男か女かといわれれば女が好きだった。
 事務的な処理でしかなかった自慰行為のときの性欲の対象はいつだって女だった。ならば、周りに体温を分け合う相手がいなくて、性別なんて気にしないというくらいに性的欲求を持て余しているというわけでも、セックス依存症でもない。自分にとって肉体的にどうしても必要な行為というわけじゃなかった。なのに、まるでこれが日常生活に欠かせない必須行為であるかのように、躊躇うことなく次の行動を考えている。
 まとわりつくように湿度の高い空気が充満しているバスルームの中。もう頭も体も洗って、この場所ですることなんて他にないはずなのに、出しっぱなしのシャワーのコックをひねって温度調節をして、僅かに残っている冷静な自分を捨て去るように小さく深呼吸をした。湿った空気が喉に張り付く。これくらいならと熱くもなく冷たくもないシャワーを下肢にあてて、そのまま排泄にしか使わない場所を丹念に洗う。硬く閉じたままの皺を丁寧に撫でながら、足元を睨みつけた。目の前にある曇った鏡は、間抜けな自分を映しているだろうから、見たくなかった。どんなに言い訳したって、真面目ぶって理論を組み立ててみたって、こんなことをしている自分はひどい愚か者だ。そうだとわかっていても、愚か者ゆえに手を止めることはできない。このまま指を突っ込んだって、自分が痛みに涙を流す展開しか思いつかないので、仕方なしにため息を一つついてシャンプーの隣に当たり間のように鎮座しているローションを手に取った。もちろん美容用でも髭剃り用でもない。ネット通販を利用するのも情報が登録されそうで嫌だったし、普段使っている薬局で買うのも気が引けたので、いつもは着ないようなカジュアルな服を着てカラーコンタクトをして髪型を変えて、遠くの薬局までわざわざ買いに行った性行為用のローションだ。
 本当に、僕は馬鹿だ。人から馬鹿だなんだといわれるのは好まなかったけれど、間違いなく馬鹿だ。だって、こんなことしていったいなんになる。何のためにこんなことをしている。なのにローションに伸ばした手は、当たり前のように新品同様のボトルを掴んで蓋を開けて、とろとろとした液体を自分の手のひらに馴染ませていた。真剣にボトルの注意書きを読んだ結果、食べても平気ということがわかったのだが、間違っても経口摂取したいと思える類のものでもなかった。シャワーを元の場所に戻して、お湯の変わりに手に人肌の温度にあったまったローションを尻に馴染ませる。どれだけの分量が目安なのかなんてことは知りもしないし、知りたくもなかったが、少ないよりは多いほうがいいだろうと、もう一度ボトルからローションをたらして、ぬるぬるとしたすべりを借りて、閉じたままの肛門へと指を伸ばした。もちろん、排泄以外には使用しないその場所は、外からの侵入者を拒むように口を閉ざしたままだ。何度か穴のふちをなぞりながらほぐしていくが、そんなことで自動的に濡れてくるのなら今ごろ僕はこんな屈辱的なことはしていなかっただろう。思い切って指をねじ込むと、本来与えられていない機能への警告なのか指をぎゅうぎゅうと締め付けられた。こんなところに突っ込むなんて、入れるほうの男も痛くないかと思うのだが、前回僕の中に吐精したことを思えば、それなりに具合のいいものなのかもしれない。入れられる方の腹の具合は最悪だが。
 括約筋をなだめるように何度か抜き差しを繰り返して、スムーズに指が入るようになったころに、そのまま第二関節辺りまで中指を突き刺した。ぎゅっと閉じた部分をこえるとほんの少し余裕のある柔らかい体内に触れる。そこを広げるように指を前後させると、腹の奥からつんとしたような違和と痛みが湧き上がってきた。一度指を抜いてもその感覚は消えなくて、じんじんする。それを誤魔化すようにローションを継ぎ足して、今度は躊躇うことなく指を奥へと入れる。もちろん、性器は萎んだままで、勃起すような気配も見せない。人工的に濡らされた肛門ばかりが、異様な熱をはらんでいた。既に痛みなのか、快楽への前兆なのかもわからない。
 一本だった指を二本にして穴をほぐそうとすると、それだけで自分の体内がぎゅうぎゅうになってしまう。苦しいのを誤魔化すようにつめていた息を吐いて、腸壁を撫ぜながら、自分の呼吸を合わせていく。僅かに異物を許容しだした排泄口は、痛みに似た疼きを訴えるように収縮を繰り返す。入れるときよりも、抜くときのほうが快楽に近いということはわかっていた。抜き差しを繰り返しながら、少しずつ自分の息が上がっていくのがわかる。しかし、性器に直接的な愛撫をするときとは違う、尿意のような感覚が迫ってきて、自然と股を擦り合わせてしまう。異物感とは違うより快楽に近いものに、思わず性器に手を伸ばす。後口をほぐすことを繰り返しながら、まだ硬くなる気配も見せない性器に指を這わした。
 がさりと、脱衣所へと繋がる扉の向こうで音がした気がした。だが、出しっぱなしのシャワー音にまぎれて消えていく。ローションのぬめりは、肛門をほぐすのに使うよりも性器を愛撫するときに使ったほうが気持ちがいいなんてことは、僕にとっては必要のない知識なのだが、知ってしまったことはもう仕方ない。そして、男というのはかわいそうなくらいに快楽に弱いものなのだ。後ろをほぐす手助けとなるようにと、性器をもみしだいてわかりやすい快楽を追っていく。脳裏に描く自慰行為のお相手は、残念なことに干支一回り分は年上だろうと思えるような男だった。でも、その男のためにこんなことをしているのだと思えば、僕の性感を高めるために勝手に出演させられるくらい許して欲しい。ほら、だって、僕の頭の中にいる彼は、本当にバニーは仕方ねえなあと、何が仕方ないのかもわからないのに、肉食獣のような笑みを浮かべているのだ。
