いいか、いまオレは岐路に立たされている。向こうの学校で友達がなかなかできなかったときくらいの緊急事態だ。
ちょっとまて、おい、いまバカにしたような顔しただろ？ なあ、すんごいバカにしたよな？ 絶対そうだよな？
言葉しゃべれなくったってその見下したようなつら見てればわかるんだよ！
背に腹は代えられないからわざわざおまえなんかに相談しにきたんだからな。このオレの気持ちを踏みにじることをするなよ。犬にしてはまともなやつだって認めてやってんだぞ。ワンじゃなくて、本当にわかってるのか？
こんなこと、おまえにしか言えねぇんだ。というより、おまえ意外誰に相談すればいいんだよ。日本に戻るにことになって、少しくらいは不便もあるし困ることも出てくるんじゃないかと思ってはいたが、このパターンはまったく想像してなかった。
だいたい、気配を消して背後から近寄ってくることに関しては、無駄に天才的才能を持っているなあいつをまくだけでも大変なことなんだよ。二号なんて名付け られて楽しそうにたわむれてるだけおまえは知らないかもしれないけど。一号の方は確実に高校生の雰囲気じゃねぇからな。
影が薄い薄いっていわれ てるけど、薄いどころか存在が消えてんじゃねーかって不安になることがあるくらいだぞ。あいつこそJapanese NINJAだろ。絶対そうだよ。家に人をよびたがらないのもそういう関係なんだろ。なんか家の中にたくさん仕掛けとかあるんじゃないのか？ アメリカにい たとき友達にいろいろ教えてもらったぞ。
いや違う。そうじゃない。ワフでもねぇから。いまはあいつが忍者かどうかが重要じゃないんだ。それはあとからあいつに聞けばいい。もしも忍者だったら、 アメリカに連れて行きたい。みんな死ぬまでに一度は忍者に会いたいって言ってからな。
わかってる。そんな目で見るな。これも違うよな？ わかってる。ちょっと混乱してんだ。食う、寝る、遊ぶで一日の大半が構成されているのおまえとは違うんだよ。
いった！ くそっ、本気でかんだだろ！ 無駄に一号にそっくりな目がだめなんだよ。絶対いま、漢字読めないオレを見下しているあいつと同じ目をしてんだ！
あーくっそ、これだから犬は！
一号があんなんだから二号もこうなるのか？ どうでもいいとこばっかにるんじゃねぇよ！
こんなところに隠れてこなきゃいけないのも、全部おまえを拾ってきたやつがいけないんだよ。あいつ変なもんでも食べたのか？ おまえのご主人様だろなんと かしてやれ。このままじゃオレがおかしくなる。部活にも集中できなくなるし、そうしたらカントクにもどやされることになるし、絶対よくない方へよくない方 へと連鎖する。
そんなおかしな物を見るような目で見るな。こっちは朝から散々なんだ。いや、朝どころか昨日の帰りか。いや一昨日？ もういつでもいい。とりあえず、始まりはもう思い出せないけど、とりあえずあいつのせいでそろそろ胃がどうにかなりそうだ！
まあ、始まりからしていつもとちがったんだ。遠慮なんてどこ吹く風で、人をばかにするとき以外は言葉を濁すことなくずけずけ本当のことをいうあいつが、みょうにもじもじしてオレを人気のない場所に連れだすんだぞ。
いま思えば、どうしてあのときとどまっておかなかったのか。もしかして、なんか悩みでもあるのかなんて、甘いところをみせてしまったオレが間違いだった。 後悔しても、もうどうにもならないことってあるよな。人間の人生なんて、そういうことの繰り返しだ。でもあのとき違う選択をしていればって思わずにはいら れないんだよ。オレの気持ちわかるか？ わかるだろ？
だけど、そんなこと知りもしない、考えもしなかったあのときのオレは、のこのことあいつのあとをついていったんだよ。
ホームルームが始まる前の無人の多目的教室。ざわめきもなく学校中が静まりかえっていたような気がしたから、本当はもうホームルームなんてとっくにはじ まってたのかもしれない。でも、いつもはぼんやりとしてるあいつが、視線をさ迷わせながら、まだつやつやした汚れの目立たない床を凝視してるもんだから、 そっちのほうばっかりに気をと取られてて時間なんて気にしてる余裕がなかった。
だってそうだろ？
普段は歳のわりに落ち着いてて静かなやつだし、取り乱すこともあんまりない。悩めば知らないうちに解決してるし、むしろ誰かの悩みを黙ってきいてやるようなやつだ。まあ、そこらへんはおまえと似てるのかもしれないな。
だから、そんなあいつをここまで悩ませることがあるのかと思ったら、同じ部活のよしみとしては、力をかしてやりたいと思うのが人間ってもんだろ。オレおかしくないよな？ それ以上でも、それ以下でもなく、ただの親切心だからな？
