少し、いいか? 

 あ、たいしたことじゃねえよ。ほんとたいしたことじゃないから。もう、まじたいしたことじゃないから。

 え? たいしたことじゃないなら呼び止めるなって? 

 たいしたことではないんだがな、どうにも俺の処理能力を超えてしまってだな。器物損壊とかそういう意味じゃないから安心しろ。

そういう件については、バニーに厳しくチェックされたうえで、ちょくちょく嫌味を言われてるから。

そのせいで、あいつと組んでから胃が痛くてしかたねぇんだよ。

 昨日の出動でも、少し民間の建物を壊しただけで、なんていわれたと思う? あのビル、おじさんの年収何年分だと思ってるんですかだとよ!

 すかした顔しやがって、そんなの知るか! 緊急事態だったんだから仕方ないだろ! ビルの賠償金より市民の安全のほうが大切なんだよ!

 おい、まて。本題はそこじゃないんだ。人生、急ぎすぎるといいことないぞ。もっと落ち着いておじさんの悩みを聞こうじゃないか。

 ほら、そこ座って、ここならあんまり人こないから大丈夫だ。俺、ここでよくトレーニングサボってるけど、一回も見つかったことないぞ。

あ、いまのは内緒な。特にバニーには。あいつそういうところ小姑みたいにうるせぇから。

 あー、その、俺の悩みって言うわけでもなくて、友達の友達から相談を受けてだな。

どうにもよい解決方法を提示できそうにもないから、ちょっとおまえさんの知恵を拝借させてもらえないかと思うわけだ。

 なんでそんなに冷たい目で見てくるの? このおじさんの困ってる顔がみえないのか。

おまえだってヒーローだろ、困ってるやつを助けるのが仕事だろ。

 わかった、わかったから。スシバーでもクレープ屋でもつれてってやるから。なんでもしてやるから。

 あんまり気の合わない同僚っていうか後輩がいてだな。あ、これは俺の友達の話ね。だから、その疑うような目をやめなさい。

本当に友達の話だから! いいか、本題はいるからな。友達の話だからな。

 それで、その友達に気の合わない後輩がいたんだが、そいつが最近おかしいらしい。

 どういうふうにって、とにかくおかしい。

いままでは、少しでも態度を軟化させるためにいろいろ誘ったりしても行きません煩いですセクハラですの一点張りだったのに、

急に、行きたくないわけじゃないです、誰もいかないとはいってません、もちろん奢りなんですよねとかいってくるようになった。

いいじゃない仲良くなったんじゃないのって、おまえそりゃあそうだけど、そこから先が問題なんだよ。

 距離が近いなって思ってたんだよ。近頃。違う、誰が家の話をした。物理的なだよ。

俺と、じゃなかった。俺の友達とその後輩の距離がだよ。

それを放置してたらだな、どこでスイッチが入ったんだかわからないんだけど、

本当に二百回くらい真剣に考えてもわからなかったんだけど、なんていうの? ある日突然爆発したんだよ。

 食事に行った帰り道、普段なら口げんかの一つや二つしてもおかしくないのに、和気藹々とした雰囲気で、

もしかしたらこれから仲良くやってけるんじゃないかとか、バディってのも悪くないんじゃないかなとか考えてたときに、

あいつに急に路地裏の暗がりに引きずりこまれてだな。勢いよく背後のレンガ塀に叩きつけられたかと思ったら、抱きつかれたんだよ。

もしかしていままでの鬱憤を晴らすために、ついに実力行使にでたのかと内心震えたんだが、

うんともすんとも返事もしないで抱きついたままだし、さすがの俺もこの雰囲気おかしくねえかと思ったさ。

思ったから、どうにか軌道修正するためにあいつの顔覗き込んで酔ってんのかあとか茶化したら、

酔ってませんって突っぱねられて、なのに抱きつかれたままでな。普段のあいつなら、死んでも俺に抱きついたりしないのに。

そしたらだな、あれだ、あれ。あれじゃわからないって、おじさんにもわかんねーんだからしかたねぇだろ!

 つまりだな、好きですとか言われたんだよ!

 おい、引くな。ドン引くな! 