「おーい、バニーちゃん」
「へっ?」
 びくりと肩が揺れた。括約筋がぎゅっと自らの指を締め付ける。思い余って僅かに立ち上がりかけた竿の部分を強く握ってしまい体が震えた。しかし、痛みの奥にも気持ちよさを見いだしてしまうのが恐ろしい。
「あれ、バニー?」
 おかしい。脳内にいるはずなのに、どうしてだか僕の背後のドアの向こうからどうしても彼としか思えない男の声が聞こえてくる。自慰のお供にしていた彼は、本物の到来にどこかへと霧散してしまった。それをきっかけに一気に現実へと引き戻されて、羞恥なんだかあせりなんだかわからないものが、せりあがってくる。
「のぼせてるのか? 開けるぞー」
「あ、待ってください!」
 どうやら恐ろしいことに、僕の妄想ではなく現実の彼だったらしく、その言葉の通りにドアの向こうで人が動く気配がした。いくら、彼のためにこうしてささげられる前に自らの身を清める生贄みたいなことをしているとはいえ、こんなシーンを見られて平気でいられるほどに献身的にはなれなかった。そして、屈辱的な自らを見られて性感を得られるほどに、被虐的思考でもなかった。急いで自分の体内から指を抜いて、何もなかったようにローションを洗い流すと、そのボトルもシャンプーとボディーソープの陰に隠れるように配置を換える。
「お、生きてるか。出てくるの遅いから、風呂で寝てるんじゃないかと思って見にきちまった」
 何も考えていないような能天気な口調と、切羽詰った僕の状態があまりにもかみ合わなくて、喜劇か何かのようだ。そのギャップが余計にいたたまれなさを増す。
「起きてます。お湯につかったままでてこないあなたと一緒にしないでください」
「俺は寝てるわけじゃなくて、湯船を楽しんでるんだよ。それより、俺も入っていいか」
「はあ?」
 予想外の方向からの投球に勢いよく振り返ってしまう。すりガラスの向こうには見慣れた背格好の男が立っていた。しかし、おかしい。どう考えても肌色過ぎる。というより、明らかに全裸だ。もちろん、脱衣所だから服を脱ぐのはおかしいことではないのだが、いやだからといって入っていいかとお伺いを立てているのに、もう脱いでいるというのはどういうことなんだろうか。いやな予感しかしなくて急いでバスルームと脱衣所をつなぐドアを腕力で封鎖しようとすると、それよりも一瞬早く、僕が何をしていたかなんて爪の先も想像していないであろう暢気な男が遠慮なしにドアを開いた。
「ちょっと、なにやってるんですか!」
「ドア、開けたんだけど」
「開けたんだけどって、何のために入っていいかって聞いたんですか!」
「え、気遣い?」
 ぼんやりとした視界には、ぼんやりとした男の影が映っていた。けぶるような輪郭でも、まったく悪びた表情をしていないのがわかるから憎らしい。しかも、僕が声を荒げているのも気にしないで、浴槽にお湯をためていないことに不平をもらしながら、バスルームに侵入してくる足を止めない。
「気を遣いきれてませんよ。もう少ししたらでますから、外で待っててください」
「でも、脱いじまったし」
「勝手に脱ぐからいけないんです」
「服脱ぐのにまでバニーの許可が要るのか?」
「じゃああなたは、家主が嫌がるのを押し切って入浴中のバスルームに侵入してくるんですか?」
「なんだよその言い方。俺が変態みたいじゃねえか」
 心外だとばかりに肩をすくめて、ヘーゼルの瞳を瞬かせた男に、心外なのは僕のほうだといってやりたくなる。売り言葉に買い言葉というか、まったくもってデリカシーのかけらもないというか、配慮がないというか。もう少し距離感というものを正しくもって欲しい。しかも、同性同士とはいえ、一度は肉体関係を持った仲なのだ、もう少し羞恥だとか遠慮だとかがあってもいいんじゃないだろうか。いやべつに、僕自身が特別扱いをして欲しいだとか、女性に対して欲情するように積極的になって欲しいわけではない。間違ってもそういう方向性を求めているわけでもない。ただ、今晩の場合は、これからやるぞという雰囲気を漂わせて僕が先にバスルームに来たわけなのだから、ここまでムードに欠ける選択もないんじゃないだろうか。
「変態か変態じゃないかと問われれば、僅差で変態のほうに票を入れたい気分です」
「うわあ。相棒相手にそれはないんじゃないのバニーちゃん。純粋に心配して来てやったのに」
「頼んでません。しかも、入浴中に、同意もなしに侵入してきたらハンドレッドパワーで撃退されても文句は言えませんよ」
 僕の言葉に、目の前の男の動きが止まった。冗談を本気にとられたんだろうかと思ったが、その違和は一瞬のうちに消え去ってしまい、その代わりに無遠慮な瞳が瞬いていい標的でも見つけたというようにじいっと僕のほうに向けられた。
「たってる」
 えっ、と間延びした声を漏らしてしまった。どこかチョコレートにも似た色をしている瞳は、僕の股間の辺りに視線を注いでいる。そこまできて、ああと自分がいったいどんな状況なのかを思い出して吐きそうになった。主に下半身の状態についてだが。この変態と罵ることができればよかったのだが、罵るよりも先にこの場から逃げ出したくなる。もちろん、完全に勃起しているわけではない。このおじさんのせいで、盛り上がっていたムードも総崩れしてしまったのだから、体の奥から這い上がってきた快楽の片鱗はもう手の届かないような奥底まで落下していってしまった。だが、車は急に止まれないのと一緒で、男の欲情だって急には消え去らないのだ。
