかりのそれは、室温によって温められていないのでうまく吸い込むことが出来ない。
 まあ、シェイクとは、得てして飲みにくいものである。それを駄目だとかもどかしいと酷評する人もいるが、ボクに言わせてもらえばそれもまた一興。むしろ、シェイクのひんやりとした甘さが舌に触れるまでを焦らされるほどに、その甘さが増す。夏に抜けるような空を眺めながら甘さとバニラの風味に舌鼓を打つもよし、冬は冬で、冷たさの中で味わうもひややかさにもまた違った趣がある。そして、今現在秋。徐々に日が落ちるのがはやくなった澄んだ高い空を、窓際の席に陣取って眺めながら、シェイク片手に人間観察に勤しむのも、ボクにとっては至高の時間だった。影が薄いという特質のおかげで、店内外を問わず、気になる人がいたときに彼らの行動をつぶさに観察していても、ボクの不躾な視線に気づく人間はいない。外気との温度差で水滴の浮き出した容器を握りなおして、店内をぐるりと見渡す。そんなに長い時間いるつもりはない。部活で使い切った体力を家に帰りつけるくらいに回復させられるまでの観察対象は、斜め前に座っている男女の高校生だ。着用している制服はボクと同じものなので、誠凛高校の人だとわかる。だが、あいにくと学年まではわからなかった。なんとなく見覚えがあるような気もするので、もしかしたら同学年かもしれない。加速度的に会話の盛り上がりをみせている周りの人たちとは反比例して、そのテーブルの雰囲気は重い。お互いの口数も少ない。途切れ途切れに会話をしているようだけれども、他のテーブルの騒音に呑み込まれてボクの耳にまでは届かなかった。いったいどんな二人組みなのだろうかと、それとなく視線を向けると、嗜めるように視界を遮るものがあった。
「あのー、黒子テツヤさん?」
 合成音のロボットみたいに、作ったような声音。聞きなれた声ではあるけれども、呼ばれなれないフルネームに、何事かと肌色のそれをたどっていくと、明るい狐色とぶつかる。大きく見開かれたそれは、薄く涙の膜が張ったように濡れていて、泣く直前の子供の瞳のようだ。涼やかな目元にかかるように揺れる金糸は、夕焼けの茜色を受けて無駄な艶やかさを帯びていた。シャープな顎と、整った鼻梁は全体のイメージを爽やかなものにしていて、黙っていればイケメンと呼ばれる類の色男であるのに、彼の性格とリアクション全般が全ての足を引っ張って台無しにしてしまっている。
「ひどいっ! 黒子っちオレのことガン無視じゃないっスか!」
 一人で盛り上がっている彼に返答しかねていると、テーブルに両手を置いてぐいっとこちらに身を乗り出してきた。その表情が思ったよりも必死なものだったので、別に悪いことをしたわけでもないのに胸が痛む。
「無視だなんて人聞きの悪い。ちょっと視界から追いやっていただけです」
「さらに、酷いっス!」
 フォローのつもりが火に油を注いでしまったらしい。なにやら黄瀬君にとって大事なことが盛大に燃え上がるように、彼の語調に力がこもる。これではボクが人でなしか鬼畜生のようではないか。完全に黒子テツヤの人間性を勘違いしている彼の誤解を解かねばならない。
「話はしっかり聞いていました。今日授業中居眠りしてて怒られたとか、それを部活で報告したら笠松さんに気合を入れろと鉄拳制裁をくらったんですよね?」
「なんでそんなところばっかり覚えてるんすか。もっとかっこいいオレの話とかしたはずなのに」
「そのあたりは、少々聞き逃してしまったかもしれないです」
 ICレコーダーではないのだから、無理は言わないでほしい。話を全て聞いていたかなんていうのは、彼に向かい合うインタビュアーにでも求めてくれないだろうか。これ以上この件について追求されても面倒なので、適当に話を誤魔化そうと話題を探すがいいものが思いつかない。