えーっととかあーっととか言葉を濁したり話し出しを探すみたいに落ち着きがないあいつのことを、話す気になるまで待つかって最初は大人しくしてたんだが、 そのうち面倒になってきて、急かすみたいに名前を呼んでうつむきがちだった顔を覗きこんだ。そしたらあいつは、必要以上に飛び上がってオレと距離をとる と、吃驚するくらい真っ赤な顔をして薄水色の瞳でオレを見た。もともと白いのに、面白いくらいに頬を真っ赤にしてるから、もしかして風邪なのかと聞くと、 違いますと蚊の泣くような声で、小さく首を振っただけだった。
それから、五分だったのか十分だったのか、それとも一分しかたってなかったのか、 よく覚えてない。ただ、その場にあった沈黙を打ち破るみたいに、落ち着きなく何かを探すようだった薄水色が真っ直ぐにオレを見たんだ。そう、いまのおまえ みたいな目をしてたんだよ。ああ、ついにか、どんな話がくるんだと気合を入れたら、アメリカではよくあることかもしれないですけどと、消え入りそうなくせ にやけに通る声が落ちた。急にアメリカなんていわれたもんだから、わけが分からなかったオレは、はあとかううんとか適当に間抜けな返事を返したことだろ う。それを聞いているのかいないのか、ためらいを感じさせるように、唇を舐めて何度か呼吸を繰り返したあいつは、オレの名前を呼んでいったんだ。
すきですって。
おまえそんな気のなさそうな顔してるけど意味わかってるか？
ちなみにオレは聞き間違えたのかと思って二回ぐらい聞きなおしたけど、どう考えてもすきですっていってた。しかも、お願いしてもいないのに、あいつのほう から距離をとったくせにいつの間にかそれを詰めて、ぎゅっと手を握られた。その手が妙に熱くって、オレを見上げていた顔が赤かったのも風邪とかじゃなくて 緊張なんだろうなとか、本当にどうでもいいけどそうおもったよ。それでもう一回、すがるみたいにすきですって言われたんだ。もう頭の中真っ白だったね。こ の間のテストくらいやばかった。思考停止状態だ。
てか、あいつアメリカのことなんだとおもってんの？ アメリカではよくあることかもしれないけどって、よくねえよ！ 男から告白されたことなんていっかいもねえよ！ たしかにどんな相談にでものろうって意気込みはあったけど、そういう気合は入れてねえから！
たしかに、たしかにだ。あんまり男くささがないってか、中性的ってか、それ以前に影が薄いやつだよ。でもだ、それでもだ。いくら全体的に薄いやつとはい え、あいつは男だし、あいつの目がおかしくない限り、いやどこからどう見てもオレも男だよな。そこに疑問を持ったことは一度もねえんだよ。
いや落 ち着け。それよりなんでこんな展開になったんだ、何でオレなんだよ。コートの中では光と影とかいってお互いのこと常に気にしながらプレイしてるし、なんだ かんだで学校とかそれ以外でも一緒にいる時間は長かったよ。でも、オレ男じゃん。あんな捨てられた犬みたいな目で見られたって、オレに何ができるって言う んだよ！
そりゃあオレだってすきかきらいかっていわれたらあいつのこと好きだぜ？ だから正直にオレだっておまえのこと結構すきだぞって言った ら、そういうのじゃないですって即否定だったからな。分かりやすくいうとラブですって、おまえさっきまでの恥じらいはどこへ行ったんだよ。なんでこういう こきだけ英語なんだ。あと、こわいくらい真面目な顔して断言するな！
なあ、どうしたらいいと思う？ 二号なら一号の気持ちも分かるだろ？
もうどうしたらいいかわからずにとっさに逃げてきちまったけど、このあと教室に戻ったら嫌でもあいつは後ろの席にいるし、放課後になれば部活は一緒だし、 てかどう考えても学校内で一番一緒に過ごす時間が長いのはあいつだし、実はこの週末には一緒にバッシュ見に行く約束してるし。どう指折り数えてみても、こ の先のオレの予定は案外あいつで埋まっているわけで。
先週までは普通の友達だったはずだよな？ それなりにお互いに楽しくやってたはずだよな？ この展開はおかしいよな？ 二号もそう思うだろ？ このオレの驚きが理解できるだろ？
突然のことに言葉見つからなくて逃げてきちまったけど、どうすればいいんだよ。おまえらそっくりだからなんか分かることねえの？ ワンじゃなくてもっと違 うアドバイスをくれ。無理じゃなきゃ、同じ名前のよしみで、オレはやめとけもっと素敵な女子がいるってすすめてやれよ。いやでも、それで女に現を抜かして バスケできないとかなったら、いや違う。いまの無し。本当になし。忘れてくれ。あと、できればこの記憶も消えてくれ。夢になってくれ。
おい、な んで欠伸してるんだよ。ちょ、尻尾なんて振ってどこいくんだ！ オレを置いていくな！ まだ何も解決してねえだろ！ 本当にどうしろって言うんだよ、好き とか嫌いとか、いやだとか無理とかいいとか、あいつのことそんなに簡単に判断できるわけないだろ！ あいつじゃなきゃこんなに困らねえよ！
あっ、えっ？ なんだよ？ ワン？ ワンワン？
わかるか！ 日本語か英語でしゃべれ！
作成：12・5・24
更新：12・5・28