「随分と長いお風呂だったもんなあ」
 ずいと距離を近づけて覗き込んできた虎徹さんの表情は、それこそ殴ってやりたくなるようなにやけたものだった。まるで何も言わなくたってわかっているとでもいいたげだ。本当にバニーは仕方ねえなあと虎徹さんの唇から漏れた言葉が、湿気が充満したバスルームの中に反響する。僕が自慰のお供に脳裏で思い浮かべていた虎徹さんと同じ言動を取っているはずなのに、もう霧散してしまった彼のほうが十倍くらいはかっこよかった気がする。もっとスマートだった。僕への迫り方とかが。こんな中年と呼ばれる年齢丸出しではなかった。
 逃れるようにつめられた距離から身を引いたはずなのに、それを追うように既に熱を持ってしまった虎徹さんの指先が僕の手首を掴んだ。ぎゅっとこめられた力は、お遊びみたいな会話のキャッチボールをしていたときとは違う、濃密な空気がバスルームの中に流れ出したことを知らせる合図のようだった。
「頬が赤いのも、のぼせたからじゃなかったんだ」
「うるさい、ですよ」
 視線をそらすように逃れてみても、ぐいっと腕を引かれてヘーゼルの瞳が逃げることを許さないとでも言いたげに僕のことを映した。そこに映りこんでいる僕は、いったいどんな表情を見せているのか。虎徹さんがだらしなくそして情欲の欠片を覗かせているということは、それなりにムードを盛り上げるような役目を果たしているのだろう。
「逃げなくてもいいのに」
「あなたと違って、羞恥心がないわけではありませんので」
「ふーん。一人でしてたことは否定しないんだ」
 無駄に饒舌な男は、チシャ猫のような笑いを見せて僕を見た。細められた瞳が癪に障る。だが、ここまできてしまったら本当にしていたことを必死になって否定するほうが、さらにひどい展開へと繋がることをなんとなく想像することができたので、雰囲気に流されたかのように最小限のダメージでこの場を乗り切ることを考えるのが一番上手いやり方だ。
「僕も男ですから否定はしません」
「でも、肯定もしませんってか。なあ、なに考えてしてたの?」
 なんでもないことのように聞かれた言葉に、あなたのことですよと当たり前のことのように返すことができればよかったのに、さすがの僕もそこまでのあけすけさをもってはいなかったらしい。あなたのと、音にしようとして躊躇いや羞恥のほうが勝ってしまった。
 かわいい女の子とのこと? それとも身近なところでブルーローズとかアニエスだったらどうしようと、人事みたいに(実際に人事である)見当違いなことばかりを言っている僕の自慰のおかずが腹立たしく、そのまま背後の濡れた壁に彼の背中を押し付けて、少しだけ低い位置にあるその唇に噛み付いた。最初は軽く重ねるだけ。でもそれじゃあ飽き足らなくて、強請るように唇を噛む。噛んだ部分を獣か何かのようにまた舌でなぞってもっと深くと乞いた。目を白黒させていたのは一瞬で、そんなものどこかに捨て去ってしまったかのように、熱を持った舌が応えるように僕の口内へと入り込んできた。ざらついた舌が歯の前列をなぞり歯茎を舐める。そのたびに不快感とも嫌悪感とも違うくすぐったさが湧き上がってきた。虎徹さんが手のひらを僕の後頭部に回して、自然と体が密着し口内の繋がりも深くなる。僕の中を荒らしていく舌に応えるように絡めると表面を舐めとられて背中が震えた。それは笑いを呼びつけるようなくすぐったさではなくて、性感を呼び起こすような震えだった。仕返しのように虎徹さんの舌を噛むと、口角からどちらのものとも知れない飲みきれなかった唾液が零れ落ちていった。
 息苦しさに逃げるように舌を引っ込めると、最後に僕の唇を軽く噛んで深く重ね合わせていた唇が離れていき、バスルームの中に荒い息が響いた。わかりやすい情欲の色をともした虎徹さんが、もう一度触れるだけのキスをして、そのまま辿るように濡れた唇が頬、首筋、鎖骨と下っていく。首筋に肉食獣か何かのように噛み付いた虎徹さんは、遠慮なしに歯を立てて自らがつけた歯形を慰めるように舌先で痕をなぞっていく。そしてまた、ぎゅっと噛み付いて、痛みを誤魔化すようにぬるりとしたで舐めとる。痛覚と舌先のザラザラとした感覚に、知らぬうちに意気が上がり、背中が震えた。それに気づいたらしい虎徹さんは、ひときわ強く噛みつくと、丹念に歯形を愛撫していく。痛みとその奥からせりあがってくる痺れに、誤魔化しようのない熱をはらんだと息が漏れた。
「バニー」
 吐息が、首筋をくすぐる。完全にスイッチの切り替わったそれは、相棒なんていうきれいなものではなくて、僕の体を荒らしていくただのセックスパートナーだった。濡れた鳶色の瞳が、僕を見る。僕と同じように、同じ男の体に欲情しているその姿に、ひどくずるい安堵をいだく。
 体の重心のほとんどを背後の壁に預けて、応えるように視線を合わせると、きれいだという言葉が落ちてきた。言われている意味がわからずに首をかしげると、虎徹さんの節くれだった指先が僕の頬に添えられて、唾液に濡れた唇に触れた。左手ではなく右手で触れたのが、彼なりの配慮だったのだろうか。そんなことを考えてしまう自分も、この状況でそんな気を回してしまう目の前の男も、滑稽だった。本当のことなんて、どうなのかは分からなかったけれど。
「白い肌が赤くなってて、きれいだ」