「それにしても、顔は狙わないでボディに行くなんて、モデルとしての黄瀬君を思いやる笠松さんの気遣いが素晴らしいですね」
「それも、更に違うっス! もう意図的にオレをいじめてるとしか思えない」
「ボクがそんなことをすると思っているんですか? それこそ酷い話です」
 あと、脱ぐ仕事もあるのでできればボディも勘弁してくださいと嘆きの声を上げる黄瀬君は、もはや被害者の構えで顔を覆っている。その口ぶりから察するに、一方的にボクが悪者扱いだ。ただでさえ、良くも悪くも目立つ見栄えのいい彼に泣きつかれていたとわかれば、明日は教室内で面倒になること請け合い。特に、女性からの追求が口舌し難い猛攻となる。
「うー、オレも火神っちみたく、黒子っちと仲良くなりたい」
「ボクと火神くんは、そんなことないと思いますけど」
 場違いながらも急に槍玉に上げられた現ボクの光の名前にとっさに否定をしてしまう。
「そんなことなくないっス! 嘘つくないんてよくないっス」
 制服が皺になるのも恐れないでテーブルに突っ伏した黄瀬君は、モデルというよりも泣きの演技はあまり褒められたものではない子役みたいだ。しかし、あまり見栄えのよろしくないことをしていても、それ相応のドラマの一場面を切り取ったみたいに見えるのは、彼の無駄に整った外見に起因しているのだろう。ルックスを売りにしている商売をしているというのは伊達ではない。
 しかし、いまはそれとこれは別問題。仲がいいもよくないも、当事者の正直な言葉を信じられないくらいに錯乱している状態をどう切り抜けるか。非常に難しい。どうするべきかと頭をひねりながら、シェイクで喉を潤す。溶けすぎたそれはどろりとしていて、必要以上の甘味が口内一杯に広がった。喉に絡まるようなそれに、思わず眉間に皺を寄せてしまう。だが、その甘さで何かが解決するわけもなく、打開策を探すように窓の外に視線をやると、見覚えのある大柄な影がこちらに向かってくるところだった。全体的に紅色の空気をまとった彼は、高校生には不似合いな、スーパーの買い物袋とボックスティッシュをぶら下げている。
「あ、火神君です」
 思わずそちらに気を取られて、言葉にしてしまう。するとつられたように、この世の悲劇の全てを一身意引き受けたヒロインのように悲嘆にくれていた黄瀬君も驚いたような声を上げて、ボクの視線の先を追った。目や頬が濡れていないところをみると、やはり嘘泣きだったのか。
「やっぱ火神っちは遠くからでも目立つなあ。おーい!」
「ガラス越しに声をかけても気づかないと思いますよ。あと、すごく恥ずかしいのでやめてください。注目されてます」
「そうっスかね? 野生の勘的なものでいけそうかなあと。あと、まわりのことは気にしない気にしない」
「そこは気にしてください。でも、火神君のことは、否定できないのが怖いです」
 子供のような無邪気さで野生の勘などといわれてしまうと、彼のプレイスタイルを近くで見ているボクとしては、ありえそうな可能性に苦笑いを浮かべてしまう。まあ、それでもあの生活勘溢れる姿じゃあいまは野生の勘は開店休業中だろうなあと、いちおう気配を察知していただけるように視線だけは送っておくことにする。視線を感じるという慣用表現があるくらいだし、なによりも試合の最中にあんなにもアイコンタクトをかわしているのだから、目に見えないものでも何かしらの信号を受信してくれるという望みもあるだろう。じいっと視線を向けていると、深紅の瞳が一瞬こちらを映し、また遠ざかっていく。あ、駄目だったかなと僅かな期待を裏切られた気がして肩を落とすと、訝しげな表情を浮かべた火神君がもう一度ボクたちの方を見た。
「あっ! さすが火神っち!」
 狐色の目をまん丸にして興奮に肩を揺らす。その勢いのままにゴールが決まった喜びを分かち合うようにボクの手をとってぶんぶんと上下に振る。黄瀬君はその派手派手しい外見を裏切ることなく、基本喜怒哀楽の触れ幅と表現方法が過剰なのだ。
