短時間の間にどれだけ集まったんだという数の報道陣。絶え間ないシャッター音。
遅々として好転しない状況に対する苛立ちと、壇上へ向けられる遠慮のない好奇の視線。
前々から周到に用意しあったとしか思えない茶番劇のような会見会場は、その主役の内心など知らないままにすすんでいく。
すべての感情を殺すように、息を潜めただ前だけを見ているバニーの横で、マーベリックさんがまるで自分の演説か何かのようにバニーの過去を語っている。
闘志、怒り、真の目的、彼の口から出る言葉は、物語の中の決起を促す英雄かなにかのようにも思える。
だが、誰よりも強く、そして激しく、その感情のすべてを内に秘めているバニーは、俺に見せるような激昂をどこかに置き忘れてきたように、
人形みたいな色のなさで佇むだけだ。バニーの背中を見送ったときから、こうなるだろうとは予想していた。
だけれども、それを目の前で見せ付けられれば、理解することと納得することは同義ではないということを嫌というほどに実感させられた。
 壇上までの距離は遠い。伸ばしても手はとどかない。
その距離自体が、俺とバニーの埋められない溝か何かのようで、せめてもっと分かりやすく助けを求めてくれたらと、嫌だといって抵抗してくれたのならと、
責任転嫁のようにバニーをなじりたくなる。いや、違う。あいつが悪いわけじゃない、そんなことはわかっている。
頼ってみてもいいんじゃないかといいながら、結局のところ俺はこんなことしかできないのかと思うと、止めるすべをもたない自分を許すことができない。
真に情けないのは、あいつだけのいえることない傷を、聴衆の前で抉るような行為を止められなかった俺自身だ。
 マーベリックさんの口からでる、怒りという言葉ほど空虚なものはない。
いくら後見人として傍で見ていたのだとしても、いやむしろあいつの傍にいたのならなおさら、バニーの苦しみをあおるだけの仕打ちを強要することが許しがたかった。
割り切らなければいけないのだろうか。これこそがいま市民を落ち着かせるために必要なことなのだと。俺達自身が団結するために必要なことだと。
だが、いや、そうだとしても、まるで迷子の子供のようなたよりなさで探るようにこちらを見つめる翡翠色に、自分を納得させるために捨て去るべき感情を手放すことができない。
あれだけ豪語しておきながら、ただ視線を合わせることしかできない己自身がふがいなかった。
 マーベリックさんの話が終わり、逃げるように俺から視線を逸らしたバニーが、記者に促されるように口を開いた。
人に無理強いされるその言葉に何の意味がある。
テロの脅威から街を救う、ジェイクを捕まえる。あいつが秘めるように俺に語ったすべての焦点はそこにあったのか。確実に、違うといえた。
あいつのすべては、ひとり抱え込んできた二十年は、こんな茶番劇のためにあった訳ではないはずだ。
 目の色が変わったように質問を投げつける記者たちの声を聞きながら、この場にいることさえも耐えがたく思えて、会見会場に背を向けた。
あの翡翠色はもう俺を見てはいなかった。だとするのなら、作り上げられたバーナビー・ブルックスJr.として壇上に立つあいつではなく、
早く俺の知るバニーの傍にいてやれたらと、つめていた呼気を吐き出した。




 いつもはトレーニングのあとにくだらないことを話したり一休みしたりする部屋の中で、テロ対策に向かうために待機するというのも、
どこか現実と乖離しているように思えた。だが、目の前のすべての状況が夢なんかではないということは、嫌というほどに分かっている。
焦燥と苛立ちと不安の色さえ滲ませていたほかのヒーロー達からも、まだ、俺たちが市民のために、自分達のためにしなければいけないことはたくさんあるのだと、
そして勝機はあるはずだという気迫が感じられた。
その闘志をもたらすために祭り上げられたバニーは、会見用の装いから俺と同じようにいつでも出動できるようにヒーロースーツを着込んで、
他のやつらの輪の中心にいた。少し離れたところからそれを見ていると、バニーの表情がいつもよりも硬いもののように思えて、仕方がない。
ちらちらとこちらに向けられる視線に、相棒なんだからお前もこっちにこいといわれているような気がしないでもなかったが、
中心にいるバニー自身がちっとも俺の方を見ようとはしない。会見のときに縋るように向けられた視線が、揺れていた翡翠色の瞳が、嘘みたいだ。
なんだかそれが気に入らなくて、輪の中心に割り込むようにしてバニーのまん前に体をねじ込んだ。
「おい、ちょっとこっちこい」
「ちょっと、なにするのよ」
 バニーの手を掴んで輪から離れるように手を引くと、当の本人は驚きの目を丸くしただけなのに、どうしてだかネイサンのほうから抗議があがる。
傍にいたアントニオも、急にどうかしたのかと首をかしげた。
カリーナにいたっては、相棒がみんなに囲まれてるからって嫉妬でもしてるのなんて、見当違いもはなはだしい意見をくれる。
まあ、猫みたいに大きな空色の目には、からかいの色が分かりやすく出ているので、本気ではないのだろう。だから俺も、軽く肩をすくめて、返す。
「なにって、会議だよ会議。俺達コンビなので、ちょっと作戦会議」
「しかし、ワイルド君、いつ動きがあってもおかしくない。あまりこの場を離れるのはよくないんじゃないか?」
「そうだよ。できるだけ一つの場所に固まってたほうがいいよ」
「大丈夫だって、すぐ帰ってくるから。な、バニー?」
 話を強制終了するように大丈夫と連呼してバニーの腕を引っ張ると、普段ならばすごい勢いで抵抗してきそうなものなのに、その反応は薄い。
少しだけ抵抗するように俺の手から逃れようとしたけれど、本気で嫌がっているとは思えないような弱々しいものだった。