 唇に触れた指先は、そのまま下へと下がっていき、ついには熱を持った下肢へと触れる。半勃ちだったそれはいつの間にか明確な意思でも持っているかのようにゆるく天井を向いて勃ち上がっていた。ざらついた年齢を感じさせる指先が、竿の部分を上下にしごいていく。強弱をつけるような動きに、ずっと待ちわびていたものを与えられるかのように、いままで与えられなかった直接的な快楽が競りあがってきて荒い息が漏れた。離れた指先の変わりに虎徹さんの唇がもう一度僕のものに重ねられ、別の生き物のような動きをする舌が口内を犯す。そして、竿をしごいていた指先が、敏感な先端を押しつぶすようにして尿道口を抉った。痛みに近い快楽にジンジンとした痺れが下肢から全体へと広がっていく。
「舐めてもいい?」
 言われている意味がわからずに首をかしげると、性器に絡められたままだった指先が竿をしごき敏感な先端に爪を立てられる。
「は、ひっ……」
「バニーのここ舐めてもいいだろ?」
 迫り来る尿意のような痺れに背を震わせると、なだめるように優しく先っぽを撫ぜられて、自然と指先に力が入った。もう、体からはだらしなく力が抜けて、壁と虎徹さんの間に挟まれて何とか姿勢を保っているような状態だった。気持ちがいい。それだけが頭の中を通り過ぎていく。快楽に身を浸すような状態に返事が遅れてしまったのを肯定ととったのか、虎徹さんが僕の前にしゃがみこんで、そのまま僕の性器に躊躇うことなく舌を伸ばした。驚きに腰を引いても、背後は壁なので逃げることはできない。真っ赤な色をした舌が、僕の竿を一舐めして、唇が性器に触れた。
「きたない、です」
「きれだよ、どこもかしこも。バニーはきれいなんだ」
 僕に聞かせるわけではない、独り言のような言葉。それを飲み込むのと同時に僕の性器も虎徹さんの口の中へと消えていってしまった。生暖かくぬめった感覚に、自然と腰が揺れそうになる。単純に気持ちが良かった。自分の手とも、指先とも違う感覚が、まとわりつくように性器全体を刺激して、息が上がる。グっと唇を噛み締めて漏れそうになる声を空気と一緒に飲み込むと、それを責めるように亀頭に軽く歯を立てられた。輪にした指で根元から括れまでを上下にしごかれ、歯を立てた先端の痛みを慰めるように舐められる。そのまま奥までぐっと飲み込まれて、唾液に濡れた口内でぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てながら、追い詰められていく。括れを舌先でなぞられ変な声がでてしまった。それに気をよくした虎徹さんの舌が、裏筋から先端までを丹念にねぶる。もっと奥までくわえてほしいと疼く腰を抑えて、僅かに抵抗するように虎徹さんの頭に触れると、僕の性器をくわえたままの彼の視線とぶつかった。恥ずかしい。でも、その恥ずかしいという気持ちさえ、じんわりとした快楽へと変換されていく。
「も、はなして」
「いやだね」
 息も絶え絶えな言葉を無視して、虎徹さんは真っ赤に染まった柔らかい先端に唾液をたらして、ざらざらした舌先で円を描くように舐めとった。たまらない。腰が揺れる。これが上手いのか下手なのかなんて僕は知らない。でも、虎徹さんが僕のものを舐めてくれているんだと思うだけで、気持ちがよかった。
「本当に、駄目です。だめ、」
 いやいやをするように首を振るのに、虎徹さんは僕の性器を責める指と舌の動きを休めることなく、さらに追い立てていく。尿道口を舌先でくすぐられたときに、どぷりと先走りが漏れるのがわかった。そしてそれを馴染ませるように穴の奥を抉られる。敏感な粘膜をいじられて、ひゅっと喉の奥がなった。自力で立っていられなくなって、ずるずると壁を伝ってすべり落ちていきそうになる。耐えるように虎徹さんの髪をぎゅっと引っ張ると、性器をくわえたまま言葉にならない声でバニーと呼ばれた。その振動に尿意にも似た射精感が募る。最後の仕上げとばかりに根元から括れまでをしごかれ、先っぽに歯を立てられたときに、体が震えた。次の瞬間に、ぎゅっと虎徹さんの頭を掴んだまま射精する。何度か断続的に精子を虎徹さんの口内に吐き出すと、そのまま体から力が抜けて床へとへたり込んでしまった。肩で呼吸をしてまだ吐精感に震えている体を落ち着かせるように息を吐き出す。僕の精液を口にためたままの虎徹さんが咳き込むように僕に背を向けると、それを吐き出した。排水溝に吸い込まれるように流れていく白濁色の液体に、顔が赤くなるのを感じる。
「やっぱり不味いな」
「だから放してくださいって言ったじゃないですか」
 八つ当たりのように、咳き込んでいる虎徹さんを睨みつけると、だってバニーちゃんが気持ちよさそうだったんだもんと反省の色のない言葉が返ってきた。まさか虎徹さんの口の中に射精することになるとは思ってもいなかったので恥ずかしさのあまり顔を覆いたくなる。だが、そんなものに浸る隙も与えないとばかりに手を伸ばしてきた虎徹さんは、自らの精液で汚れた僕の性器に触れながらそれよりも奥へと触れようとする。まだ性感を引きずっている下肢は、ほんの少しくすぐるように触れられただけで硬さを取り戻した。
「若いなあ」
 おじさんが馬鹿にするみたいににやりと口角をあげたのが癪に障って、まだ力のはいらない足で蹴りつけてやると、逆に足首を掴まれてそのまま引っ張られ仰向けに転がってしまう。したたかに打った頭が痛かったけれど、それよりも何よりも快楽を感じている体を見られているのが耐え難いことのように思えた。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫じゃないです。足、離してください」