「日々のアイコンタクトの成果でしょうか」
 ぐわんぐわんと黄瀬君のもたらす揺れに身を任せながら首をひねると、背後でいらっしゃいませと元気のいい声が聞こえた。それに続いて一対の足音がこちらへと向かって近づいてくる。
「おまえら、何してんだ」
 大荷物の火神君は、繕うこともなく不審げにボクたちを見下ろしている。善良なる高校生として楽しい放課後を過ごしていただけなので、なにも後ろ暗いことはない。とりあえず、席を勧めてみることにした。
「バニラシェイクに舌鼓を打っていたら、偶然に黄瀬君と会ったんです。ちなみに、ここ空いてますよ」
「そりゃ見れば分かる」
「あ、荷物ならオレの隣に置けばいいっスよ」
「わりぃ」
 手を伸ばした黄瀬君に荷物を預けた火神君は、ちょっと行ってくるといってレジへと足を向ける。
「おつかいにしては量が半端ないっスね。危ういところで均衡を保ってるジェンガようにもみえるっス」
「ええ。少しでも油断すると袋が破れてしまいそうです」
 火神君がおいていった買い物袋の中からは、今晩のおかずになると思わしき食材の数々が顔を覗かせていた。もちろん、食べるのは彼なのでとても量が多い。たまねぎや挽肉が目に付く。
「お好み焼き屋で一緒になったときに火神っちの食欲の恐ろしさは実感したし、なんとなくこれ全部あの体に収まるのかなと想像はつくんすけど、どうしたらあの体型を維持できるのか」
「燃費が悪いだけなんでしょうか。実は摂取したらそのままほとんど栄養が吸収されずに体外に排出されるとか。それはそれで、体の機能が死んでますけど」
「おい、何真面目に失礼なこと考察してるんだ」
 レジから戻った火神君はボクたちの会話に顔をしかめると、呆れをあらわにしたため息をついた。ため息では発散できなかった苛立ちをぶつけられるかのように、乱暴にテーブルに置かれたトレイにはジュースしか乗っていなくて、いつものハンバーガータワーを想像していたボクとしては、気がそがれてしまう。
「そんな目で見るな。帰ったら晩飯だから飲み物だけにしたんだよ」
「黒子っちにそんな顔をさせるなんで、普段の火神っちは食事に関してどんなスパープレイをみせてるんスか」
「あ? フツーだよフツー。フツーの高校生レベル。なあ、黒子」
 ストローをさしてジュースを飲んでいる火神君に同意を求められても、素直にそれを肯定することはできない。彼を一般高校生レベルに割り振るとしたら、世の高校生はすでに一般的という土俵に上がることも許されず失格の烙印を押されてしまうのだ。というより、ボクは存在自体が黙殺されることになりかねない。真実を知る黄瀬君も、見え透いた嘘はやめてるっスと乾いた笑いを漏らしていた。
「黄瀬、おまえ本当に失礼だよな」
「え? オレだけ? オレだけなんスか? 黒子っちに対する追及は?」
「こいつはいいんだよ。大概いつもこんな感じだ」
「そういうアピール心底求めてないっス」
「はあ? なんのアピールだよ。ちゃんと日本語話せ」
「火神っちにそういうこといわれると、自分の今後がすごく心配になるのでやめて下さい本当にお願いします」
「ボクの予想によると、ハンバーグですね」
 ボクの明朗な推理に、二人の言い合いが中断する。油の切れたロボットみたいに拙いスローモーションで二人分の熱い視線が向けられて、何事かとボクの方が動きを止めてしまった。ついでに、あと少しで握りつぶされて悲劇を巻き起こしそうだった火神君の手の中の飲み物は事なきを得た。
買い物袋からのぞく食材から導き出される答えはこれしか考えられないのに、実はもっと違うボクの予想だにしない料理が待ち受けているのだろうか。緊張に唾液を嚥下すると、頭を抱えて苦虫を噛み潰したような顔をした二人が同時に口を開いた。
「黒子っち、話噛み合ってないっスよ」
「おまえ、自由だな」