 後輩から好きとか言われたら吃驚するだろ。でも、好きにもいろいろな種類があるわけで。辞書引いてみろ。

好きという言葉の多様性に驚かされるから。

だから俺は、その多様性にそそのかされて、やっぱりいままでなかなか懐いてこなかったやつが、

心を開いてくれてくれたのかなとか期待するわけじゃん! だから、俺もちょっと喜んじゃったのもいけなかったかなとか反省はしている。

だがだ、だがしかしだ、だれが同性に好きといわれて性的な意味で好きですって考えるんだよ! そんなの俺の想像を絶してるんだよ!

 たしかに女受けする整った顔してるけど、あいつやっぱり男だろ。シャワー室でちゃんと確認したけど、男だったよ! 

 落ち着けって、これが落ち着いていられるか、あの日から俺はあいつからの精神攻撃からいかにして逃げるかで胃を痛めてるんだぞ。

あの日はなんとか、っていうよりも命からがら逃げ出してきた。あまり記憶はないが、スマートにかわしてきたんだと自分を信じている。

 夢じゃないかとか、期待してたんだ。眠って起きたら、全部なかったことになってるんじゃないかって。

なのに、夢っていうより現実に近い夢だったっていうか、まあ簡単に言うと現実以外のなにものでもなかったね。

 勤務中は何もなかったんだけど、帰りにロッカールームで二人きりになったとき、昨日いったことは嘘じゃないです、

僕はあなたのことが好きなんですって二回目の死刑宣告されたもん。

 すぐには返事はいりません、でも僕があなたを好きなことを忘れないでくださいって、おまえあの顔は返事いりませんって顔じゃねえから!

 むちゃくちゃ期待してる顔だったから! しかも距離近かったから! 

だれだよ、あなたのパーソナルスペースはおかしいんじゃないんですかとかいってたの。おかしいのはお前のほうだよ。

もう俺は疲れた。

なんか熱心に俺のほう見つめてくるし、ちょっとなにかあるごとに期待の眼差しを向けられるし、

しかも返事いらないとかいいながらあれから何回も俺に好きとかいってるよねあいつ。

 なあ、どうしたらいいと思う。どうしたら、あいつは昔のあいつにもどってくれるとおもう? 俺が一体何をしたんだ? 

なんか、思わせぶりな態度とったなら謝るから。記憶にはないけど、謝るから。

 ため息をつくな、つきたいのはこっちのほうだ。おまえこういう手のこと得意そうな顔してるだろ。

いや、だれもけなしてるわけじゃ。褒めてるつもりなんだけど。と、とにかく、俺はどうやって平穏を取り戻していけばいいんだ。

 は? 受け入れろって。

 おまえ無理だろ、俺は正真正銘男だからな。女に見えるなら、眼科を紹介してやる。まて、冗談だ。俺を置いていくな。

一緒に悩んでくれよ。俺の友達がかわいそうだろ! 

 冷たい目で見るな。だいたいが、俺の話じゃないから。

でもかわいそうだろ、仕事も一緒だし外回りでも一緒だし、とりあえず私生活をのぞく多くの部分を共有する後輩から精神攻撃をうけてんだぞ。

 答えは簡単じゃないって、そんなに簡単なら俺はこんなに悩まねぇよ。

 ちょ、馬鹿はないだろ。こんなに真剣に助けを求めてる相手に馬鹿は。

え、いやでも受け入れるのが無理なら答えは一つって、なんでおまえそんなにさばさばしてるんだよ。答えを返さないほうがひどいとか、俺の友達が?

 優越感に浸ってるとか、別にそんなつもりじゃ。期待させてなんてねえよ。おい、待てって。

自分で考えなさいって、考えらんないからおまえに、あっ、おい! スシバーとかいいのか!?

 あー、いっちまった。そんな、簡単に突き放せるなら困ったりしないだろ。こっちは社内での活動ともにしてるし、バディだし、簡単に結論だせるか。

でも、俺もあいつも男だし。おかしいよな、好きとか。常識的に考えて無理じゃねえか。

だからといって、突き放せるかって言われたら。いや、でも。だいたい俺、子持ちだろ。

 いったい俺にどうしろっていうんだよ! 会社帰ったら隣のデスクにあいついるんだぞ!










11・05・24