 つかまれたままの左足を抵抗するように暴れさせると、あっけなく開放されてしまう。
「ああ、悪い」
 覗き込んできた虎徹さんの瞳は、明らかに興奮の影が見え隠れしていた。視線を落として股間のあたりに目をやると、僕のもの舐めていただけなのに、勃ち上がりかけている。視線の先に苦笑いした虎徹さんは、僕の性器を愛撫しながら俺も大概かも知れねえなと呟いた。大概だって、そうじゃなくたって、僕相手でもちゃんと興奮してくれているのかと思うと、この身を投げ出しただけのかいもあるものだ。そのまま強請るように虎徹さんの手の上から自らの性器を扱くと、鼻から抜けるようなだらしない声が上がった。
「んぁっ、こてつさん、奥もしてくださいっ」
 ヘーゼルの目を細めた虎徹さんがごくりと唾液を嚥下するのがわかった。体勢をずらして次の刺激を待ち構えると、僕の言葉に答えるように虎徹さんの太い指が後口のふちをなぞる。その感覚にびくりと体が揺れた。いつもなら硬く閉じているはずのそこは、少し前にローションを使って解したばっかりなので、思ったよりも簡単に彼の指を飲み込んでしまう。虎徹さんもそのことに気づいたのか、少しだけ驚いたように目を見張った。
「おまえ、もしかして自分でしてたの?」
 首をかしげてそんなことを聞くなんて、本当にデリカシーがない。僕相手だったからよかったようなものの、女性相手にこんなことを聞いていたとしたら殴られてもおかしくないんじゃないだろうか。だが、嘘をついて乗り切ろうにも、既に簡単に指を受け入れるくらいに柔らかくなってしまったその場所は何よりも声高に事実を叫んでいた。そっぽを向くように顔をそらして、開いたままだった足を意識的に閉じる。自らを愚か者と評しても、理由なしにローションを使って肛門を解すような頭の弱い人間ではないし、誰でもいいから快楽を求めるような尻軽でもない。目の前にいる男は知らないのかも知れないけれど、僕にとっては彼でなければ駄目なのだ。
「痛い目を見るのは僕ですから。それに、少しでもきれいにしておかないとあなただって病気になるかもしれないし。二人揃ってこんなくだらない理由で通院なんていやですから」
 ぼかんとした顔をした虎徹さんは、何度かの瞬きの後にあーっという声を上げて頭をかかえてしまった。ついにおかしくなったのかと思ったけれども、そうではないらしい。顔を上げるとひどく真面目な表情で僕に覆いかぶさるようにして口付けた。奪うような乱暴さはない。いつくしむように優しいものだった。応えるように僕からも唇を重ねると、軽く唇を噛まれる。
「くそっ、おまえは男なのに」
「僕が女に見えるなら、いい病院を紹介します」
「そういうかわいげのないところも、バニーなんだよ」
 本当に、どうしようもねえなと、誰に向けたのかもわからない言葉を吐き出した虎徹さんは、体を起き上がらせて僕の後口へと指を伸ばした。
「あれ、つかってください」
 潤滑剤の代わりになるものを探して視線をさ迷わせていた虎徹さんに、シャンプーとボディーソープの陰に隠れていたローションのボトルを顎で示すと、わかったと頷いてそれに手を伸ばした。
「これ使ってたのか?」
「まあ。ちゃんとセックスに使えるやつなので安心してください」
 自分が口にしたセックスという言葉に興奮してしまう。僕の高揚を煽るようにローションのボトルを開けた虎徹さんは、無色透明なトロトロとした液体を僕の下肢にたらして、徐々に広げていく。性器を扱き、そしてローションに濡れた排泄口にゆっくりと指を入れた。いくら自分でほぐしたとは言っても、異物感がないわけではない。ゆっくりと体を開かれるたびに、ジンジンとした違和を感じる。
「指、増やすぞ」
 僕が頷いたのを確認した虎徹さんは、ぐっと二本目の指を入れた。異物感が増す。二本の指が狭い体内を押し広げるようにぐちゅぐちゅと犯していく。それが快楽に繋がるのだということはわかっていても、まだ異物感と不快感のほうが強かった。虎徹さんもそれを理解してるのか、なだめるように僕の性器を愛撫しならが、腸壁を撫でていく。異物感と同時に与えられてるわかりやすい快楽に、できるだけ後者を追うように性器に与えられる刺激に意識を集中していくと簡単に息が上がっていってしまう。そうすると連鎖反応のように中を動き回っている虎徹さんの指を締め付けてしまい、ひっと変な声がでた。
「も、へいき、ですから」
 悲しいわけでもないのに涙の膜が張っている目を瞬かせながら強請ると、まだもう少しだけと虎徹さんがなだめすかすように僕の性器を優しくしごく。前から得ているのか後ろから得ているのかわからない熱に固い床を蹴ると、バニーと落ち着いた声で名前を呼ばれた。応えるように虎徹さんの瞳を見る。すると、体の力が抜けた瞬間に、三本目の指が押し入ってきた。
 性器の先端を押しつぶされ、竿を扱かれ、鼻にかかった声が漏れる。もう、どこが気持ちいいのかよくわからなかった。三本の指が継ぎ足されたローションの力を借りて奥の奥を擦る。
「ああっ」
 性器から与えられる直接的なものとは違うなれない性感に、ぎゅっと指を締め付けてしまい余計に強い刺激を感じる。はあはあと息を荒くしていくと、濡れた息を吐いた虎徹さんが、焦らすようにゆっくりとした所作で指を引き抜いて水音を立てていく。指が抜けていく排泄感は吐精感にも似ていて、自然と熱い息が漏れた。そしてまた、閉じきらない場所を広げるように指が入ってくる。
「バニー、なんか俺やばいかも。いれてもいいか?」