「そうでもないです?」
 賞賛なのか非難なのかなかなかに判断しづらいところではあるが、首をかしげて謙虚に振舞ってみる。しかし、黄瀬君は困ったように笑って目の前の飲みものに手を伸ばし、火神君は仰々しく肩をすくめるとぐりぐりとボクの頭を乱暴に撫ぜた。
「なんで疑問系なんだよ。たしかに、ハンバーグはあってんだけど」
「やはり、ボクの目に狂いはありませんでしたね」
「あ、うん。そっスね」
 正直どうでもいい、みたいな二人の反応にちょっと心が傷つく。こういった細かいところの配慮が人間関係には大切だというのに、ボクに向けられるのは酷くさめた視線だ。
「気づかないかと思ってました」
 ちょっと固まってしまった空気を好転させるために隣の火神君に新たな話題を投げ出すと、不思議そうになにがと返されてしまった。言葉が足りなかったかと、ボクたちにと付け足すと、得心がいったかのように黄瀬君のほうを顎で指した。急に指名されたことで、黄瀬君もえっと自分を指差している。
「いや、隣に目立つやついたから」
 ああと、納得してしまった。ステルス機能搭載とまで揶揄されたことはあるが、どうにも黄瀬くんが隣にいると、ボクの潜伏能力は薄れてしまうらしい。女性はむしろ黄瀬君以外は眼中に入らなくなるから、ボクのことなんて余計に気にも留めなくなるのだが、男子の場合は変に黄瀬君が悪目立ちしてくれるおかげでボクへの注目度も増してしまうのだ。
「それは、黄瀬君効果のおかげですね。あと、ハンバーグはすてきです。火神君の料理はおいしくてすきです」
「なんだ、その訴えは」
「ずるい、おれ黒子っちにすきとかいわれたことない!」
 一瞬何を言われているのか分からなくて、目を丸くしてしまう。しかし、その勢いに飲み込まれて、息を詰めた。急に黄瀬君が椅子を引いたせいで、床が鳴る。しかもテーブルに手を付いて前のめり。ちょっと大きすぎる音と彼の行動に、まわりのテーブルの視線を集めてしまったような気がするのだが、見られることに慣れているのか彼はまったく気にしていない。あと、普段から鈍感な火神君もいわずもがな。二人の陰に隠れて少しでも気配を消せるように、瞼を閉じて体を小さく縮めてみる。が、あいも変わらず二人は通常運転だ。
「はぁ? なんだよ急に。ちょっと気持ち悪いぞ」
「黒子っちならまだしも、火神っちにそんなことを言われるのは正直むかつくっス」
「おまえ正直すぎるだろ。顔に出てるぞ。モデルなら隠せ」
 彼の言うとおり、ちょっとモデルがみせていい顔ではなかったが、そんなことはまったく気にもせずに火神君の言葉を笑った黄瀬君は、何かを誇るように胸を張ってボクらを見た。
「オンとオフはしっかり切り替えるタイプなんで。こういう仕事を長続きさせる秘訣っスよ」
「あんまりきりかわってるところを見たことがない気がします。あと、気持ち悪いというところは肯定せざるをえません」
「うう、黒子っちクール。そーくーる。でも、慣れてくると、この冷たい感じもすてきっスよ。流されて相手されないよりは」
 いつもどおり嘆くのかと思いきや、それはそれでと新しい活路を見出しそうな黄瀬君にとっさに体を引いてしまう。
「あ、の…。被虐的思考は危ないですよ……」
「え? ひぎゃ?」
「あ、火神君はどうせ知らないと思うので黙っててください」
「テメェ、なんだと!」
「じゃあわかるんですか? 聞き取りもままならなかったみたいですけど」
「え、っと、し、しこうはあれだろ、考えだろ?」
 あらぬ方向を泳ぐ瞳に、彼がいま必死になって自分の持ちうる全ての日本語の語彙を駆使していることがわかる。しかし、それ以上言葉を続けられないことを思うと、それは無駄なあがきにしかなっていない。
「ほら、やっぱり仲良しさんじゃないっスか。うう、オレ一人置いてきぼり」
「被虐的思考は否定しないんですね」