「緊急連絡が入ったらすぐに戻ってきなさいよ」
 諦めるようにため息をついて軽く手を振るネイサンに見送られて、そのままバニーの手を引っ張っていく。
部屋からでて、足を止めたところでバニーが会議ってなんですかと疑問の声を上げた。
もちろん会議なんていうのは口から出たでまかせなので、本当に話し合うべきことがあるわけでもない。
ここまでこればとバニーの手を放して向かい合うと、さっきまで輪の中心にいたときとは一変して色のない表情で俺と距離をとった。
「気分悪いのか?」
 俺の言葉に、自覚のあるらしいバニーは分かりやすく視線を逸らして、そういうわけじゃないですけどと力なく言葉を漏らす。
どうせなら、少し前みたいにほうっておいてくださいとでもふてぶてしく言われたほうが良かった。
逸らされたままのバニーの目は、会見会場で俺を見たときと同じような色をしているのだろうかと思うと、それだけで胸の奥がざわめくように堪らなくなる。
「なあ、バーナビー・ブルックスJr.」
 呼んだ名に、バニーははじかれたように顔を上げた。翡翠色の瞳は、今度はそらされることなくまっすぐに俺を見つめる。
湖水のように深い緑をたたえる瞳に、いったいどんな感情と激情が封じ込められているのかを俺は知らない。しかし、俺にでも理解できることはあった。
バニーはあんなふうにして壇上に立たされて平気でいられるほどしたたかなやつではないということ、
あいつにとっての二十年はそんなにも生易しいものではなかったということだ。
「なあ、おまえはあれでよかったのか?」
 二人の間に流れる静寂。扉の向こうには他のヒーロー達が待機しているのだとは思えないくらいの静けさだ。
バニーは躊躇うように俺を見てから、赤い舌で唇を舐めた。
「いいわけ、ないじゃないですか! でも、僕に選択権はないんだ!」
 バニーは押し殺しきれない衝動をぶつけるように壁を殴りつけた。
スーツが硬質なものにあたる音が空しく廊下にこだまして、あとを追うようにバニーのかすれるような声が響いた。
とっさの行動だったのか、本人も自分が吐き出した言葉に驚いたように目を瞬かせ、すぐに耐えるように唇を噛んだ。
壁を殴りつけた手のひらは重力に従うように落ちていき、僅かにへこんだ壁だけが残される。
ヒーロースーツに身を包んでいるせいで、基本値よりも能力は底上げされて、壁なんて簡単にへこませることができた。
でも、いくらそんなことをしたって、バニーが置かれている立場が変わるわけでも、会見で話したことがなかったことになるわけでもない。
だが、全部諦めたように無反応でいられるよりもこうして感情を露にしてくれるほうが幾分か救われたような気がした。
こうして、分かりやすく悲鳴をあげてくれるほうが。
「そうか」
 バニーが反応するよりもはやく、スーツにつつまれたままの腕を引いた。バニーのほうは腕を引かれるなんて想像していなかったんだろう。
いとも簡単に、俺の方にバニーの体が倒れこんでくる。スーツを着込んでいるせいで、いつもよりも重いであろうバニーの体を支えてそのまま抱きしめると、
逃れるように体をもがかせたが、その背中に腕を回してしまえば抵抗など何の意味もなかった。
「放してください」
「少し、我慢しろ」
 囁くように言うと、抵抗は徐々に弱くなり、しまいには体を預けるように力なく俺の方にもたれかかってきた。
バニーは俺の肩口に顔を埋めるようにして、頑なに俺のことをみようとはしない。でも、呼びかければ、なんですかとつれない返事がかえってくる。
「頼ってみるのもいいもんだっての忘れるなよ、バーナビー・ブルックスJr.」
「かしこまって気持ち悪い。何度も連呼しないでください。いつもみたいにバニーって呼んでくださいよ」
 軽く背中を叩くと、バニーは顔を上げて俺のことを睨みつけてきた。不快だということを隠さないような声色と言葉選び。
なのに、言外にその名は呼ばないでくれと乞われているようだった。いつからだろうか、こいつがバニーと呼んでも訂正しなくなったのは。
当たり前のように、俺に返事を返すようになったのは。あまり深く気にしたことなんてなかった。もしかしたら、バニーなりの遠まわしな信号だったのだろうか。
言葉にはできないことを叫ぶように、かすれた声で助けを求めるように送られた、唯一のSOSだったのだろうか。
 誰にも触れられたくないとバリケードを張るくせに、その強がりの向こう側は酷く幼くて、目をはなすことができない。
不器用にしか助けを求められない子供をいさめるようにバニーとその名を呼ぶと、翡翠の瞳が揺れて、震えるような声が俺を呼んだ。
「あなただけは、僕のことを呼んでください」
 バニーを抱く腕に力をこめる。スーツ越しにぬるむような体温さえ伝わらないのがもどかしかった。
「なあバニー、おまえの苦しみも怒りも孤独も寂しさもつらさも、全部おまえだけのものだ」
 ゆるくカールした金糸から覗く形のいい耳にしっかりと聞こえるように声を落とすと、バニーが僅かに頷くのがわかった。
バニーの怒りややりきれない思い、規範からは外れてしまった復讐心、あいつが積み上げてきた二十年という時間が他の誰かによって別の目的で、
望まないかたちで、利用されようとも、その生々しさと色のついた感情だけは、たがうことなくバニーのものだった。
そして俺にとっては、祭り上げられたヒーローとしてのバニーよりも、生々しく鮮烈な人間らしい苦悩と感情をいだく、俺の腕の中にいるバニーこそが、
もう代えのいない相棒そのものなのだろうと、俺だけが呼ぶバニーという名を口にした。






掲載:11・06・22
作成:11・06・16