 ご機嫌伺いをするように覗き込んできた虎徹さんに、こくこくと何度も頷くと、勢いよく指を引き抜かれ代わりに熱くて硬いものをあてがわれた。慣らすように入り口あたりにぐにぐにと押し当てられたままの熱が堪らなくて、無意識のうちに腰を摺り寄せてしまう。虎徹さんはそんな僕の手のひらを掴むと、体をつなぐよりも先に、手のひらを固く結んで、もう一度だけ優しいキスを落とした。近すぎる距離に、彼がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。
 本当はうめたかった。揺れるような鳶色を。何があったのかなんて一言も漏らさないのに、なんだかつらそうにしている、彼を苦しめるそれを少しでも忘れて欲しくて。だからこんなふうにして、自分を切り売りするように、体を開いている。快楽なんていうものは付属品でしかない。この行為が僕にとって苦痛でしかないものだったとしても、いまのこの選択は変わらなかっただろう。
 いくぞと、耳元に落とされた声に、衝撃を待つように息を詰める。からっぽだった中身に侵略者のように踏み込んでくる。呼吸は獣のように乱れているのに、腰を進める動きは優しい。それがよけいにもどかしかった。
「くっ……」
 息を吐いて、つめて、ひっひっと間抜けな呼吸を繰り返す。濡れた床に仰向けに転がる僕は、つぶれた蛙みたいに無様なかっこうなのだろう。それでもよかった。
「大丈夫か?」
 情欲を隠そうとする、冷静ぶった声音。でも、こらえるようにゆがめられた眉根は、明らかな興奮の色を感じさせた。
この男が、このひとときでも僕におぼれてくれるのならば、それで彼の苦しみがひとときでも塗りつぶされるのならば、なんだってよかった。僕が無様だって苦しくたって同じ男に屈服させられたって、そんなことはたいしたことではない。そうだ、そうなんだと自らに言い聞かせて、浅い呼吸を繰り返す。視界は眼鏡をかけていない所為でぼんやりとしていた。でもそれ以上に歪んで見えるのはどうしてだ。
 唇を噛んでたえる異物感は、たしかな脈動を刻んで自己主張する。
「い、ですから、はやくっ」
 水分を多量に含んだような鼻に抜ける声。
 あさましく男を求めるようなそれに、わずかばかりの羞恥がわく。じっと僕を見つめる鳶色から逃げたくて、まぶたを閉じるとつらかったら言えよという優しい言葉の後に、優しさなんて捨て去ったような乱暴な熱が僕の体をひらいていく。のどの奥、息を飲み込む。腰が逃げる。べたべたに濡れた指が腰をつかみ、僕をいたわる言葉を裏切るように繋がりが深くなる。異物を排出するために収縮する内壁に、より強く虎徹さんの熱を感じた。一番笠の張った部分が、腸壁を抉るように、体内をこじ開けていく。そのたびにぞくりとした震えが腰の奥から這い上がってきた。
「あと少しだから」
 熱に浮かされたような虎徹さんの言葉に瞬きをすると、悲しいわけでもないのに涙が出た。それは頬を流れ落ちて水っぽい床へと消えていった。声にならない呼吸を繰り返している僕の唇を虎徹さんの指先が撫ぜて、大丈夫だからと囁かれる。何が大丈夫なのかなんてわからなかった。でも、僕も大丈夫ですからと虎徹さんを急かすように握ったままの手のひらに力をこめた。侵入を再開した性器は、虎徹さんが腰を進めるほどに、僕も知らないような体の奥を押し開いていく。ぐいっと押し込むように奥をつかれて、苦痛なのか喘ぎなのかもわからないような声が漏れた。
「バニー、全部、はいっ、た」
 圧迫感はあるが思ったほどの苦痛はなかった。呼吸を繰り返すたびに、中にある虎徹さんの熱を感じて涙が出そうになる。お互いに熱をはらんだ呼吸を繰り返しながら、繋がっている場所が馴染んでいくのを待つ。繋いでいないほうの手のひらで下腹部に触れると、この皮膚の下には僕の上にのしかかっている男の性器が入り込んでいるのかと、ひどく不思議な気持ちになった。歪な繋がりのはずなのに、これ以上ないくらいに僕の中をみっちりと埋めている。与えたかったはずなのに、与えられているのは僕のほうだ。
「痛いのか?」
「違います。ここにあなたのが入ってるなって思って」
 どくりと腹の奥で熱が脈打つのがわかった。虎徹さんも自覚してのことなのか、わかりやすく目をそらしてそっぽを向いてしまった。濡れた黒髪から覗く耳は僅かに赤く染まっている。へんなことを言ってしまったのだろうかと思ったけれども、下腹部を満たす圧迫感が増したことを思うと、萎えたわけではないようなのでまあ深くは追求しないことにしておく。
「そろそろ動いてもいい?」
「は、い」
 僕の言葉にこたえるように、体の中からずるりと熱いものが抜けていく。それは苦痛と排泄感があいまったようで、息が詰まりそうになった。しかし、苦しいのにそれだけではない。与えられた熱源が体の中を蹂躙するたびに腰の奥からぐずぐずとしたものが這い上がってくる。うまく処理することのできないそいれは、形を持たないもやもやとした快楽を与えてくれる。体内の粘膜がとろけていくような熱に、自然と腰が浮きそうになる。深くなった繋がりに、僕の性器が虎徹さんの腹に当たって押しつぶされて、ぐちゅぐちゅと水音がたった。
「こ、てつさ、ん」