「え、そこまだ引きずってたんスか!? 違います!!」
 慌てて否定するように顔の前でぶんぶんと手を振っているが、躍起になって否定するところがあやしい。まさかと思って身を硬くすると、その顔はないっスと悲しげな表情を向けられてしまう。だがそれも一瞬のことで、何を思い出したのかすぐに小さく笑い出した彼は、テーブルに肘を付いて手のひらに顎を乗せてボクと火神君を見た。
「あー、もったいないっス。いまみたいな黒子っちとバスケできたら本当に楽しいんだろうなあ」
 どこか懐かしむような、手に入らないものを思うからこそ焦がれるような、そんな声音。ボクたちを見ているはずなのに、たぶんその視線はもっと遠くに向けられている。彼が言うバスケは帝光でしてきたそれではないのだろう。
「前みたいにくださいとか言われても、やらねーからな」
「ボクはものじゃありません」
「わかってるっス」
 二人のやり取りに水をさすように主張すると、黄瀬君が小さく笑った。控えめなその笑みは、諦めにも似ていた。だけれども絶望しているわけではない。新しいものを得たような、いまいられる場所があるからこそ知った欠落。ボク自身も味わったことがあるから、それがよくわかった。
「オレもいま海常で楽しいし、笠松先輩の指導は痛いっスけど。でも、黒子っちたちとも、キセキの世代のみんなとも、もしかしたらこうやってバスケできた可能性もあるのかなって思うと、ちょっと悔しいし、もったいない」
 店内のざわめきが遠い。ボクだってそのもしもに焦がれたことがあるから。みんなのことが嫌いなわけではないからなおのこと。確かにあの三年間は、何物にも代えがたい時間だったのだ。そうでなければ、あんなにもボクに衝撃なんて与えなかった。黄瀬君だって、それは同じなのだろう。
 黙りこんでしまったボクらをどう思ったのか、火神君は深紅色の瞳にボクらを映して、飲んでいたジュースのストローをぎゅっと噛んだ。まるで、何かを噛み殺すように。
「別に、できるだろ。また、みんなでやればいいさ、そんときは黒子も貸してやる」
 なんでもないように言われてしまうと、そこまでだ。なのに、瞬いた狐色は世紀の発見でもしたかのような驚きを浮かべてボクに向けられた。たしかに、そうなんだ。死に別れたわけでも誰かがバスケットをできなくなったわけでもない。やればいいだろといわれてしまえば、どこまでなんだ。それを口にしてしまえる火神君が羨ましくて、そしてどこか誇らしくさえあった。
 彼が言うと、全部本当になりそうな気がするから。だから、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしている黄瀬君に笑いかける。そのもしもが叶ったらいいですねと、言葉にすることなく伝えるように。呆然としていた黄瀬君は、思わずといった調子で向日葵のように破顔する。だがすぐにその無自覚を恥じるように、顎を乗せていた手のひらで口元を覆ってしまった。
「そんな、簡単な話だったらよかったんすけどね。あと、火神っち、キザで気持ち悪いッス」
「ボクはものじゃありませんと何度言えば。あんまりだと、影やめます」
「おまえら! 言うに事欠いてそれかよ!」
 何が駄目だったんだと頭を抱えてしまった火神君に、今度こそボクと黄瀬君は笑ってしまう。何も駄目なんかじゃない。むしろ、本当にどうしようもないくらいに、火神君は優しいから、ボクたちが欲しくても手を伸ばせなかったものを提示しようとしてくれるんだ。
 窓の外は日が落ちて、店内も制服姿の学生達は数えるほどしかいない。黄瀬君の肩越しに見えていたはずの本日の観察対象二人組みは、いつの間にか帰ってしまったようだ。今日の人間観察は失敗だけれども、それなりに楽しい時間を過ごすことができたので、よしとするとこにした。



作成:12・05・27
更新:12・05・28