 上手く形にならない気持ちよさがもどかしくて、助けを求めるように名前を呼ぶと、先走りに濡れた精液を扱かれて、ぎゅっと後口を締め上げてしまう。最奥まで繋がって、体内を擦り上げられるたびに、終わりのない疼きが体の中を走っていく。器に水をためたさきから零れ落ちていくように、生殺しのような状態が続く。虎徹さんの性器が僕の体内を満たすたびに、悲しいわけでもないのに涙が出た。なんで泣いているのかなんて僕にはよくわからなかった。僕が泣いていることに気づいた虎徹さんは、少しだけ慌てたように僕の名前を呼ぶと、ぐっと性器を奥まで押し込んで僕にのしかかり、濡れた舌で涙を拭ってくれた。自らも触れたことのないような奥を突かれる感覚と、肌の上をくすぐっていくざらざらと舌に、甘い疼きが下肢を襲う。その拍子に虎徹さんの性器をぎゅっと締め付けてしまい、彼の形をいやというほどに感じてしまう。そのままずるずると抜けていくそれが性器の裏側を通り過ぎたときに、ひっと息が詰まるかのような衝撃が走った。漏れるかと思った。何がかはわからないけれど。耐えることのできないそれに、足が空を蹴り、腰が揺れる。僕の異変に気づいた虎徹さんは、もう一度性器の張り出した笠の部分でさっきの場所を擦り上げ、僕の反応を見るように鳶色の瞳で覗き込んできた。見られていると思うと、性感が増す。性器の裏を擦られて、堪えきれずに裏返ったような声がでた。そして、とぷりと先走りが漏れる。いままで手に取ることが出来なかった快楽にちかかったものが、急に形を持って僕の器の中を満たしていく。強すぎる刺激に感覚が追いついたときに、それが気持ちがいいということなんだとわかった。
「う、あぁ、あっ」
 駄目だと思った。これには、終わりがないと。性器から得る、高まっていくような感覚とは違う。ただただ気持ちいいという感覚だけが頭の中に溢れてきて、ずくずくと犯されていく。虎徹さんとの繋がりが深くなるたびに、彼を受け入れている場所は僕の気持ちなんて無視してもっともっととひくついていく。
「おい、バニー」
「くっ、うっ。こ、てつさんあっ」
 声にならない。溶けそうな熱をはらんだ下肢が、僕の意識を犯していく。それが怖くて、虎徹さんの手のひらをぎゅっと握ると、膝裏を持ち上げられてぐっと奥まで突き上げられる。一度気持ちいいということを認識した体は、痛みをあっけなく手放して、快楽ばかりを追っていく。口から漏れるのはだらしない喘ぎ声ばかりだ。のしかかるように距離をつめた虎徹さんは、意味のない音ばかりを吐き出す僕の唇をふさいで、口内を舐め取っていく。あいていた腕を虎徹さんの首に回して縋るように舌を絡めると、嚥下し切れなかった唾液が溢れていく。なんて、だらしない顔をしているんだろうかと思ったのに、虎徹さんは重ねていた唇を離すと、熱に浮かされたように僕の名前を呼んでくれた。
「やらしい。真っ赤になってる」
 ここも、ここもと、頬や胸、脇腹、性器の先端をなぞられて、そのたびに体が震えて総毛立つ。きれいだと、落とされた言葉に、あなたのほうがと言ってやりたかった。僕を抱く腕も性器を押しつぶしている腹筋も、全部鍛え上げられていて男の色気を感じさせた。それだけじゃない、虎徹さんは中も外も信じられないくらいにきれいな人だった。
 あっあっあっと断続的に声を上げながら、処理しきれない快楽に頭の中が真っ白に塗り替えられていく、繋がれた手のひらをなぞっていく指先。彼の左手の薬指、指輪の向こう側に繋がっている人がいたのなら、もっと上手いやり方を知っていたのかもしれないが、与えられるばかりだった僕はこんな歪な方法しか知らない。そして、その方法さえも、真っ白な頭の中に飲み込まれていく。
「も、だめ、ですっ……」
 ゴールの見えない快楽に悲鳴をあげて、我慢しきれずにドロドロになった性器に手を伸ばすと、それだけで堪らなくて体が震えた。もう羞恥さえも取り払ってぐちゃぐちゃと先端を押しつぶして竿を扱いていく。虎徹さんも性器の出入りを激しくしながら、荒い息で僕の名前を呼んだ。彼も気持ちよくなってくれているのだと思うと、収まりかけていた涙がまた溢れてくる。
「うぁ、いきま、すっ」
「お、俺、も」
 ぐいぐいと体内を抉られて、そのたびに先走りをもらす。最後にダメ押しとばかりに性器を強く扱かれて、虎徹さんの性器を締め付けると、かすかな震えの後に体の奥に熱いものが流れ込んでくる。その熱を感じたのと、自分の性器から勢いなくだらだらと精液を吐き出したのはほぼ同時だった。いつもよりも長い吐精に色をはらんだ吐息を落として、全力疾走した後のように肩で息をする。虎徹さんが精液を吐き出した性器を後口から抜くと、たったそれだけのことで甘い痺れが走った。
 もちろん避妊具は使用していなかったので、体の奥から生温かい精液が流れ出してくる。荒い息を整えた虎徹さんは、僕に手を伸ばして起き上がらせてくれる。快楽の残滓に身を浸したまま力のはいらない体は、虎徹さんに引き上げられるままに座らせられただけで、そのまま彼の胸に倒れこんだ。背中がひりひりと痛かったが、それよりも情交後の興奮のほうがまだ勝っていた。
「どっか痛いところないか」
 近いところで聞こえた声に、まだ焦点の定まらぬ瞳で虎徹さんを見る。僕と同じように興奮を身にまとった男は、欲に濡れた瞳で僕を覗き込んでいた。
「背中、痛いです」
 虎徹さんは、僕の背中を確認するように腕を回して軽く撫ぜる。それだけでひりひりとした感覚が走った。いまはいいが、この射精感が身を引いたときにはそれなりに痛い思いをしそうだ。彼も同じことを思ったのか、あー、これは後から薬でも塗っておくかと困ったような声を上げた。
「塗ってくれますか?」
「救急箱あったっけ。なかったら近くのドラッグストアまでいくか。ついでにこれももうほとんど空だし」
 これといって目の前に突き出されたのは、僕が恥を忍んで購入してきたローションのボトルだった。当たり前のように、これを必要としているということは、この行為には次もあるのかと不思議な気持ちになった。嫌悪感はないが、この人は僕を抱くことに何かしらの意味を見いだしているのかと思うと、純粋に不思議だった。だとしても、いまこの瞬間、虎徹さんがつらく苦しい表情を見せないでいてくれるのなら、僕はそれだけで何かしら救われたような気持ちがした。
「そんなのいつだって買ってきますよ。救急箱はありますから、後始末したら薬塗ってください」
「了解した。あー、次はベッドでやるのが無難だな」
「そうですね」
 虎徹さんの胸にもたれかかったまま深く呼吸を繰り返して、余韻に浸るような疲労感に支配されている体を少しでも立てなおそうとする。でも、さっきまで虎徹さんを受け入れていた場所はまだずくずくとした熱に引きずられるようにひくついていた。
「なあ、バニー」
 低く響く声に名前を呼ばれて首をかしげると、まだ涙の残滓が残る目じりを不器用な指が拭っていった。少し前まで僕の中をぐちゃぐちゃに犯していた男とは思えぬその優しさに、与えたかったはずの僕がどうしてだか与えてられているような気分になった。バディが急にとち狂ったように肉体関係を求めてきても、受け入れてしまうのが彼の優しさというものなのか、それとも彼が負の感情をいだいている証なのか、自分が持ちかけた僕なりの選択に僕自身も飲み込まれかけていて結論を出すことはできない。ただ、たしかなことは、虎徹さんは情欲が冷めるように、僕を見つめる鳶色の瞳にどこか暗い影を宿しながら僕の首元に腕を回した。バニーと、僕を呼ぶ声はかすれている。そしてこたえる僕の声も。
「なあ、バニー。俺は、おまえのバディだよな」
 揺れる言葉に、何を当たり前なことを、とそう思った。僕は彼しか知らない。与えることも与えられることも、自分をささげることも、こうやって苦しくなることも、泣きたくなることも、そして、隣にいたいと思うことも、僕は彼しか知らない。いまさらもう、後戻りできる場所になんていない。
「あなたじゃないと、駄目だ」
 思ったよりも、通る声だった。かすれているのに、ぶれない。口にした自分自身が恥ずかしくなるような。それを聞いた虎徹さんは、自分から聞いたくせに目を丸くして、信じられないものを目にしたように何度か瞬いた後に、僕の首元に顔を埋めてしまった。
「虎徹さんは、僕のバディだ」
 追撃するみたいに、虎徹さんの背中に腕を回して彼の耳元に囁く。熱い息が僕の首筋を撫ぜた。それを追うように、お前は俺のバディだと消え入りそうな声が聞こえた。
 ざらついた舌が首筋を舐めとって、まるでマーキングするかのように歯を立てられ、うめき声を上げてしまった。最初ははむように甘く、噛み心地をたしかめるように。強請るように彼の頭を抱きかかえると一際強く歯を立てられて、刺すような痛みが襲った。皮膚を食い破り肉まで及んだんじゃないだろうかと思えたそれはしかし、ただ僕の肌に歯形と痛みを残しただけだった。自らがつけた歯形を癒すように、虎徹さんの舌が水音を立てながら僕の肌を舐めていく。どうせなら、消えないあとが残るくらいに強く皮膚を、そしてその下の肉を抉ってくれてもよかったのに。
「痛いですよ」
「こっちも薬塗ってやるから」
 反省しているとは思えないような声に、いったいどんな薬を塗るつもりなんだと単純に疑問に思った。別にきえなくったっていい。あとが残るなら、むしろそれがいい。どれだけ繋がったって、快楽が指の間をすり抜けるように、形なく霧散する。流し込まれた精液はかきだされて排水溝を流れて下水へと落ちていく。何の意味もない非生産的な行為だ。これが正しいのか間違っているのか、確証さえない。
 そうだとしても、僕にとっては精一杯の選択だった。


 誰もいない室内。バスルームであの人とセックスをしていたなんで嘘みたいな話だが、背中には痛みがあるし下肢にも違和感があった。本当は泊まっていってもらってもよかったのだが、後始末をした虎徹さんはそれじゃあとなんでもないことのように言って、帰っていってしまった。
 この部屋を広すぎると、意識したことはなかった。だが、さかんにあの人が来るようになって、一人では持て余すスペースかもしれないと思うようになった。一人の部屋の静けさが嫌いではなかった、だけれどもたまにではあるが静寂が耳に痛いと感じるときがあった。変わってしまったのだ、いろんなことが。僕が望む望まざるにかかわらず、変わってしまったのだ。それをいとおしいとも、そして恐ろしいとも思う。この二十年強固として変わらなかったものが、たった一年やそこらであっけなく姿をかえてしまったのだ。一人の人間とかかわったことで。彼がいなければ、彼がいたから、いや彼が、いなくなったとしたら。肛門に性器をねじ込まれて蹂躙された痛みなんかよりも、このいまがなくなってしまったらと考えるほうが疼くような痛みと口舌しがたい恐怖に似たものを呼び寄せる。失いたくない、隣に並んでいたい、彼じゃなければ駄目だ。でもいまはそれよりも強く願う、彼が苦しまなければいいと、強く願う。そして、彼の苦しみ自体が僕の思い違いであればいいと。 
 体の中身を征服される苦痛が快楽への入口だとするなら、彼を苦しめる悲しみだって喜びへ繋がっているはずだ。ならば、せめて、僕の存在が鎮痛剤になればいい。
 傲慢にも、そう思った。




作成:11・08・03
掲載:11・08・07